#4:第6日 (4) いざ地下道へ
「父さんたちは、まだだと思うけど……誰だろう……」
「とりあえず出ろ。付いて行ってやるから」
「あ、うん……」
おそるおそる、という感じでマリーが部屋を出て、内扉を開け、玄関の扉に近付く。そこでもう一度ノッカーが叩かれ、マリーが「
「マリー! 僕だ、ルドルフだ」
「ルドルフ!?」
マリーが不安そうな顔で俺を見る。一度電話で俺の名前をかたった奴に騙されたからだろう。開けてやれ、と俺が言うと、まるで幽霊にでも近付くように扉の方へ歩み寄り、錠と閂をそっと外してからまた飛びずさった。
「マリー!」
扉を勢いよく開けてルドルフが入ってきた。息が切れている。走ってきたらしい。
「ルドルフ! わざわざ来てくれたの?」
「マリー、ゾフィーは見つかった?」
いや、ルドルフ少年よ、そういう言い方をしたら、またマリーの機嫌が悪くなるぞ? 現にマリーはルドルフの顔を見て一瞬元気になったものの、またしょげかえってしまった。
「ルドルフ、ゾフィーのこと心配してくれてありがとう。でも、ゾフィーはアーティー……
「違うんだ、ついさっき、僕の家に電話があって、今度はマリーがさらわれるかもしれないって……だから僕は……マリー、聞いてくれ!」
「えっ、な、何?」
マリーがたじろぐのも無理はない。ルドルフはいきなりマリーの両手を握ると、マリーの目を見つめながら言った。
「マリー、僕が心配なのは、君のことだけだ!」
「えっ、ちょ、
いや、あのなあ、ちょっと待ってって言いたいのは俺の方だよ。どうしていきなりこういう展開になるんだ? どうもルドルフが現れると
「あー、
「えっ、な、何?」
マリーがルドルフに手を握られたままこっちへ振り返る。顔が真っ赤だ。君、こういう告白のされ方が好きなのか。ルドルフは、なぜここにお前がいるんだというような顔で俺の方を見ている。
「ルドルフが君を守るために来てくれたみたいなんで、俺はそろそろ出たいんだが、いいかな」
「えっ、あっ、う、うん、いいよ……えっ、でも、待って、私、その……」
「なに、あと1時間くらいで君の両親も帰ってくるだろう。ルドルフ、それまで君がマリーに付いていてくれるんだろうな?」
「もちろんです。僕がマリーを守ります」
「えっ、ちょっと、ルドルフ……」
「マリー、すまないが、俺の鞄を取ってきてくれないか」
「あっ、う、うん、いいけど……あ、あの、ルドルフ? 手を……」
ルドルフがようやく手を離した。マリーはしばらく自分の手とルドルフの顔を交互に眺め、混乱した様子だったが、ようやく我に返ったように、内扉の向こうへ走り去って行った。
「ルドルフ、一つ訊きたいんだが」
「何です?」
ルドルフは相変わらず俺のことを無遠慮に眺めていたが、つい先日、港で見た時とは人が変わったような、自信ありげな態度だった。
「誰が電話してきた?」
「申し訳ありませんが、それは言えません。ああでも、あなたはきっと知っているだろうと言ってましたよ」
なるほど、電話したのはハーレイ氏か。しかし、彼もなかなかやるな。ルドルフの存在を知っていて、なおかつマリーとの関係まで探り当て、おまけに最後にキューピッド役までやるんだから。俺の役割かと思っていたんだが、助かったよ。慣れないことをやってぶちこわしになったらどうしようかと心配してたんだ。ハーレイ氏はどうやってルドルフをここまでたきつけたのかな。後で会う機会があったら聞いてみたいものだ。
「そうか。まあ、マリーが危険な目に遭いそうになったのは間違いない。俺の名前でここに電話を架けて、マリーを外に誘い出そうとした奴がいるらしいからな」
「何ですって!? そうでしたか。そんなひどいことを……あなたがそれを止めて下さったんですか?」
「なに、偶然さ。ああ、それから……」
「アーティー……
マリーが後ろからそっと声をかけてきた。鞄を取ってくるだけにしては時間がかかったが、たぶん自分の部屋の中で気持ちを落ち着かせてたんだろう。
「ありがとう、マリー。で、ルドルフ、一つ質問だが、君はあの道路の下のトンネルの向こう……東側に住んでるんじゃないか?」
「そうですよ。どうしてそれを?」
「なに、単なる想像だ。それからあと一つだけ、トンネルの東側で、一番古い建物を知らないか?」
「一番古い建物ですか? それは、僕の家でしょう。
OK、きっとそこが地下のトンネルへのもう一つの入口に違いない。まあ、君たちがキー・パーソンズだというだけで、調べもせずに勝手に想像してるだけだがな。
別れの挨拶をして、東へ向かう。城下の土産物屋の前を過ぎ、道路下の小さなトンネルをくぐり、古い屋敷の前に来た。“
リーフレットを見ると、かつての館の一部の棟のみが残っている、と記載されている。まあ、本当に侯爵が住んでいた館なら、リッツェル塔の屋敷くらいの大きさはあるはずだからな。しかし、屋根の辺りに立派な紋章も残っているし、一見の価値があるのは間違いない。本来なら初日にここへ見に来るべきだったのだが、ホテル探しに勤しんでいたために来なかった。他の日の空き時間にでも来ようと思えば来られたはずだが、いつものように手抜きしてしまっていた。
さて、ここはもちろん住居として使われているのだが、普段は観光客向けに1階の一部だけが公開されている。しかし、開館時間を過ぎているにもかかわらず、入口の扉は開いていない。前庭に入ることしかできなかった。リーフレットには“不定期休”とあるから、住人の都合によっては開けないこともあるのだろう。だが、今日はそれでは困る。開いていないのなら勝手に開けるまでだ。もちろん、正面の扉を開けるわけにはいかないので、別の入口を探す。横か裏へ回れば通用口のようなものがあるに違いない。そしてそこを住人用の出入りに使っているはずだ。
建物の東の方へ回り込むと、予想どおり通用口を思われる木の扉があった。古いレヴァータンブラー錠だったので、ピックで一捻りして開ける。中から閂が掛かっていたら開けられないが、ルドルフが出てきたんだから、掛かってないだろう。掛かっていなかった。中に入れた。住人に見つかったら困るが、幸い人の気配はない。
足音を立てず廊下を歩いて、地下への入口を探す。城と同様に、木製の柵で入れないようにした階段があった。そこを降りて、一番下にあった扉を開ける。錠は掛かっていなかった。誰かがここから入ったのだろう。きっとハーレイ氏だな。地下室へ入り、もう一つの扉を探す。あった。やはり錠は掛かっていなかった。扉を開けて、階段を降りる。トンネルへ出た。
しかし、こんな危なっかしいことしなくても、ダゴファーの
ただ、この地下トンネル、マリーのところと同様に、途中だ。つまり、もっと東側にも出入口があるだろう、ということになる。ここから東にある古い建物というと……教会かな。地下の納骨堂から出入りできるとか、そんな感じだろう。もちろん、それを確かめている時間はない。
トンネルを西へ向かう。ここには既に、ハーレイ氏と、もう一人の
半マイルほど西に、この前見た四つ辻があるはずなので、まずはそこを目指す。時々トンネルの壁を照らしてみる。マリーのところよりも、壁石が年代を経ているように見える。侯爵の館はマリーの
四つ辻に出た。だが、何かがおかしい。何かじゃない、距離が思っているよりも短いんだ。城の前から侯爵の館までは、ちゃんと歩測した。しかし、その距離よりも40ヤードばかり短い。いくら概算だったとはいっても、それほど間違うわけがないと思う。とりあえず、鉄格子に掛かっている
するとここは、前に来た四つ辻とは違うのか? 確かめよう。錆び付いた
しかし、考えてみれば、出口を複数用意したんだから、トンネルも複数掘るのは意味があるわけだ。1本だけだと、浸水して使えなくなることがあるかもしれないし、脱出口だけでなく脱出路も複数確保する方が安心だ。後から追加で掘ったんだろうな。それにしてもトンネルを掘るのが好きな奴らだなあ。
そもそも、このトンネルは、いつ頃掘られらのだろうか。もう1000年くらいは前だろうか。鉄格子なんてあっという間に錆びてしまうはずだが、ちゃんと開け閉めできるということは、定期的にメンテナンスされているようだ。今さら、脱出路としての役割なんかないだろうが、目的は何なのだろう。逆に、こうして侵入路として使われる危険性があるから、埋めてしまう方が良かったのではないか。まあ、仮想世界の事物にそんな必然性を求めても意味ないことかもしれないが。
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