#7:第1日 (2) 世話係は才色兼備
ドアマンが車のドアを開ける。運転手がトランクから俺の鞄を取り出して、ドアマンに渡す。ドリスも車から降りたが、彼女の役目はここまでのようだ。チップを渡し、ドアマンに続いて俺だけがホテルの中に入る。待ち受けていたハンサムなベル・ボーイがドアマンから荷物を受け取った。その向こうにきれいに型の決まったスーツ姿の背の高い男が立っていて、俺を見て歩み寄ると「ようこそ、ミスター・ナイト」と言いながら握手を求めてきた。
「当ホテルの
「ありがとう、よろしく頼む」
こんな風にGMの出迎えを受けたのなんて初めてのことで、どんな受け答えをすればいいのか判らないくらいだ。卑屈にならず、鷹揚に謝意を示しておけばいいだろう。そういう点では、前回のマルーシャの態度が参考になる。
ただ、彼女の場合は恐らくずっと前から身に付けていた仕草だろうから、俺が借り物で真似したってそのうち
「ご予約の際に頂いた情報で、
GMからペンを受け取る。既に記入してあるとは楽でいいが、こういうのも慣れていないので扱いに困る。しかも俺が内容に目を通す間、GMが真横でずっと直立しているのが気になる。待たせると悪いので早くしないと、と焦るのは庶民の悲しい
「ありがとうございます」
「IDは見せなくていいのか?」
「出迎えのワグナーが確認致しませんでしたか?」
GMが怪訝そうに訊き返してくる。あれだけで本当にいいのだろうか。この時代は平和だなあ。
「クレジット・カードを見せただけだよ」
「それで結構でございます。ご予約時にお写真も頂いておりますので、間違いのあるはずもございません。それでは、お部屋にご案内する前に、ご滞在中にお世話をいたします担当を紹介します。ハドスン、自己紹介を」
「おはようございます、ミスター・ナイト。長らくのご旅行、お疲れ様でした。私は、マーガレット・ハドスンです。今回のあなたのご滞在中、お世話を担当いたします。何なりとお申し付け下さい」
「あー、ハドスンは普段はコンシエルジュを担当しているのですが、
待て待て待て、こんな美人が
まあ、無欲の聖人じゃないんで、美人に世話を焼いてもらえるのは嫌じゃないんだけれども。ところで、彼女も人妻だな。左手の薬指に、指輪が見える。
「他に不明な点があれば何なりと」
「そっちの女性は?」
世話係のマーガレットの後ろに、濃い金髪の美人が控え目に立っている。どうしてこのホテルはこんな美人が多いんだ。一流ホテルってそんなものだろうけどさ。
「ああ、紹介が遅れました。彼女は
「おはようございます、ミスター・ナイト。この度は私どものホテルにお越しいただき、ありがとうございます。ごゆっくりお過ごし下さい」
彼女もどうやら人妻らしい。今回は美人の人妻に囲まれるステージなんだろうか。そんなシチュエーションを妄想したことは一度もないんだが
「他にご用がなければ、早速、お部屋までご案内いたしましょう。きっとお気に召して頂けると存じます。では、ハドスン、後はよろしく頼む」
「承知しました。では、ミスター・ナイト、お部屋までご案内いたします」
マーガレットの笑顔に促されて立ち上がる。やはり美人の笑顔というのは何らかの強制力を持っているようだ。彼女に付いていくが、背後からGMとキャサリンの視線を感じる。奥のレセプション・カウンターでは、数人の
よく見たら、周りにいたベル・ボーイなどのスタッフが、みんな俺に
「君のことは何て呼べばいい? ミセス・ハドスン?」
キュートな世話係に話しかける。満面の笑みが返ってくる。
「はい、どうぞ。ですが、ファースト・ネームでマーガレットと呼んでいただいても結構です」
「できればニックネームで呼びたいな」
ビッティーのように呼びやすい方がいい。エレヴェーターがもう止まった。2階だ。それなら乗る必要もないと思うが、VIPは2階でも乗るんだろう。マーガレットの笑顔に促されてエレヴェーターを降りる。
「では、メグとお呼び下さい」
「OK、メグ。ところで、俺のことはアーティーと呼んでくれないか」
「
そういう呼び方をされると調子が狂うのだが、ホテルのルールだろうからしかたない。ゲストとホストの秩序を乱すことになるからな。
廊下を歩くほどもなく、客室に到着する。メグがカード・キーでドアを開ける。電子錠の破り方は知らないので、今回は解錠を楽しめなさそうだ。
中に入る。窓の大きな、明るいリヴィング・ルームだ。ソファーが1、2、3、4脚も。涼しげな籐椅子もある。テーブルも広くて、ホーム・パーティーができそうだ。壁には抽象画。巨大なクローゼット。ライティング・デスクに、40インチのTV……は俺の時代に比べて少し小さめかな。
奥に寝室が見えている。間に壁があるが、ドアはなくて、実質、一続きだ。ベッドは天蓋付きのキング・サイズで、女なら3人は寝られるだろう。窓際にはまたソファーがあって、もちろんミニ・バーも付いている。スペインで泊まり損ねたジュニア・スイートよりも広い。倍はあるな。
「いい部屋だな。俺一人には広すぎるくらいだよ」
「メゾネットですので、上にもお部屋がございます」
何だと? メグの指し示す先を見ると、階段がある。メグに連れられてその階段を上がる。膝上丈のミニ・スカートに包まれた、小ぶりで形のよいヒップだが、そんなものを見る必要は全くない。
階段の上にドアがあって、開けると下のリヴィング・ルームと同じくらいのスペースがあった。テーブルとソファー、椅子もあり、TVもある。壁には本棚があって、何冊か本も置いてある。大きなフランス窓の向こうにはウッド・デッキのバルコニーがある。しかもバーベキュー・パーティーでもできそうなほどの広さだ。
こんな広いスペースを、7日間で使い切れるのだろうか。いや、部屋を全部使う必要はないのだけれども。メグに案内されて、バルコニーに出る。デッキ・チェアが二つにウッド・テーブルにパラソル。眼下にはラグーン・プール、立ち木とビーチの向こうに海が見える。海が呆れるほどに青い。いかにもリゾートなのだが、こんなところは一人で来るものじゃない。恋人か、新妻と来るものだ。なぜ俺は一人なんだ。ため息が出そうだ。
「いかがでしょう、お気に召しましたでしょうか?」
部屋も景色もお気に召したけど、自分の境遇が不憫でならないよ。せめて君が恋人だったらねえ。1週間だけでも、パート・タイムで恋人を務めてくれないか。ああ、でも人妻なのか。
「ありがとう、ゆっくり過ごせそうだ」
「こちらこそ、ありがとうございます。もう中にお戻りになりますか?」
メグの笑顔に付いていって下のリヴィング・ルームへ戻る。3人でもゆっくり座れそうなソファーに沈み込んで、この客室に関する説明を聞く。カード・キーを渡してくれない。彼女に声をかけてからでないと、客室を出てはいけないのではないか、という気がしてくる。
ホテルの中の説明も聞く。レストランが三つにバーが二つにカフェが一つ。ラグーン・プールが九つに、フィットネスにゴルフ場。
「何かご質問はございますか?」
「ミニ・バー以外の飲み物が欲しいときは?」
「ルーム・サーヴィスでご注文になれますが、ご所望の時は私にお申し付け下さい」
「オレンジ・ジュースでも?」
「はい。今、お持ちしましょうか?」
「いや、今はいい」
「かしこまりました。後ほどウェルカム・ドリンクをお持ちいたします。お飲み物だけでなく、軽食や、その他ご入り用の物がある時も、私にお申し付け下さい。夜はベッド・サイドに冷水を用意いたしますが、もし夜中にその他のご用事がある場合でも、お呼びがあればいつでも対応致します」
「夜中って……君、勤務時間は何時までなんだ?」
「終了時間は特にありません。24時間勤務です」
「24時間!?」
笑顔であっさり言うなよ!
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