#7:第2日 (4) キュランダ鉄道の車窓から

 ブラック・オパールがライトニング・リッジで発見されたのは1902年である。発見したのはチャールズ・ウォーターハウス・“チャーリー”・ネトルトンである。彼は元々、金の採掘師だった。

「それで?」

「ライトニング・リッジに行けば彼の功績を称える碑が立っておるよ」

「そういうのには興味がないな。プレシャス・オパールには他にどんな種類がある?」

 プレシャス・オパールの分類は確固としたものがない。宝石商によって色々な分類がある。しかし、敢えて分類するとすれば、4種類ほどであろう。

 ブラック・オパールの他、地色が白いライト・オパール。これはホワイト・オパールと呼ばれることもある。クイーンズランドの丸い石の中から見つかるボルダー・オパール。そしてメキシコで産するメキシコ・オパール。

 このうち、地色がオレンジ系統ものをファイア・オパール、青系統または透明のものをウォーター・オパールと呼ぶこともある。ただし、コモン・オパールのうちのオレンジ系統ものもファイア・オパールと呼ぶことがあるので、注意が必要である。

「コモン・オパールのことも聞きたいかね?」

「あまり価値がないのなら飛ばしてもらって結構だ」

「では、オパールの語源やその他の雑学トリヴィアは?」

「聞こうか」

 オパールの語源は、宝石を意味するラテン語の"opalus"である。歴史は古く、古代ローマ時代のエピソードにこんなものがある。元老院の議員ノニウスは巨大なオパールを所有していることで有名だった。将軍マルクス・アントニウスはクレオパトラにそのオパールを贈るため、ノニウスから買い取ろうとしたが、ノニウスはこれを拒否した。マルクス・アントニウスは怒ってノニウスを国外に追放してしまった、というのである。

 このエピソードに基づいたものかどうかは判らないが、オパールは不幸を招く宝石であるという言い伝えがあった。サー・ウォルター・スコットの小説『ガイアースタインのアン』でも、オパールの髪飾りを着けたレディー・ハーマイオニーが、不幸な死を遂げるというエピソードが書かれている。

 しかし、ヴィクトリア女王がそのイメージを変えた。当時植民地のオーストラリアでオパールの鉱脈が発見されると、オパールのアクセサリーを愛用し、5人の娘の結婚祝いにオパールを贈ったのだ。現在、オパールが世界的に愛されている大きな要因である。

「現時点でオーストラリアは世界最大のオパールの産地だ。実に世界の95%だよ。採掘場はクーバー・ペディ、ライトニング・リッジ、アンダムーカ、ホワイト・クリフスといった辺りだ。だいたいこんなところだな」

「ありがとう、大変参考になった。では、さっきのネックレスを買おう」

「カードかね?」

「現金の方がいいか?」

「カードの方が結構だね」

 例のクレジット・カードを取り出すと、店主が「アッハァ!」とまた奇声を上げた。

「こいつは驚いた。もちろん、このカードで結構だよ」

 なぜ驚くのか解らない。それはそうと、このカードはホテルとレストランと宝石店の他では使ったことがないな。これからは多用しよう。

 店主はネックレスをケースに収め、綺麗な紙バッグに入れて俺に手渡した。

「一つ言い忘れたことがある。オパールは結晶の中に水分を含んでいるから、乾燥した場所は大敵だ。しかし、水に浸けてもいけない。不純物が一緒に染み込むと、それが抜けなくなってしまうことがあるのだよ。適度で一定した湿度の場所で保存すること。これを誰かにプレゼントする場合は、このことも教えてやって欲しい。よろしいかな?」

「わかった。ありがとう」

 長談義を聞いて、ちょうどいい時間になったので駅に向かう。エヴァンズ氏がいないが、しばらくして老年夫婦と一緒に戻って来た。買い物の案内をしていたらしい。

 その後、老年夫婦と中年夫婦が全員戻って来たが、新婚と中年婦人団体とミズ・フレイザーが戻ってこない。

 エヴァンズ氏は今ここにいる客だけを先に列車に乗せようとしたが、誰もいなくなるのはまずいので、俺に残っていてくれと頼んで、他の客たちを列車へ連れて行き、すぐに戻って来た。出発の20分前に新婚2組が戻って来て、15分前に中年婦人団体とミズ・フレイザーが戻って来た。エヴァンズ氏はリーダー格の婦人に、もっと早く戻って来て下さいよと苦情を言ったが、間に合ったからいいじゃないのと言い返されている。

「それより、チャーリーの指定席を変更してくれないかしら。彼も私たちと同じ客車に乗せてあげたいのよ」

「同じ客車に席が空いているかどうかは、鉄道会社でないと判りませんよ。彼はツアーの客じゃないし、彼自身で何とかして下さい」

 ハンサム・ガイはどうやらチャーリーという名前らしい。まるで最初からツアー客だったかのように、中年婦人団体の中に溶け込んでいる。エヴァンズ氏の言い分はもっともなのだが、リーダー格はなかなか引き下がらない。

 発車時間が迫っているのでエヴァンズ氏が全員列車に乗るように言うと、リーダー格は車掌に掛け合うと言い返す。ハンサム・ガイはそれがいいでしょうなどと言ってリーダー格に付いていく。

 バス・ターミナルから陸橋を渡ってプラットフォームに降りると、そこに駅舎があった。木造で、壁をクリーム色に塗り、朱色ヴァーミリオンの切妻屋根を載せている。チケット売り場もあるが、もちろんエヴァンズ氏がチケットを持っているので通り過ぎる。長い鉄骨の庇がかかっていて、駅舎には待合室も作られていた。

 客車も木造で、10輌もつながっているうちの前から3輌目。ここが一番いい位置ですとエヴァンズ氏が力説する。隣のバロン・フォールズ駅で、プラットフォーム内の展望台に近いからだそうだ。

 乗車口に車掌がいるので、エヴァンズ氏が団体チケットを見せる。その後に、リーダー格がハンサム・ガイのチケットを見せながら、この客車に彼が乗ってもいいかと訊く。車掌は「あなた方が自発的に席を譲るのであれば問題ない」と鷹揚な態度を見せた。リーダー格が大喜びし、ハンサム・ガイが甘い笑顔を見せながら礼を言う。

 列車に乗り込むが、ハンサム・ガイは「外から写真を撮ってあげましょう」と言ってカメラを預かり、プラットフォームから中年婦人団体の写真を撮りまくる。汽笛が鳴り、「早く乗りなさい!」と婦人たちから言われても、「まだ大丈夫ですよ」と笑いながら、他の客の写真まで撮っている。

 もう一度汽笛が鳴ってから飛び乗って来た。婦人たちは大喜びしているが、わざと心配させて、歓心を買おうとする手口に見える。ハンサム・ガイはリーダー格と同じボックス席に収まった。残念ながら、本命のミズ・フレイザーは彼と背中合わせに座っている。

 俺は別の団体とボックス席を共有することになった。車掌は「席を譲るのなら」などと言っていたが、元々満席ではなかったようで、ボックス席の片側1列が空いていたのだ。相席はどうやら日本人の新婚らしい。挨拶を交わしたが、どこから来たのかと訊かれた意外は特に話しかけてこない。日本人は大人しくて助かる。

 出発して10分ほどでバロン・フォールズ駅に停まる。ここで10分停車して、滝の鑑賞ができる。皆が一斉に降りて、客車が空っぽになる。

 狭い展望台に大勢が群がっているが、後から来る他の客車の人のために、見終わったら順次場所を譲ってくれと、エヴァンズ氏やその他の添乗員が叫び回っている。相席の日本人がいち早く戻ってきて、窓から大人しく滝を眺めている。客車の外から写真を撮ってやろうかと言ってやったが、なかなか通じない。英語が苦手なのかもしれないが、俺の発音が悪いのかもしれない。

 ようやく通じたので、客車を降りて、窓越しにカメラを預かり、写真を撮ってやった。それから、二人で向かい合って座れと言い、もう一枚撮る。女の方はティーンエイジャーに見えるほど若いが、歳を訊いたらどうせ25歳とか信じられないことを言うに決まっているので訊かない。カメラを返し、展望台の大混乱を見遣る。

 汽笛が鳴り、遠い客車の乗客が慌てて帰って行く。俺も客車に戻る。ハンサム・ガイと中年婦人たちはまだ外で、人が減ったのをいいことに滝を背景に団体で写真を撮っている。もう一度汽笛が鳴ると、皆で慌てて駆け込んで来た。鉄道会社にとっては迷惑なことだろうが、こういう客はたくさんいるに違いない。

 列車が出発すると、後はバロン川の渓谷を眺めるだけになる。線路が曲がりくねっていて、山肌にへばりつくように走っている。エヴァンズ氏が何か説明しているが、ほとんど聞こえない。トンネルに入ると、なぜか皆が喜ぶ。

 列車が徐行し、鉄橋を渡り始める。谷の一番奥まったところで、線路がV字に急カーヴしている。左窓からは後ろの客車がよく見え、右窓からはストーニー・クリーク滝が見える。両方を鑑賞できるように、列車は停まりそうなほどゆっくり走っている。

 その見所を通り過ぎると、またスピードを上げて走り出す。左側の谷底に、町が見え始める。列車の中が、静かになってきた。退屈で寝ている客がいると思われる。向かい側の日本人は寝もせず、ひたすら大人しく窓の外を眺めている。

 エヴァンズ氏の声が久しぶりに聞こえて、もうすぐホースシュー・ベンドという大カーヴを通ると言っている。傾斜を緩やかにするために作られた、180度のターンだ。そこを過ぎると田園と町並みが見えて、地平のレヴェルまで降りてきた。間もなくフレッシュウォーター駅に着くという声がすると、車内がまた騒がしくなる。エヴァンズ氏が人数を数えに来た。俺が最後らしく、よしよしという感じで頷く。途中で降りるところはなかったから、列車の中で迷子になる客が時々いるのかもしれない。

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