雲を突き抜けたその上に
かつたけい
第一章 いい肩してんじゃん
01 小さな嵐がやってきた
これはどこにでもある小さな町に住んでいた、
ある女の子が起こした、
小さな小さな、ほんの小さな奇跡の物語です
第一章 いい肩してんじゃん
01 小さな嵐がやってきた
「あっ、ごめーん」
「オーライオーライ」
砲丸投げよりも角度のついたボール。
わたしはとっとっと横へ動き、腕を上げ、グローブを広げて受けた。
「もうちょっとだけ肩の力を抜こうか」
「うん。ごめんね。ほんとごめん」
「ごめんごめんいわないの」
本当に気が弱いんだからな、海子は。って、わたしも他人のことはいえないけど。まあ、だからこそ馬が合って長いこと友達付き合いをしていられるのだろう。
わたしの名前は
小学五年生。
昼休みを利用して、友達の茂木海子と、校庭の端っこでキャッチボールをしているところだ。
ボールを投げたり蹴ったり出来るような場所は、基本的に男子が幅をきかせて我が物顔で、わたしたち女子は邪魔にならないよう小さくなってないとならない。もちろんそんな決まりごとはないのだが、男子たちはもうそう思っているみたいで、女子があまり堂々としていると嫌がらせが酷いのだ。
小さくなっていないともなにも、海子の身体はやたらと大きいけれど。小六男子にも負けていないのではないか。
「それっ」
わたしは、海子のグローブを目掛けて投げ返した。
迫るボールにおっかなびっくりの海子であったが、上手くグローブの中に収まった。
ほっと安堵のため息をついた海子は、ボールを右手に掴むと、
「行くよっ」
と、投げた。
またフライのようなボールが上がってしまい、わたしは落下地点へと下がりながら受けた。
海子、肩の力はあるのだけど、力み過ぎなのと、コントロールが悪いんだよな。
初心者だから仕方がないか。
こちらとしては、一緒にキャッチボールをするといってくれるだけでも感謝しないと。
わたしは以前、町内の少年野球チームに入っていた。
女子はわたしだけだったけど、チームのレベルが低いこともあって小三の頃からレギュラーだった。
でも年々人数が減って(だから小三の身でレギュラーになれたというのもある)、ついに去年、チームは解散消滅。
いずれまたどこかの野球チームに所属すべきか、中学でソフトボールでもやるか、それともいっさいを諦めるかを決めかね、だらだらと日々を過ごしている。
いわゆるモチベーションというものは低かったけど、なにもしなかったら技術が鈍る一方だという負のモチベーションともいうべき考えが働いて、放課後のボール練習を日課にしていたのだけど、最近は海子がこうしてお昼休みに練習を付き合ってくれる。海子の方からやろうと誘ってくるのだ。
放課後だと一緒に遊ぶ時間がなくなってしまうから、などと本人はいっているが、単に優しい性格だからだと思う。
「じゃあ、ちょっと距離をあけて、投げてみようか」
「えー、怖いよお」
海子はロボットみたいに四角くごつくて巨大な身体をしているくせに、情けない声を上げた。
諦めたか、おとなしく後ろへと下がって行った。
「大丈夫、グローブ上げて広げててくれればいいから。それっ!」
わたしは、ボールを持った右腕を、ぶんと振った。
久し振りだな。こうして思い切り投げたの。
やっぱり気持ちいい。
また、試合やりたいなあ。
海子はあわあわと慌てたが、グローブは動かさずにしっかり構えててくれたので、その中にずばんとボールがおさまった。
よしっ、ナイスコントロール、と自分の心の中でガッツポーズを作って自画自賛に浸っていると、
「いい肩、してんじゃん」
突然、背後から甲高く澄んだ女子の声。
「ひゃあ!」
と、わたしはびっくりして飛び上がってしまった。
こんな漫画みたいな驚き方をしてしまったの、生まれて初めてだ。
誰?
と振り返るが、そこには誰もいなかった。
幽霊?
空耳?
なんだったんだろう。
……あ、いや、いた。人がいた。
目の前に、というか目の下に、ショートボブっていうのかな、おかっぱ頭の小さな女の子が立っていた。
「悪かったな、チビで。これでもおんなじ五年だかんな」
女の子は、不機嫌そうに唇を尖らせた。
きっと目の動きから、わたしの思考を読み取ったのだろう。まったくその通りなので、わたしはなにもいえなかった。
あれ、そういえば初めて見る子なのに、どうして知っているんだろう。わたしが五年生であることを。
実は近い教室で、よく見られていたのかな。
などと自問していると、向こうから男子の怒鳴り声が聞こえてきた。
「邪魔だよ!」
「無駄にでけえんだよ、女のくせに!」
「ごご、ごめんなさいい」
上級生らしい男子四人に取り囲まれた海子が、あたふたした口調でぺこぺこ頭を下げている。
遠投するために距離をとったけど、そこに男子はいなかったはずだ。勝手に領域を広げてきて、好き勝手に文句をつけてきているのだろう。女子に文句をつけることだけが目的かも知れない。
いずれにせよわたしたちに非はない。
とは思ったものの、気弱なわたしにその主張を持って理不尽に対して戦う勇気もなく、どうしようどうしようと心臓をどきどき鼓動させて立ち尽くしているしかなかった。
とりあえず謝ろう。
一緒になって謝ろう。
と、おずおず一歩を踏み出した瞬間、女の子が不意に怒鳴り声を張り上げた。
「女がでかくて悪いのかよ! てめえらがチビなだけだろ! 男のくせに! バーカ! チービ!」
黙っていれば人形のように可愛らしい髪型に顔立ちだというのに、品なく怒鳴りながら肩を怒らせてずんずんと男子へ近付いて行く。
わたし関係ないから!
と一目散に逃げ出したかったが、海子が男子に囲まれている以上はそうするわけにいかなかった。
女の子に、付いて行くしかなかった。
「お前が一番チビだろ! 一メートルあんのかよ?」
「おかっぱチビ!」
「バカはお前だ!」
「座敷童子!」
口々に罵る男子の言葉に、女の子は「ぶっつーん!」と叫んだ。脳の血管が切れた、つまり怒り心頭に達したということをわざわざ擬音で主張してみせたのだろう。
「いったな、てめえらあ……」
歯をぎりぎりと軋らせながら男子を睨みつけると、再び叫んだ。
「勝負しやがれええ!」
五月十日、月曜日。快晴。
これが、わたしと彼女との出会い。
小さな奇跡の、始まりだった。
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