第53話 今度は……


 俺がルナさんの近くにいるとサーシャが不安定になるので、ひとまず距離を置く。


「何はともあれ、王国全土に非常事態宣言だ」

「そうだなとーちゃん」


 そして国王であるとーちゃんと、今後の対応を考える。

 何だか時事ネタっぽいが、そこはあんまり気にしないでくれ……。


「城にある贅沢品は、手当たり次第に売り払って金に変えてある。土地と建物を担保にして、借りられるだけの金も借りてある」

「流石だなとーちゃん!」


 仕事が早い!


「あと、通行税を廃止して税率もゼロにした。このままだと王国領に人が流れるから、各領主もすぐに税率を下げるだろう」

「これでみんな、手持ちの生産品をお金に変えやすくなるな!」


 俺もあわせて、公爵領の税率をゼロにする。

 殆ど収入がなくなってしまうが、それでも2ヶ月は持つだろう。

 その間になんとかする。


「警備兵も増員してある。武器と防具も最高のものにアップグレードして、すべての国民を守るように指示を出した。これで、裸で乗り込んでくる赤ネは対処できる」

「そうだな!」


 9999億9999万9999アルスを払えないプレイヤーが無理やり乗り込んできた場合、謎の物流業者によって身ぐるみ全部剥がされ赤ネームになるのだ。

 その程度の人達なら、戦闘系NPCで対処できるだろう。


 火急の問題は、その入国料を払えてしまうハイランカーだ。

 俺とルナさんが居るうちは良いのだが、不在の時に乗り込まれた場合の対処を考えければならない。


「せがれよ、もしハイランカーが乗り込んできたら、まずどうすると思う」

「そうだな、まずは王様を探すんじゃないか?」

「うむ、そしてそれが見つからなかった場合は……」

「その辺の人に手当たり次第、聞いて回る……?」

「うむ、もしかすると、暴力的な手段に訴えてくるかもしれないな」


 それはいかん……!


(うーん……)


 ならば!

 そうなる前に、『王様ここにいます!』と宣言してしまえばいいのでは!?


「じゃあ、俺が国王なんだって名乗りを上げておけば……!」

「ふふ……流石は我がせがれよ」


 とーちゃんはいつもの中二臭い口調でそういった。

 姿がヤギなので、いまひとつキマっていないが。


「それで、国民には刃が向きにくくなるはずだ」

「そうだな。しかもお前は『白金の絆』を持っているのだから、そうそうやられはせんだろう。実質的はHPはどのくらいなんだ?」

「ざっと、12万かな」


 だんだんと、対処法の全体像が見えてきた。

 俺自身を『HP12万の王将』と見立てて、それを全力で守る体制を作り上げれば良いのだ。


「ルナさん、ちょっと聞いていいです?」

「なんだい?」


 そこで俺は、ルナさんに話をふる。


「俺は今、HPが実質的に12万あるんです。そんな俺をルナさんが倒すとしたら、どのくらいかかりますかね?」

「うーん、そうだな……」


 ルナさんはちょっと考える。


「実際に、一発切らせてもらっていいか? ダメージを測りたい」

「あ、そうですね。ちょっとお待ちを……」


 俺はヘビーフルプレートを装備し、鉄の盾を二刀流にして構える。


「どっからでもどうぞ!」

「んじゃ、遠慮なく……」


 ルナさんは、大剣を大上段に構えると、スキル名を唱える。


『ドラゴニック・ブレイク!』

「うおお!?」


 すると、大剣にはめられていた宝玉が光り輝き、刀身全体から黄金色の光柱が立ちのぼった!

 スゲー迫力! やっぱただもんじゃない!


「はあああああー!!」


 さっそく来るぞ! ドラゴンお姉さんの全力の一撃!

 俺は盾を構えて気合をいれる!


――ズゴッシャーン!!


「ぐああああっ!?」


 まるで全身に、竜の息吹が吹き抜けるようだった。

 痛いとか痛くないとか、そんな次元を超えた衝撃が、俺の全身を貫いた!


【ルナから1590のダメージを受けた】


「ぐふおおおおー!?」


 あまりの衝撃に膝をつく。


「うほお! 耐えやがった!」


 HPは当然1だ。領民達のHPも少し減っただろう。

 だが本来なら、その一撃はなみのプレイヤーには耐えられないものなのだろう。

 ルナさんは驚きを隠せないようだ。


「ふつー、死ぬんだぜ!?」

「まあ……普通じゃないんで」

「んで、ダメージは1590か。ヘビプレ装備とは言え、中々硬いね……。HPの自然回復量と、あとMPの自然回復も考えると……」


 もちろんダメージを受ければ、セルフヒールで回復する。

 そのためのMPもまた6万くらいある。

 何だか俺、バケモノみたいだ。


「えーっと、この国には聖女がいるんだよな?」

「はい、なんかバグってますけど」

「じゃあ、自然回復量は1.5倍か。ますますやべーな」


 ふむそうか……聖女の存在も考慮しなければならんのか。


 HPとMPの自然回復量は、通常なら60秒で1割だ。

 10分間で全回復ということになる。

 聖女がいる場合は、その1.5倍。


 よって俺の実質的なHP・MPの、60秒間あたりの自然回復量は。


 HP : 1万8000

 MP :   9000


 ということになる。


「1分間に12発以上、5秒に一発ドラゴニック・ブレイクを打ち続けて、ようやく自然回復量を超えるんだなー」

「そうですね……」


 我ながら、とんでもねえ!


「それで、あんたの魔力値は?」

「161です」

「おお……そっちも結構あるな。するってーと、MP10あたりのHP回復量は161になる。それも考えれば、毎分回復量がさらに……14万4900!? ちょ!あたし1人じゃ倒せねーって!」


 まさに、ボスクラスだな!


 自然回復量分のセルフヒールを打つだけで、1分間に14万4900。HPの自然回復量と合わせて、なんと16万2900も回復してしまう。

 1分間に100発以上、秒間2発のドラゴニック・ブレイクを打ち続けなければ、たとえ竜殺しのルナさんとは言え、俺のHPを削ることは出来ないのだ!


「仮に俺がログアウトしていて、セルフヒールを打てない状態だとどうですかね」

「それでもかなり骨が折れるぞ。あんたを倒し切る前に、MPが枯れちまう」

「なら、エリクサーもふんだんに使って……」

「うむう……そこまでやればまあ……いけるのか。えーと、ドラゴニック・ブレイクを1秒間に一発撃ち続けたとして……」


 俺は、お姉さんと2人、空中に指を走らせて計算する。


 分間ダメージ=1590×60ー18000=77400

 それでHPの12万を割って……。


「……約1分半か」

「……そうですね」


 完全無防備なログアウト状態で、俺のアバターが攻撃を受け続けた場合、1分半でノックダウンだ。

 如何に俺がバケモノとはいえ、何も対策せずにログアウトするのはマズい。


「お嬢様、提案がございます」

「サーシャ?」


 どうやら、何かアイデアがあるようだ。


「シェルター化した鉱山の奥に、お嬢様のご寝所を作りましょう。私達領民はみな、白金の絆で結ばれておりますので、逝く時はみな一緒……。お嬢様がお休みの間は、我らが身命を賭してお守りいたします」


 サーシャがそう言うと、ルナさんはヒューと口笛をならした。

 それってつまり……。


「鉱山をダンジョン化するんだ!」

「まあ……そうとも言えますわね」


 なんとここに来て。

 俺の領地がダンジョン経営の様相を呈してきた!


「すげえアイデアだなそれ!」

「ルナさん!」


 何だか、お姉さんまで興奮している!


「まずあんたを偽の国王に仕立てる。そしてダンジョンの奥深くに置いてみんなで守る。そんでもって侵略者達は、白金の絆で結ばれちまった殆ど無敵みたいな領民達の抵抗をくぐり抜けて、あんたの寝処まで辿り着かなきゃならないってわけだ!」

「はい! そうですね!」

「あははは! どんな無理ゲーだよそれ!」


 仮に俺を倒すことが出来たとしても『実は偽物でしたー!』な展開になる。

 遠い昔のレトロゲーみたいなクソゲー展開が、侵略者達を待ち受けるのだ。


「鬼かよ!」


 そう言われれば、確かに返す言葉はない……。


 だが!


「いいえルナさん、そこはこう言って下さい……」


 そして俺は、なるたけ悪い笑顔を浮かべながら……言った!


「悪役令嬢ってね!」

「ぶほっ!?」


 そして拳を握って決めポーズ!

 き……決まった!

 そして作戦の内容も決まった!


 今度は……ダンジョンだ!



 * * *



 その後とーちゃんとかーちゃんは、適当なNPCを10人ほど雇ったようだ。

 さらに謎の物流業者から、1000頭のヤギと200頭のウシを購入し、ジャスコール城の近くにある草原で、遊牧民みたいなことを始めた。

 家畜小屋はそのうち作るんだって。


「じゃあ、俺たちはもう寝るぞ」

「あまり根を詰めないようにね、オトハル」

「うんありがとう、とーちゃん、かーちゃん」


 俺の両親がゲーマーで本当によかった。

 やがて2人は、家畜の群れの中へと消えていった。


「それじゃあルナさん、屋敷に案内します!」

「ああ!」



 * * *



 そして屋敷にたどり着くと……。


――ヒール!


 聖女さんは、飽きもせずにヒールを打ち続けていた。


「セバスさん!」

「お帰りなさいませ、お嬢様。全ての領民の避難は完了しております。ノックス村の者はゴブリンの巣に、それ以外の者はオトハエ村の鉱山に」

「ありがとうございます! この人、ルナさんです。色々あって手伝ってもらうことになりました!」

「なんと!」


 セバスさん、こんなににも早く他のプレイヤーさんが来るとは思わなかったらしい。きっと、筋肉が筋肉を呼んだのだ。


「なんか、凄い士気の高さだね……。あたしルナ、よろしくねセバスさん」

「ははあー、こちらこそ……」


 と言って2人は握手を交わす。

 余程の身分差がない限りは、NPCはプレイヤーに対して腰が低いようだ。


「俺のリアルのとーちゃんが、新しい国王になってくれました。今はヤギに紛れてログアウトしています」

「ふむ、つまり家畜を隠れ蓑にしたのですな?」

「はい、それで外の人達に対しては、『俺が国王』ってことで通します、そうすれば……」

「むうう、なるほど……」


 俺が城での出来事を説明すると、セバスさんはすぐに理解してくれた。

 そして、本当の国王がヤギであることは、今いるメンバーだけの秘密とすることにした。


「我々の役目は、お嬢様がお休みになられている間の守護というわけですな」

「はい、そうです。それで……」


――ヒイイーール!


「あの聖女さんも、何とか守らないと……」


 今は王太子の幽霊に取り憑かれているが、それでも聖女は聖女。

 自然回復力1.5倍の恩恵を、みすみす失うわけにはいかない。

 それに彼女だって、この国で生まれ育った民なのだ。


「うわあ……動画でもちょっと見たけど、直に見ると本当に気味悪いね……」

「ええ、まあ……」


 お屋敷が使用不能になるくらいには不気味だ。


「どうするんだい? あんなの」

「あれでも彼女は生きています……何とか説得してみます!」

「お、おう……気をつけてな」

「はい……!」


 本当に、何があるかわからないからな。

 俺はみんなを離れた場所に残して、そーっと聖女エルマに近づいていった。

 まるで、爆弾の処理にでも向かうみたいだな。


「えーと……エルマさん?」

「ヒイイーール! まあ! ほっぺたの赤いのが全然治りませんわ!」

「…………」


 エルマさんは……なんか本当に……必死だった。

 MPが自然回復するそばから、ヒールを打ち続けている。


「エルマさん……王太子はここにはいませんよ?」


 俺は、思い切って真実を告げてみる。

 すると……。


「まあ! お姉さまったら! そんなに婚約破棄されたのが悔しいのですか!?」

「い、いや……それは別にいいんだけど!」

「今に見てらっしゃい! こんなお屋敷など、すぐに取り潰してしまうのですから! ヒイイーール!」

「お、おう……?」


 だめだ、取り付く島がない。


 聖女の中では、王太子は公爵家を取り潰しに来たってことになっているらしい。

 何でわかるのかは知らないが、2人とも重要NPCってことで、何か特殊なデータの結びつきがあるのかもしれない。

 聖女の言うことが本当なら、王太子の幽霊は今、公爵家取り潰し作業の真っ最中ということ……。


(それってつまり……)


 王太子AIからすれば、婚約破棄は完遂されていないってことだ。

 完遂されていないからこそ、2ヶ月の制限期間が過ぎたと勘違いして、公爵家まで乗り込んできちまったんだろう。


「う、うーん……」


 何がどうして、そんなことに……。

 いずれ、AIに詳しい人と会うことがあったら聞いてみよう……。


「エルマさん、エルマさん、いつまでヒールを打ち続けるつもりです?」

「もちろん、ジョーン様が完全回復して元気ハツラツになるまでですわ!」

「か、回復しそうなんです……?」

「あと一息ですわ! ヒイイーール!」


 なんだか、可哀想な気がしてきた……。

 俺は試しに、王太子が寝ていると思われる場所に腰を下ろしてみる。


「ちょ! 邪魔ですわ! ヒイイーール!」


 だが、あくまでも王太子がそこにいるという前提で話してくる。

 まるで俺ががヒールを受けているような感じだが、実際には全然効いていない。


「エルマさん、ここには誰もいません……」

「何を言っているんですか! 誰もいないのなら、ヒールがかかるわけがありませんわ!」


 むう……意外と的確な分析だ。

 でもちょっと、気になる発言だな……。

 ヒールがかかるって以外に、王太子を認識する方法が無いんじゃないか?


「じゃあ今、王太子さんがどんな顔をしているのかわかります?」

「ほっぺを赤くして苦しんでおられますわ! ヒイイーール!」


 本当だろうか?

 聖女様は本当に、王太子ジョーンの姿が見えているのだろうか……。


「苦しんでおられ……おられるので……ヒック!」

「あ、あんた……」


 俺が静かに問い詰めていくと、エルマは徐々に、その瞳に涙を湛えていった。

 やっぱり、本当は見えていないのか……。


「その、なんか……ごめん」

「なんでお姉さまが謝るのです!」

「いや、その……エルマさんの大事な人を殺してしまって……」

「な、何を言うのです!? あ、あた……あたちきがいる限り……ヒック! 王太子様は……グスッ! 死なないのですわ! ヒイイイーーール!!」


 一際大きな回復光が、俺の体を包み込んだ。

 それでも王太子は蘇らない。

 けして、蘇らないのだ。


「エルマさん!」


 俺は思わず、聖女の両肩を掴んじまった。


「あんた、本当に王太子のことが好きだったんだな!」

「んな!? 何をいまさら! そんなの当たり前ですわ……ヒック! あ、あたちきは! お姫様になるのが! ここ、子供の頃からの夢だったのですわ! それを叶えてくれるのは……グスッ! ジョーン様だけなのです!」


 話しながら、どんどんエルマの鼻がたれていく。

 その鼻水の意味するところは、彼女が王太子の死を認識してなお、受け入れられずにいるということ……。


「そ、そそ、そんな人! 好きにならないはずが……グスッ! ありませんわ!」

「くっ!」


 聖女は……バグってなどいなかった。

 感極まった俺は、思わずエルマを抱きしめてしまう。


「すまん!」

「うにゅ!?」


 彼女の思いが、ここまで強かったとは!


「殺すつもりはなかったんだ!」

「ふな! ふななな!? は、離して下さいませ! わたくしの筋力はオール60にございますこと……グエエ!?」

「ふんぬ!」


 だが俺は、聖女がもがくよりも遥かに強い力で、彼女の体を抱きしめた!


「悪いが、俺の腕力はカンストだ!」

「む! むががー!? はなせえええー!」

「本当に悪い! だが、あんたにここに居てもらっちゃ困るんだ! だからもっと、安全な場所に連れていく!」

「や、やめろおおーー!? ジョーンさまあああ! ああ、助けてジョーンさまあああー! エルマがさらわれるうううー!」

「……くうっ!」


 聞くに堪えないその悲鳴に、思わず顔をそむけてしまう。

 俺は有無を言わさず聖女を担ぎ上げると、ゴブリンの巣に向かって歩いていった。


「なんか……すごいね……」

「お嬢様……」

「……(うるうる)」


 ルナさんと使用人達も、神妙な面持ちでついてきた。


 こうして聖女エルマは、ゴブリンの巣に幽閉されたのであった……。


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