#7:第1日 (4) 街歩きとビーチ走り
再びカートに乗ってホテルに戻り、部屋でメグに紅茶を入れてもらう。チョコレートでコーティングされた四角いスポンジ・ケーキが出てきた。ココナッツ・パウダーがまぶしてあるようだ。ひどく甘い。ラミントンというオーストラリア独特のデザートだそうだ。
「うまいけど、次からはもう少し甘くない菓子を用意してくれないか」
「
メグの表情がわずかに曇ってしまったので、慌てて否定する。振り回されてるなあ。
「そういうことまで考えてくれていたとは思わなかったんで……甘い物は苦手じゃないが、できればカロリーが低い方がありがたい」
「かしこまりました」
メグに笑顔が戻った。ほっとした。
「飲み終わったら町の方を見てきたいので、地図をくれないか」
「かしこまりました。狭い町ですので、1時間もあれば歩けると思います」
地図が印刷されたリーフレットを持ってきて、それを指し示しながら言う。
「ここがホテルで、半島の突端の西側にあるのがマリーナ・ミラージュです。シャトル・コーチが、ホテルの前から40分おきに出ています。次の便までまだあと20分もありますので、臨時便を出させますわ」
そこまでしてもらわなくてもいいのだが、断るとまたメグが残念そうな顔をするかと思うと、無碍に断り切れない。マリーナ・ミラージュはレストラン併設の高級ショッピング・モールだとのこと。そして、町の中心部はマリーナ・ミラージュの東側にあり、北側には灯台があり、その近くのアイランド・ポイント・ロードの坂を上がっていくと、トリニティー・ベイ
「ご夕食は何時になさいますか?」
「7時くらいかな」
「またお部屋に届けさせましょうか? それとも、どこか外のレストランへいらっしゃいますか?」
「ホテル内のレストランに予約を入れておいてくれ」
「3ヶ所ありますがどこにいたしましょうか? 何かお好みのメニューがあれば、それに合わせて私が決めてもよろしいですが……」
「じゃあ、君に決めてもらうことにするよ。魚か鶏の料理で、油をあまり使わないようなものがいい。コースにはせずに、メイン・ディッシュにサラダとスープを付ける程度で」
「かしこまりました!」
メグの笑顔を失わないようにするには、彼女に全部決めてもらうのがいいかもしれない。
ホテルのエントランスの前から、メグに見送られて、臨時便に乗る。何のことはない、普通の白いセダンだ。カントリー・クラブの前から北に上がる。地図に依ればこれがポート・ダグラス・ロード。途中で西に折れてワーフ・ストリートに入り、緩やかに北へ曲がったと思ったら、もうマリーナ・ミラージュに着いた。5分しかかかっていない。
運転手にチップを渡して車を降りる。地図と一緒に渡された時刻表では、最終便はマリーナ発5時55分となっている。あと1時間15分ほどだ。乗り遅れても、頼めば迎えが来るんだろう。
とりあえずマリーナ・ミラージュの中へ。入り口の前には南国らしく椰子の木が立っている。海沿いに建つL字型の白い建物で、店の数は40ほどか。そんなに大きくはないが、わりあい賑わっている。
フロア・ガイドを見ながら中を歩く。ショッピング・モールとは言っても、店の種類は偏っていて、ブランド物の服、リゾート・ウェア、土産物用の工芸品やアクセサリーの店がほとんどだ。アクセサリーはオパールが多い。
そういえば、オパールはオーストラリアの特産品だったかもしれない。後でビッティー、いや、メグに訊いてみることにしよう。
他にはクルーズの会社がいくつか入っている。モールの裏手はマリーナになっていた。ボードウォークからたくさんのヨットを眺めることができる。リゾート地だけに、金持ちの別荘があって、彼らが所有するヨットを係留してあるのだろう。例のクレジット・カードを使ったら、俺でもヨットの1艘くらいは買えるかもしれない。が、別にクルージングが好きというわけでもないので、買わないし、そもそもこんなところでは売っていないだろう。レンタルならできるかな。
ボードウォークから道の方に出ようとしたら、線路があった。駅もあって、"BALLY HOOLEY RAILWAY"と書いてある。小さな機関車と赤と黄に塗られた客車が停まっている。これは恐らく昔の砂糖鉄道を再利用した観光鉄道だろう。
グランド・ストリートを北に歩いて、マクロッサン・ストリートに出る。途中にモーブレイ・ストリートとワーナー・ストリートがあるのだが、この二つは住宅街だ。メグはマリーナの東側が町の中心部と言ったが、実際にはマクロッサン・ストリートだけがそのようで、ここにレストランやショップなどが並んでいる。人通りも多い。
東へ歩いた後、郵便局の前で引き返し、西の端まで行ってから北へ上がる。そしてアイランド・ポイント・ロードを歩いて展望台を目指す。木立の中の、だらだらとした上り坂だ。左手には雑木林越しに海が見えているが、木が立ち込んでいて、すっきりと見渡せるところはない。
10分ほど歩いて、トリニティー・ベイ
しかも展望台であるにも関わらず、南側しか眺望が開けていない。なのに、お決まりのように世界の各都市への方向と距離が書かれたプレートが設置されている。南側以外はほとんど意味がないと言える。それとも、最初の頃は木が少なくて周りがよく見えたが、今は木が育ってしまって一部の方向しか見えなくなった、とかだろうか。
とにかく、4マイル・ビーチはよく見える。弓なりに曲がった、幅の細いビーチだ。が、3マイルもないように見える。まあ、命名について俺が文句を言う筋合いもない。続きとは思えないような端まで行ったら、4マイルあるのだろう。
展望台の横に、簡易舗装の坂道がある。丘の下へ行けるようだ。地図にはそんな道はないが、こういう探検は好きなので、行ってみることにする。
途中から砂利道になり、ホテルか別荘の私有地内ではないかと思えるような細道をどんどん下って、そのうちに普通の道路に出た。が、まだ丘の中腹だ。さっきの建物につながる道だろう。海側の道路脇、ガードレールの切れたところに階段があって、少し降りると東側の眺望が大きく開けた。海が広い。代わりに南側が立木に遮られて見えなくなる。
階段をさらに下る。少し広くなったところがあって、東側の海と、南側の4マイル・ビーチがよく見えるようになった。ここの方が先程より高度は低いが、眺めはいい。
そこからジグザクの急な階段を降りていくと、地平レベルになって、マクロッサン・ストリートの東の端に出た。マリーナ・ミラージュに戻ろうと思ったら、半マイルほどだ。もうホテルに帰ろうと思うが、バス・ストップは残念ながら通りの西の端にある。そこまで戻ると、ちょうどコーチがやって来て、5時半頃にホテルに着いた。
部屋に戻って、電話でメグを呼び出す。明るい声が返ってくる。
「ご用でしょうか?」
「今から4マイル・ビーチに走りに行こうと思う」
明日からにしようと思っていたが、展望台から見ていたら走りたくなった。鉄は熱いうちに打てと言う。いや、関係ないか。
「かしこまりました。ウェアやシューズをご用意しましょうか?」
「いや、持ってるよ」
「ご夕食は7時から予約していますが、それまでにお戻りになりますか? 本日の日没は6時40分頃で、7時頃まではまだ明るいと思いますが」
「そうだな、食事までには戻ってくるよ」
「かしこまりました。では、シャワーと、その後の夕食のためのお着替えを用意して、お帰りを待ちます」
「ありがとう」
「
電話の向こうの笑顔が伝わってくるような朗らかな声だ。しかもこの気遣い。秘書兼執事というのは、こういうときは確かにありがたい。
トレーニング・ウェアに着替え、部屋を出て、ラグーン・プールと木立の間を通り抜けて、ビーチに出る。夕暮れが迫っていて、ビーチには誰もいない。夕日を眺めるカップルの一組くらいはいてもいいと思うのに。
準備運動をしてから走り出す。4マイル・ビーチの端まで行くつもりはなくて、30分ほど走ったらそこから折り返してくることにしようと思う。
砂は比較的硬い。穏やかな風が吹いている。2ステージ前でも甲板で潮風に吹かれながら走ったが、ビーチを走るのは本当に久しぶりだ。
誰もいないと思っていたのに、いつの間にか人がいる。白いドレスを着て、白い帽子を被って、白いパラソルを差している。波打ち際に立って、こちらに背を向け、白い靴の爪先で砂を弄んでいる。
あまり近付きすぎないよう、避けていったが、足音に気付いたらしく、こちらの方に顔を向けた。ただ、あまりにもゆっくり振り返ったので、顔は見えなかった。こんな時間に、なぜ女が一人で海岸を歩いているのだろう。しかも、リゾート地のビーチで。だが、連れの男が少しの間姿を消しているだけかもしれないし、俺には関係ない。
ビーチは南へ行くに従って東へ曲がっていき、幅がだんだん細くなる。少し海の方へ突き出したところにたどり着いた。展望台から見た時はこの辺りが南端だと思っていたのだが、実際はそこから先にまだ半マイルほど細いビーチが続いていた。が、2マイルほどは走ったと思われるので、この辺りで折り返すことにする。
東の空がかなり暗くなって、ビーチにも夕闇が降りてきた。ホテルの近くまで戻って来たら、まださっきの白いドレスの女がいた。今度は最初から俺の方を見ている。が、なるべく遠くを通るようにする。しかも暗いので、結局顔はよく見えなかった。
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