#4:第6日 (2) 空き家の捜索
「ハーレイ氏に? どうして?」
「だって、ゾフィーはドクトルに助けられたことすごく感謝してて、ドクトルがいる間は部屋に入り浸りだったし、下に戻ってきてもドクトルの話ばっかりしてたし……」
「昨日までの様子を見る限り、そんな無分別なことをしそうになかったと思うが」
昨日は帰りに玄関のところで会っただけだが、全く普通だった。では、逆にハーレイ氏がゾフィーを誘い出したのだろうか。ターゲットを探す手伝いをさせるために? しかし、俺が彼から受けた印象ではそんなことをしそうに思えない。もっとも、俺に対する態度とゾフィーに対する態度をきっちりと使い分けていた、というのなら話は別だが。
「うーん、そうだよね。そもそもゾフィーはすぐ顔に出ちゃうタイプで、隠しごとしてるとすぐ判っちゃうし、私に気付かれないようにこっそり出て行くなんて、できそうにないし」
まあ、君も考えてることがすぐ顔に出るけどな。
「携帯電話には架けてみたか?」
「私、持ってないよ」
「ゾフィーのだよ。番号くらい知ってるんだろう」
「あ、うん、架けてみる」
普段、携帯電話を持ち歩いていないと、探している相手にかけてみるという考えも浮かばないらしい。まあ、俺もかける相手はほとんどいないし、かかってくることもほとんどないから、家に忘れて出掛けることもしょっちゅうだがな。マリーは電話を架けるために“中”へ入っていったが、すぐに戻ってきた。
「架からなかった。電源を切ってるのかなあ」
「じゃあ、ゾフィーの友達に電話して訊いてみな。あと、勤め先の
「え、どうしてルドルフにも?」
こんな時でもルドルフの名前を出しただけで反応するんだな。どれだけ気になる存在なんだか。
「いつもゾフィーのこと気にしてるんだろう? きっと探すのに協力してくれるぞ」
「うーん……じゃあ、ちょっとだけ電話してみるけど……」
「その間に俺は近くを一回りしてこよう。荷物を置いていくから、預かっておいてくれ。もしゾフィーが買い物にでも行ってるのならすぐに帰ってくるだろうから、マリーは家にいてくれ」
「うん、わかった」
「1時間くらいで戻る」
「ありがとう、アーティー」
マリーを残して
ハーレイ氏が待っている、と言えばゾフィーは行くかもしれない。だとしても、どこへ探しに行ったものか。とりあえずは例の留守だった
階段を降りて下の道に出て、あの
靴底からピックを取り出し、鍵穴に差し込む。違った。ディスクタンブラー錠だった。まあ、開くだろう。開いた。もう一度、人目がないことを確認してから中に入る。これで、俺はこのステージで正真正銘の泥棒になったわけだ。誰かいるか? 耳を澄ます。何も聞こえない。やはりただの留守宅なのだろうか。中の構造は、マリーの
さて、すぐにでも地下室へ行きたいところだが、その前にここが誰かの――要するに第三の
音を立てないように気を付けながら階段を上がる。2階には六つの部屋があったが、廊下の埃によれば、足跡が続いているのは一つだけだった。ドアの前で立ち止まり、中の様子を窺う。人の気配はない。まあ、侵入者がいたとしても、こんな時間までだらだらと部屋で過ごしているはずもないが。
ドアのノブを掴んで回す。錠は掛かっていなかった。ドアを開けて中に入る。入った途端にぶん殴られることもあるから気を付けないといけないが、今回はそんなことはなかった。中にはもちろん誰もいなかったが、ベッドにシーツが敷かれ、ブランケットが畳んで置いてあった。休業中の
ベッドに近付き、ふと思い付いて枕の匂いを嗅ぐ。微かに香水の匂いがする。女物だろうな。知らない匂いだ。机や椅子が綺麗に拭いてあるが、飲み食いした形跡はない。ゴミ箱には何も捨てていない。行き届いた泥棒だ。他にこの部屋にいたのがどんな人間かを示すような手掛かりはない。下へ降りかけたが、引き返して窓に近付き、外を眺める。町と湖と……そして建物の隙間から例の小島が見えた。昼は調査に出歩き、夜はここから島を観察していたのかもしれないな。
部屋を出て下へ降り、内扉の錠を開ける。玄関扉と同じ錠じゃないか。不用心だな。マリーの
まず、キッチンを覗く。使われた形跡はない。食事は全て外で済ませていたようだ。続きのダイニングも同様。それからバス・ルーム。洗面台も
住人用の部屋が三つあったが、一つだけ錠が掛かっていた。なぜかレヴァータンブラー錠だ。内扉の内側のセキュリティー・レヴェルは昔のままらしいな。まあ、どうでもいいか。念のため中の様子を窺うが、人が動いている気配はない。ピックで解錠する。そっと中に入ると、ベッドの上に誰かが寝ていた。侵入者……いや、違うな。あの服は見覚えがある。ゾフィーだ。まさか本当にここに来ていたとは。
俺が入ってきたのにも気付かず眠りこけている。おびき出されたのだとしたら、効き目の早い睡眠薬でも飲まされたのだろう。不用心にも程があるな。それにしても安らかな寝顔で、見ているこっちまで眠くなりそうだ。とはいえ、このまま安らかに寝かしておくわけにもいかないので、肩を掴んで揺する。微かなうめき声が漏れ、薄く目を開いた。
「ああ、
薬で寝ぼけていてそれかよ! 全く、どれだけ躾が行き届いているんだか。
「ゾフィー、しっかりしろ、なぜここにいる?」
「ここに……
「ドクトル・ハーレイが君を呼び出したのか?」
「はい……お手紙で……
「誰かが手紙を持ってきたんだな? どんな奴だった?」
「男の方……背の高い、痩せた方が……」
ここにいた形跡があるのは女だが、男の協力者がいたということか。そうするとますます、昨日ハーレイ氏が見たという二人組が怪しくなってくる。
「それで、ここに来たらドクトル・ハーレイはいたのか?」
「いいえ……代わりに女の方が……
この期に及んで、まだハーレイ氏が来ると信じてるのか。どれだけ人がいいんだ。それはともかく、その謎の女は何のためにゾフィーをここに呼び出したのかを訊かなければ。
「まだ来てない。もうすぐ来るだろう。それで、待っている間にその女と何か話をしたのか?」
「
そう言ってゾフィーは目を閉じようとする。なぜ寝るんだよ! 警戒心ゼロだな。自分が薬で眠らされたことにも気付いてないんじゃないか。
「おい、寝るな。その女と何を話したんだ?」
もう一度肩を揺り動かすと、ゾフィーがまた眠そうに目を開ける。顔をひっぱたいて起こしてやりたいところだが、この優雅な表情を見ていると手が出しにくい。マリーなら遠慮なく……いや、まあ、いいか。まだ頭がはっきりしていなさそうなので、もう一度同じことを訊いた。
「私の
「妹? マリーのことか?」
だがゾフィーはまた目を閉じて、今度は揺すっても起きそうになかった。全く、世話のかかる。とりあえず、マリーのところへ連れて帰るか。その前に、地下室だけでも確かめておこう。
部屋を出て、下へ降りる階段を探す。戸棚に見えたドアがそれだった。マリーのところと同じく、真っ暗な階段を降りると、扉があった。錠が下りていない。ドア自体は古いが、錠は新しいものに換装してあるようだ。つい最近――と言っても昨日とかではなくて、10年前から20年前くらい――まで使っていたのかもしれない。目的は判らないが。扉を開け、トンネルに出られることだけ確認して、用心のため錠を下ろしておく。
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