第26話 YOU! 飲んでやる!


 コヌールさんのお父さんであるオルバさんは、その後すぐに大人しくなった。

 なんたって、家の周りには体育会系村人が300人もいるんだからな。

 何かを悟ったような顔でゴッズさん達に連行され、屋敷へと歩いていった。


 俺はそれから少し、奥さんと話をした。


「昔はあんな人じゃなかったんです……」


 奥さんは涙を流しながら、オルバさんがDVに至った経緯を話してくれた。


 オルバさんは王国領の出身で、狩猟で生計を立てていた父の手で育てられた。母親は早くに他界していなかった。

 王国領は高税率なので、どんなに頑張って狩りをしても一向に暮らし向きは良くならない。さらには王室とのコネを持つ小金持ちが幅を利かせており、身分の低い猟師は蔑みを受けることも多かったという。


 父親は当然ストレスを溜めており、オルバさんはそのはけ口として、しばしば暴力を受けた。圧政と差別によって身を持ち崩していく父を、幼い頃から目の当たりにして育ったのだ。

 父はまもなく、狩りの最中にクマに襲われて死んでしまう。それを機に、オルバさんは王国領を離れる決意をした。


 父が持っていた僅かばかりの資産を売り払い、なんとか通行税を払ってキミーノ公爵領に渡ってきた。

 公爵領は低税率なので、狩猟によって生計を立てることは難しくなかった。やがて、マキーニさんと出会って一緒に暮らすようになり、娘のコヌールさんを授かった。


 一時は順風満帆な生活を送っていたが、ある日、悲劇が起こる。

 領境の山で、罠を使った狩りをしていたオルバさんは、王国の警備兵にモンスターと間違われ、攻撃されてしまう。


『ウッ!』


 そして、膝に矢を受けてしまった。


 ブラウンベアーが徘徊する危険な山から、這いずるようにして命からがら逃げ延びてきたオルバさんは、それからしばらくの間、家から出られなかった。

 NPCは時々こうして、怪我をして動けなくなることがあるのだ。


 これが全ての始まりだった。

 もともと気弱な性格だったオルバさんは、その慎重さ故に堅実な狩りをしてきたのだが、この事故のせいですっかりトラウマになり、猟に出られなくなってしまった。

 せわやきの奥さんの献身もあって、しばらくは家で静かに過ごしていたオルバさんだったが、徐々に猟に出られない現状に鬱屈していく。


『あなた……そろそろツノウサギでも狩ってみたら? 私も手伝うわ』

『!?』


 それを、ツノウサギすら狩れない軟弱者と言われたように感じたオルバさんは、ついに最初の暴力に至ってしまう。 

 それからはまさに、負の連鎖であったようだ。

 気を使われては腹を立て、自分は悪くないのだと言って家族にあたり、お酒でストレスを誤魔化す……。

 そのような日々が積み重なり、ますます心を病んでいったのだ――。


「うーん……」


 俺は帰りの道中で、人生これまでにないというほど深刻に考えていた。

 そしてその根本的な原因、諸悪の根源とも言える存在に気づき、こう叫ばずにはいられなかった。


「王太子いいいいぃぃ!」


 そうだ! やっぱりあの王太子が悪いのだ!

 お前のところの兵士がやらかしてんだぞ、なにやってんの!


 やることやらずに贅沢三昧!

 飢える民に荒む人心!

 気に入った女とチュッチュラブラブしているだけの、あのボンクラのせいで、みんなの暮らしがメチャクチャじゃないか!


 為政者がアホだと、国全体がおかしくなってしまうな!


「ふぬううううう!」


 俺は鼻息を荒くしながら、屋敷までの道のりを走って行った。



 * * *



 兵舎に入ると、オルバさんは大人しく椅子に腰掛けていた。

 グルーズさんと、セバスさんと、サーシャが彼を監視している。


「セッ!」

「おかえりなさいませ」

「おかえりなさいませ」


 俺は会釈だけを返すと、彼の向かいに座った。


「まずは謝ります。荒っぽい手を使ってしまって」

「…………」


 オルバさんは目を閉じ、静かに息をしているが、その手はわずかに震えているようだった。


「コヌールさん達から引き離したかったのもありますが、門番をやってくれる人を雇いたかったのも本当なんです」


 と言ってしばらく様子を見る。

 にわかに瞳を開いたオルバさんは、周囲にいる人に視線を向けると、またうつむいて黙ってしまった。

 ひと目が気になるのだろうか……。


「セバスさん、サーシャ、ちょっと席を外してもらえすか?」

「お嬢様!」

「よろしいのですか?」


 俺は黙って頷いた。

 この状況で、性格気弱なオルバさんが何かを話してくれるとは思えなかったので。

 

 2人が退席したあと、俺はヘビーフルプレートと鉄の槍を装備したグルーズさんに目を向ける。

 せっかちなところが、普段は面白おかしいグルーズさんだが、今は頼もしさしかなかった。


「はじめは、グルーズさんと、ゴッズさん、どちらかに付いてやってもらおうと思っています。二人とも、とっても頼もしいですよ?」

「…………」


 しかし、何も言わない。

 お守りをしてもらわなければ何も出来ない男だと言われているように、感じてしまっているのだろうか。


「…………ふっ」


 やがて卑屈に笑って、首を横に振る。


「……無理ですわい」

「……そうですか?」


 能力的には、全然いけるとは思うのだけど、そう簡単な話ではないのかもな。


「オルバさんは、気配察知の技能と、罠のスキルを持っています。これって本当に警備員向けだと思うんですが……」

「……無理です、もうひと思いにお切りくだされ」

「うっ……」


 もう、完全に気持ちが折れちゃっているのか。

 でも……。


「そんなことをしたら俺、コヌールさんと奥さんに一生恨まれます……!」


 滅茶苦茶カルマあがっちゃうぞ?

 それに、今のオルバさんを前にしていると、絶対に切っちゃだめだという予感しかこみ上げてこないのだ。


「なんとかお願いできませんか!?」

「無理なものは無理ですわ……見てくだされ、この手を……」


 と言って、両手を机の上に出してくる。

 その手は常にプルプルと震えていた。


「酒のせいなのか、恐怖のせいなのか……それすらもわからんのです……。ここまでは大勢に囲まれておったので来れましたが……」


 確かに、それほどであるからこそ、長い間家から出られなかったのだよな。


「外に出ることも厳しいと……」

「ふふ……何でこうなってしまったのかは知りませんがな……」


 家族を殴りつけては、自分は悪くないと言い続けたオルバさん。

 確かに彼は、何も悪いことはしていない。

 ただ、いくつもの不運な矢に当たってしまっただけだ。

 それはコヌールさん達も良くわかっていて、だからこそ、この問題は質が悪い。


「オルバさんは、何も悪くありません! これはみんな、王太子が悪いんです!」

「……え?」


 なんでそこで王太子が出てくるんだって顔してる……。

 そこまで深くは、自身と国家の間にある因果を考えてないのか。


「すみませんが、マキーニさんに聞きました。オルバさんの生い立ちのこと」

「!?」


 するとオルバさんは一気に顔を赤くして、椅子から立ち上がろうとした。


「マッ!」


 だが間髪入れず、グルーズさんが槍の柄でそれを抑える。


「むぐうう……!?」


 奥さんの裏切りと考えたのか、己の恥部と感じたのか……。

 そのあたりの心理は、俺には闇が深すぎてわからなかった。

 オルバさんはしばらくプルプルと震え、やがて苦悶に満ちた表情とともに腰を下ろした。


「……心が……どうにもならんのです」

「心が……?」

「そうです……頭でわかっていても、どうにもならんのです……」


 グルーズさんに、槍を戻すように目で伝える。


 心か……。心ってなんなんだろうな。

 改めて問いかけてみれば、それは何だかよくわからないものだ。

 だだ、理屈では推し量れない何かがある……という気がするだけで。


 俺は少し落ち着いたところで、聞いてみた。


「もしかしてそれで、お酒を?」

「…………」

「お酒を飲むことで、その……どうにもならない心を抑えていたとか……」

「…………」


 どうやら、概ねあたっているようだ。

 俺はそれを心で感じた。

 ある意味では、どうしようもない衝動から家族を守るために、酒で自らを沈静化していたのだ。


 なんかそんな歌があったような……?

 とにかくオルバさん、根は優しい人に違いない……。


 ならば!


「じゃあ……飲んじゃいましょう!」

「……え?」

「飲んで楽になるなら、飲んじゃいましょうよ!」

「……ええ?」

「ムァッ?」


 なんかグルーズさんまで変な顔になっているけど、なんかこう、酒の力を借りるのも悪くないかなって気がしてきたんだな、これが!


「よし! そうときまれば!」


 システムコール・バイ! 酒! 降順!


【ジョーン2世VSOP   25万2930アルス】


「これだー!」


 これでオルバさんの心に火を灯せないかやってみる!

 いでよ! 王太子!


【所持金 2771万7640 (↓25万2930)】


 すると、深い琥珀色の液体で満たされたガラス瓶が出てきた。

 芸術品のようなその瓶は、それだけで結構な値段がしそうだった。


 そしてすかさず栓をひねる!


――キルュ!


「ふおお!?」

「アーッ!」


 これで再売却は不可能になった。

 グルーズさんも驚くというのは、余程の価値があるのだろう。

 お酒って凄い!


 俺はまだ飲める年齢じゃないけど、ここはゲームの世界。

 とことんまで行ってやるぜ!


「よし! じゃあコップ……」

「モアッ!」


 あっ! すでに3つ用意されている!

 早い! 早いぞグルーズさん!

 せっかちにも程がある!

 そしてすっごく飲みたいんだな!


 俺は瓶の中身を、ドバドバと3つのコップに注ぎ込む。

 腹立たしいほど高貴な香りが立ち昇り、兵舎内の男臭い空気が、一瞬にして満開の花園へと変わった。


 そして!


「見てろ王太子!」


 YOU! 今からお前を飲んでやる!


「オトハ、いきまーす!」


 ひと思いにグイッと!


「うおおおおー!?」


 あ、熱い! 喉の奥に火を突っ込まれたみたいだ!


「ゲフッ! ガフッ! ゴフッ!」


 そして思いっきりむせる!

 まだ俺には早すぎたみたいだ……!


「そ、そわそわ……」

「ムモモモ……」


 ふと見れば、グルーズさんとオルバさんが『本当に飲んでいいの?』って顔でこっちを見ていた。

 酒ってスゴイな、良い歳した大人を、子供みたいな目に変えてしまうのだから。


「どんどん行っちゃって下さい!」

「ウマァー!」

「こ、これは……ふおおおお」


 一口含んだだけで、全身をぶるぶると震えさせるオルバさん。

 それは恐怖でも禁断症状でもない、純粋なる感動によってもたらされたものだ。

 すごい! たまにはいい仕事するじゃないか、王太子!

 そしてグルーズさんは飲むの早いな……。


「こ、これはたまらぬ……」

「ファー!」

「どうぞどうぞ! どんどん飲んで下さいまし!」


 俺は精一杯のおもてなし心をこめて、お嬢様口調とともにお酌をしていくのだった。


「じ、じー……」

「はっ……!」


 そのときなんか、背後に視線を感じた。

 そして振り返ってみれば……。


「くぅーん……」

「ブラムさん!?」


 なんと、兵舎の入口で迷子の犬みたいな顔をしていたのは、一心不乱に絵を描いていたはずの、画家のブラムさんだった!


【ブラムがなかまになりたそうにこっちをみている!】


 酒が酒好きを呼んでいる!


「ブラムさん! 絵はできたんですか!?」

「え、あ、はい……さきほど。それでなんか良い香りがしたもので……」

「そそそ、そうなんですか……(すげー鼻だ……)。ではさぞかしお疲れでしょうから、一杯やっていって下さい!」

「良いのですか!?」


 俺は一瞬チラリとオルバさんを見て、特に満更でもないようだと判断する。

 それに、ブラムさんの描いた絵というのもすごく気になったので、ここは大人同士で楽しくやってもらうことにした。


「はい、もちろんです! コップはこれを使って下さい!」

「あ、ありがたや……おお、これはジョーン2世……」


 ひと目でわかるんだね……。

 俺はにわかに活気づいてきた兵舎を離れると、アトリエに向かった。


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