第3話 ロウ一派の雑用係

 そんなこんなで周りの心配をよそに何とか面白おかしく騎士団で過ごしていたアルトだが、騎士団の本質は兵士。本業は戦争。

 長らく戦争など起きてはいないが、備えはもちろんするものだ。

 つまり、その訓練内容となると面白おかしくはない。


 もちろん当初長年病気で臥せっていたアルトはまるでついていけなかった。

 問題はそれが「いまも、まったく」という点である。


 体を酷使し過ぎると吐く。

 話には聞いていたが本当だった。


 当然、最初はアルトだけの話ではなく新人全般に言えることなのだが、最底辺というならアルト以外の名は上がらないだろう。


 他の新人と共に走っては吐き、棒を振り回しては吐き、障害物を避けては吐き……。

 やがて他の皆は体力をつけて、徐々に筋力や耐久力を上げて行く中、アルトはまったく変化がない。


 新人たちがそれなりに鍛えられ、顔や体が精悍になる頃に新たな入隊者が入り、そしてアルトはまた新人用訓練を受ける。

 もう幾度も繰り返されているイベントだ。


 アルト以後の新人は数多いるが、その全てとアルトは新人研修を受けていた。

 誰よりもひ弱なアルトを「先輩」と呼ばねばならない新人たちの居心地の悪さは察して余りある。


 アルトとしても言い訳はさせて欲しい。

 少しは成長しているのだ、と。

 裸馬にも乗れるようになったし、剣筋は女の時とは比べ物にならないくらいに鋭くなったし、瞬発力は中々のものになったと自負している。


 だが、体力面で成長が見られないのだから仕方がない。

 普通の兵士たちと混ぜれば立派なミンチが出来上がることだろう。


 吐いて食べて、筋肉をつけて、徐々に作り上げられる肉体。

 そのサイクルの、「食べる」という過程がアルトには出来なかった。


「なんでみんな食べられるの……おえ」

「せめて一口食え!」

「飲んだものも吐くけど、いい?」

「……よし、俺のスープをやる」

「具をよけてくれるならもらう」

「…………次からは具のないスープを用意させよう」


 そこまで体を追い込むと、もはや胃が受け付けない。

 食べられないまま体力を使うから、最終的にやせ細っていくのである。

 ガリガリだ。

 筋肉が付く所の話ではなく、皮と骨のようになった。


 ギフトがなければとうに病気になっていただろう。

 アルトはギフトをくれた神に毎日感謝している。


 そんな今では食堂にアルト用のメニューが用意されていた。

 他の同僚と混じって並んでも、問答無用で出てくる具のないスープ。

 卒業できる日ははたして来るのだろうか。


 筋骨隆々の指導係の男たちも最初は根性論を振りかざしていたのだが、そこまでくるとこれはもう身体構造が違う、なにか別の生き物だと認識するようになったらしい。


「アル、お前はそこまででいい。休んでろ」


 厳しい訓練から外れることを許されるのでは批判の一つも飛んできそうなものだが、新人は全員彼と共に訓練を受け、その貧弱さを間近で見ているのである。


「羨ましい、ズルい!!」

 と恨みがましい目で見られてきた身としては、悪くもないのになんとなく後ろめたい気分になる。

 彼を追い抜いていった自覚があるだけに同情と憐憫と気遣いの視線こそあれど、陰湿な気配は微塵もなかった。


 そんな中々稀有な立場に甘んじることになったアルト本人は、元から男のプライドもなく、他者の配慮も何のその。

 むしろ見当違いと言わんばかりに、訓練がダメなら他に出来ることをすればいいか、程度に感じていた。


 宿舎内の掃除、洗濯、洗い物。

 それらは持ち回りの当番制なのだが、当然普段の訓練を終えてからの仕事になるので、大体が疎かになる。

 手が回らず放置されることだってしょっちゅうだ。

「明日、明日必ずやるから……」

 新人たちは特に、訓練後に余っている体力もなくベッドに倒れ込むのが常だった。

 宿舎がいつもどこか荒んでいる原因である。


 そこに登場したのが救い主、アルト。

 彼は特にそれらを嫌がらず、空いた時間に足りない所を補って、あまつさえ労ってくれる。


「今日は随分と扱かれたみたいだね、お疲れさま。その代わり洗濯はやっておいたから、今日はゆっくり休んで」

「掃除? ああ、昨日軽く掃いておいた。でもゴミを集めた程度だよ?」

「訓練着が随分とくたびれてるから、そろそろ繕うのも限界かも。新しい服の支給を頼んだ方がいい。僕からも口添えしておくから、忘れずに申請に行くこと!」


 もはや団員たちにとっては女神である。

 本人としてはたまに縫物をしたり、体力のない新人用にスポーツドリンクもどきを作ったり。気分はマネージャーだ。

 全然苦痛ではない。

 むしろ応援している彼らが立派になっていくのをみると満足感すら覚える。

 なぜかたまに「おかあさん!!」なんて自分よりデカい男に泣きつかれることもあるが。


「おいこら、言うこと聞かないともうお前の当番手伝わないからな!」

 とかいう不思議な脅しがいつの間にか通る様になった。


「わあ、すいません! もうしません! アル様、女神様、救世主様! どうかお許しを!!」

 巨体の男が足に縋る。

 アルトは我ながら意味がわからない状況だな、と少しだけ窓の景色に心の平穏を求めた。


 さてそんな折に耳にした話なのだが、ロウ一派とはロウを筆頭に将来有望な人材ばかりのグループを指すらしい。

 隊長格にも一目置かれ、発言権と影響力の大きさは他の派閥を大きく凌ぐとか。


 それはいいのだ。

 ロウたちの活躍は目覚ましいし、金魚のふんである自分も鼻が高い。


 なのに、そこに何故か、

「僕の名前もあるんだって」


 子分でも腰巾着でもなく、ちゃんと一派の構成員として頭数に入れられているらしい。


 不思議じゃない? とアルトは首を傾げる。

 足を引っ張ることと、人の手を借りることは得意だが、それはどちらかというとマイナス評価になるはずだ。

 何でも平均以上のロウたちと並べると場違い感がとてもすごい。


「そりゃ当たり前だろ」

「うちの団、というか宿舎自体、お前なしじゃ回らないだろうし」

「ってか、アルが居ないロウとか、馬のない騎馬隊みたいなもんじゃないか?」


 ロウ一派の面々がアルトの疑問に口々に言い募る。

 ちらりとロウに目をやれば、ふんと鼻を鳴らされた。

 アルトはべっと舌を出した。

 仲間たちは笑い転げた。


 そんなアルトと情報屋改め、最近はめっきり「なんでも屋」と呼ばれているロウの部屋には客人が多い。


「おいロウ、明日の訓練の備品の運搬を……」

「アル聞いてくれ、うちで面倒見てる新人が……」

「好きな子ができたんだが、どうお近づきになれば……」

「どうしてもアイツが気に食わない!」

「最近食堂で幽霊が目撃されて、」

「東口の扉が壊れて開かないんだが」


「ノックをしろ! そしてそれは隊長に相談しろ!」

「そっちはハワードに、これはラルクに聞いてくれれば大丈夫」

「自分で考えろ! 煮詰まって襲う段階になったら来い!」

「見回りの当番に変更を考えようか。う~ん、担当者たちに声をかけておくから……」

「器用な奴らを集めて、いい加減修理係を……。いや、そうすると給料面で」

「来るところが違うんじゃ? それはまず窓口に、」


 一通りの客人を捌いてから、毎夜二人で一日の無事を感謝しながら酒を飲む。

 二人の日課の一つだ。


 いつも乾杯の一杯のみなのはアルトがあまり酒に強くない為で、ロウも付き合っているうちに一日一杯は暗黙のルールになった。

 健康的すぎる、とロウはたまに遠い目をしているが、特にそれを破る様子もない。


 最近は真面目な相談も多くなって、二人ではどうにもならない案件をまとめて隊長に提出、という流れも多い。

 そんな時は隊長も含めた三人。


「なんで安月給の俺がこんな雑用までしなきゃならないんだ」


 酒を飲むと始まるロウのいつもの愚痴である。

 ちなみに隊長がいる時は「給料を上げてくれ」になる。


「じゃあやらなきゃいいのに」

「俺がやらなかったら全部お前がやる羽目になるだろうが」

「え、僕のためだったの!?」

「そうだよ! クソ、同室がこんなヤツになったせいで、とんだとばっちりだ!」

「面倒見がいいのも考え物だね! よ、苦労人!」

「言わせておけば調子に乗りやがって!」

「いいんだよ? 部屋替えしたって。隊長ならきっと聞いてくれる」


 にやにやと、入団した当初はしなかった笑みをアルトが浮かべる。

 絶対にないとわかっているからそんな高を括っていられるのだ。


 事実、ロウはぐぬぬと悔しそうに口を噤んだ。


 確かにロウにアルト以外の同居人を今さら受け入れる気はない。

「本人には絶対に言わないけどな!」と思っていても、沈黙は時に言葉より雄弁だ。


 アルトはふふと笑った。

 ロウはやっぱり不機嫌そうに鼻を鳴らした。

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