最終話 女奴隷を集めた王様のお話

 前回までのあらすじ。


「最終回でそれまであったオープニングとあらすじなしで本編に入るのかっこよくて好き」


 城で真の決戦が始まり王妃と王子が脱出し合図の鏑矢が打ち上げられてから数分後。


 ついに反乱軍は進撃を開始した。


 目標は舐めくさった真似をしてくれやがったヤリチンハーレム野郎デルニシテ。かっこつけて鎧なんぞ着やがって。


 串刺しにしてくれようと飛び出したのは当然速度で勝る騎兵の一隊。


 対サヴィラ戦線においても騎兵大国に劣らぬ練度を見せつけた、アルハレンナの直下精鋭部隊。


「焔の戦乙女の名の下に。せめて同じ主を仰いだ者同士我々が討ち取ってくれる!覚悟せよ、デルニシテぇぇぇ!!!!!」


 気炎を吐き馬上槍を構えて目標へ一直線に駆けていく。


 サヴィラの皮革が中心の軽鎧とは比べ物にならない鋼の騎乗用鎧に身を包めばいかな斬鉄の剣技使いとは言えど万全の迎撃は不可能。後は通り過ぎ様に命懸けで相手の命を奪うのがどちらかの賭け――――!!!!





 のはずだったんですけどね。その目標が兜を外すまでは。


 ええ、そもそもデルニシテはこの時玉座の間でアルハレンナと決着をつけている頃。こんなところにいるわけがない。


 では誰か。


 その素顔を見た騎兵が順番に落馬するほど驚いたその正体とは。


 騎兵のおかしな様子を見て一旦防具を捨ててでも駆け付けた重装歩兵が引っ繰り返って腰を抜かしたその正体とは。


「「お、王……!!!!!????」」


「うむ」


 王様だった。壮健ながら鎧姿での数時間はさすがに堪えたようで、びっしょり汗に濡れている。微風でさえ心地よいと言った風情だ。


 まあ玉座の間にいるのがデルニシテならここにいるのは王でしょう。


「な、な、何故このような場所に!?」


「取引だ」


「と、取引とは?」


「デルニシテに妻子を人質に取られてな。自分のフリをせよと言われた。人質を取られては仕方がない。うむ」


「こういうことを言うのは何ですが、その…言葉の割にはお顔が晴れやかと言うか…あいえなんでもありません」


「奴はこう言った。邪魔をされたくないから、と。さあ、本陣へ案内してくれ。私が無事保護されるまでがデルニシテとの取引でな。私が傷つけば妻子も助からんのだ」


「は、はぁ…」


「どうした?ああ、あの程度の野次で怒りはせぬ。だが代わりに、彼女らと食事をしたことは妻には黙っていてくれ。デルニシテの女たちを羨ましがっていてな。今からでも側室を、自分も姉妹のような友人が欲しいと言って聞かなくなる―――」






 そんなわけで開戦から数分で終わった表の決戦ですが、ここで真の決戦を見てみましょう。


 城内で行われている最強同士の最終決戦。


 片や何の変哲もない、と言うか明らかに刃の毀れた剣を振り回す意味わからん奴。


 片や一度たりと剣相手に懐を許したことのない絶技を馬上でも振るい一度に四人をまとめて討ち取る名槍使い。


 比べるべくもない。


 宙を滑るように跳ねたデルニシテが三叉に分かれた槍の穂先に刃を滑り込ませるのが一歩目。


 一瞬で三度短く剣を振ってそれぞれの刃を折り落とすのが二歩目。


 身を捻じ込むように大きく踏み込んで槍の柄を中ほどで斬り落として三歩目。


 残った柄を蹴りで弾き飛ばし徒手で掴みかかり相手を押し倒して四歩目。


 勝負はデルニシテがアルハレンナに馬乗りになったところで決着としましょうか。RTAもかくやの高速戦闘でしたね。目にも止まらぬ早業の応酬は見応えがある。


 そう、勝ちました。デルニシテが。


 相手の両手と握り合うように抑え込み、勝ち誇るように息の荒い女を見下ろす。


「俺の勝ちだ、アルハレンナ」


 息を整えようとしてか言葉はなく返ってくるのはねめつけるような視線だけ。


 でも満足だ。デルニシテは嬉しかった。


 ずっと手に入れたかった女が手に入ったのだから。


 あまり傷をつけずに済んだのも幸いだ、思ったより弱かった。


 これで最強などと。


 かわいいにも程がある。


 そう思うと途端に胸に何か込み上げ息が詰まる。男は勢いのままに女の唇を貪った。


 咄嗟のことで少しだけ開いた歯の間に舌を捻じ込み、口内を思うままに侵略する。相手の舌を絡め取って弄べば、温かで柔らかな肉が絡み合うのが快い。


 存分に堪能したらさっさと離れてやる。息が足りなかったのか途中からしきりにもがこうとしていたので。また整いかけた息が乱れたのを潤んだ瞳で恨みがましく睨まれた。


 かわいい。


 かわいい。


 この女かわいいぞ。


 なんてかわいいんだ。


 デルニシテは衝撃を受けた。


 身体はムーナス、美貌ならマリーアルテ、嗜虐ならアンヤが一番だと思っていた。誰もみな自慢の女奴隷だった。


 でもこのアルハレンナという女は一人で全部のランキングを更新してきた。美味そうな肉体に、男を満たす容姿。責めを誘う媚態。


 孕ませたくなる。


 今までの行為はただの性欲の発散だった。三人目の女奴隷には子を産めと言ったが、それにしたって奴隷契約の一環として迫っただけのこと。誰との子であれ、なんなら自分の子でなくても跡目くらいくれてやるつもりであったし子供ができたら自分なりに愛してやり養育してやるつもりだった。父がそうしてくれたように。


 だから、特定の女との子が欲しいと思ったのはその時が初めてだった。


 男なら、優れた女を孕ませるのを喜びとせよ。


 かつて父が語り聞かせてくれた、以前の尖り歯の一族に伝えられていた言葉を思い出す。


 そうか。お前こそが、俺の。


 運命の女だった。


「俺の奴隷になってくれ、アルハレンナ」


 気が付けば、そんな言葉を口にしていた。


 愛しい女に向けた愛の告白を。


 顔が火照る。なのに身体に漲る熱がみんな下腹へ集中したかのように熱く怒張する。


 場所が、状況が気になるものか。この女を犯さずにはいられない。


 女の全てが欲しい。心も身体もその一片に至るまで全てを自分のものに。


「……ふ」


 なんて。


「ふふ…くくく……」


 女は、笑った。


 嗤った。抑えつけられ、唇を奪われ、そしてこれから凌辱される身の上でありがなら。


「くはははは!!!」


「……?」


「そうか…お前、そんなに私が欲しいか」


「ああ。お前は何物にも代えがたい俺の運命だ。アルハレンナ」


「そうか…では」







「……は?」


「私の勝ちだ、デルニシテ。お前は永遠に私には勝てなくなった」


「……?」


 意味を、図りかねた。


 この状況において勝敗の逆転だけはありえない。


 わかっている、わかっているのだ。


 


 わかっているのに、わからない。


「どういう、意味?」


「わからんか?だろうな、お前は私とは違う」


 嘲笑に対し男は反射的に女の喉を抑えつけた。


「どういう意味だと聞いた」


 女は呻く。呻くがしかしろくな抵抗もせず笑い続け、どころか空いた手を相手の頬へ穏やかに添えた。


「いいのか…お前の女が失われるぞ」


「っ!?」


 思わず手を緩めると女は少し咳き込み、そして反撃を再開する。


「お前は最初から私に惹かれていた。私を欲しいと言っていたものな。


 私もだ。お前が欲しかった。お前に惹かれていた。イドにお前はデルニシテの奴隷だと言われた時は完全に図星だった。認めよう、私はお前のものになりたかった。傅きたかった。いかな勇将相手にさえ疼かなかった心が初めて男の種を求めたよ。


 正直に言うと、わかっていた。お前がここにいるであろうことも。お前が私の到来を見抜いて必ず私を手に入れようとすることも。


 わかっていて私はここに来た。お前のものになるために。


 涼しい顔で私を慕う全てのものを欺いたよ。


 これから私はお前の全てを受け入れ、愛し、屈服するだろう。願わくばお前の子も産みたい。…どうやらお前も、孕ませる気がありそうで安心した。


 ああ、安心した。


 お前と私が同じくらいに想い合ってここに至った。そのことがわかってよかった。


 


 お前がこれから私に何をしようと、心だけはお前に背く。上手くいけば、身体も。


 そうするとお前は二度と私の全てを手に入れられない。せっかく手に入れた身体でさえも失うだろう。お前が私を愛すれば愛するほどに、失うものは大きくなる。


 私の心と身体が完全に堕ちるまでには時間がある。その間に私の心はお前から完全に離れるかもしれない。そうすれば身体が堕とされても永遠にお前のものにはならない。


 私の気まぐれで自害するかもしれない。成功すればお前は二度と私を取り戻せない。


 お前は私に何もできないんだよ、デルニシテ。お前は私を尊び機嫌を伺い懇願するんだ。愛してくれとな。


 まるで、奴隷のように。


 わかったか?お前の負けだ、デルニシテ。


 


 


「う、う……うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


 男は、吼えた。


 なんたる横暴な論調。何一つ筋の通っていないその場の勢い任せとすら言える主張にしかし、男は心乱された。


 静謐の水面は既に溢れんばかりの情愛に乱されていたのだ。


 アルハレンナはそこをさらに揺さぶることで男から正常な思考を取り戻す機会を奪った。いつ何時も冷静沈着に揺らぐことなく己として敵に向き合うことのできる最強性は失われ、そこにいるのは駄々をこねる子供でしかない。


 無垢ゆえの強さ、無垢ゆえの幼さ。


 理性と激情の焔を備えた父やアルハレンナとは違う、最強ゆえの脆弱を、女は己の敗北の先に見ていた。


 尖り歯の里でイドに語った勝算とは。


 何のことはない、というだけの話だったのだ。


 これでもし自分の方が相手への思慕で上回っていれば、つまりデルニシテが少しでも冷静だったその時にはただのイタい女とドン引きする男が生まれただけのこと。


 ちなみにデルニシテ側に何の情もなかったその時は王国貴族の淑女として自害するつもりだった。イドには笑われたが本気だったんですマジで。


 自棄を起こしめちゃくちゃに服を破りながら獣のように己を貪る男に対してアルハレンナはただ、心底愛しげに頭をかき抱く。


 幸せだった。欲したものが手に入り、愛した男に求められ、将としても格上相手に完勝を収めた。何の文句もない、最後の戦にふさわしい幕切れと言えよう。






 成績発表。


 反乱軍は当初の目的通り王族を手中に収めた。プラス百点。


 でも総大将で旗印のアルハレンナを失った。マイナス五十点。


 まあそこは父であるシームーン元帥が復帰することでなんとかなるのでまだマシでしたが、結局王都は取り返せずじまい。渋々彼らは石壁の街を本拠と定め、ミザ王国は二分されます。


 そう、取り返せませんでした。デルニシテが無様な敗北セックスで悔し射精しているクソ間抜け状態でも。


 何故なら、横槍が入ったから。


 デルニシテだと思っていたら王様が出てきた時は大層驚きましたがそこはそれ、歴戦のおっさんたちは目的を忘れてはいませんでした。


 王族の安全が保障されれば逆徒デルニシテを討つ。


 全ての決着をつけるため、反乱軍の諸将が改めて王都への進軍準備を進めていた時です。


 突然本陣へ兵士が飛び込んできてこんなことを言い出したのです。


「ほ、報告!北東方面の部隊が襲撃を受けました!」


「「……は?」」


「旗は、!!!サヴィラ連合の軍です!!!」


「「はぁ!?!?」」


 いよいよにっくきデルニシテに復讐をとわくわくしていた歴戦のおっさんたちは冷や水をぶっかけられた上に熱湯へぶちこまれたみたいな素っ頓狂な声を上げ、場を仕切ることのできる頭のいない全軍は大混乱。


 そうこうしている間にかつてさんざんに打ち破った騎兵たちが包囲を破って続々と王都へ駆けていく。


 ただ、不思議だったのが王都側。先程まで反乱軍を警戒していた兵があっさり門を開け、こともあろうに敵国サヴィラの兵を迎え入れていくのです。


 反乱軍の誰もが戸惑う中、やがて一騎のサヴィラ騎兵が本陣へ到来します。


 褐色肌の精悍な男は武器を持たず、しかし威風堂々としたいでたちで現れました。


「名乗ろう。我が名はドゥリアス・カーライル。サヴィラ連合第三の氏族の次子にしてこの度当主となった男」


「何故だ…何故サヴィラがここにいる!シームーン元帥はこの戦の終結までという約束で周辺諸国全てを抑えていたはず!」


「らしいな。だが俺は知らん。何故なら、サヴィラは分裂したからな」


「はぁ!?」


「国へ戻った俺は同族の醜い争いを目にした。ここは静観して力を溜めようという穏健派と、いや今こそ雪辱の時と逸る過激派。国としては一旦シームーン元帥の提案を呑んだが、水面下ではそのように議論が紛糾していたわけだ」


「そ、そんなことはどうでもいい!盟約を裏切った理由を教えろ!」


「裏切ってはいない。俺は見かねて議論に口を出したのだ。そして賛同者を集めた。三つ目の案、という案のな」


 居並ぶ諸将は誰もが歴戦のおっさんです。ですが、さすがにこの発言には絶句せざるを得ませんでした。


 そんな、そんな反則がまかり通るのか?


 サヴィラはデルニシテとアルハレンナにズタボロにされたはず。怨恨はあれど恐怖による降伏が、あの騎馬民族にあるのか?


 ありません。


 ドゥリアスを代表としてサヴィラの人間は平均的に勇猛で義理堅い。戦に誉れはあれど恐怖など微塵もないがゆえの強さを持つサヴィラの人間を篭絡したのは、そう。


 強さでした。


 かつてない敗北を喫した最大の敵、騎兵狩デルニシテりは戦場であれだけの力を敵味方に見せつけた上で単騎での国崩しというさらなる伝説を背負い君臨し、あまつさえ同じ最強たる焔の戦乙女をも打ち破らんとしている。


 生ける伝説はその剛勇で騎兵たちの心を掴んだのです。まるで、戦場の全ての人間が称賛し憧憬した魔女狩りの傭兵、イドのように。


「最終的にサヴィラ連合七氏族のうち三氏族が俺と共にサヴィラ連合から独立し、隣接領を手土産にこうしてやって来たわけだが…さて。こちらからも聞かせてもらえるか?我々サヴィラの騎兵を加え戦力の補強された王都を、いかにして落とす?」


 ドゥリアスの問いに答えられるものはいませんでした。


 デルニシテとアルハレンナのいないミザ王国軍で、最初から標的として備えているデルニシテだけならともかく一体誰がサヴィラの騎兵にまで対処できる?


 いくら精鋭を揃えようと王都という巨大な拠点とその援護を得た騎兵を壊滅できるかと言われれば、否。


 その場の諸将は誰も忘れてなどいませんでした。元々サヴィラとの戦いは、サヴィラがたびたび国境を侵犯しそれにいちいち対処するような小競り合いの時からずっとろくな反撃もできないままに終わった苦い戦いであったということを。


 ドゥリアスは満足げに本陣を去り、愛馬アルティを駆って今度こそ愛しき男の下へ帰参しました。


 ドゥリアス・カーライル。


 後の覇王デルニシテ、あるいはその後の女皇帝フラジイルに仕えた軍事面における股肱。


 常に愛馬と共に誰より先を駆け、文官の長アポロニアと双璧を成す男。


 彼のもたらしたサヴィラの戦力はデルニシテの新国が各地の兵を取り込んでいく中でも優れた矛として一目置かれ続けます。


 そんな強力な援軍を前にして、新たなミザ王国軍は撤退を余儀なくされたわけです。


 改めて成績発表と行きましょう。


 反乱軍、優れた軍将を失いましたが王様を得て新ミザ王国軍になったので合計五十点。兵を失わず温存できたのもよかったしなんやかんや失ったのは国土の約半分。当面の敵であるデルニシテの新国もしばらくおとなしいのでこれからといったところ。総合して八十点の出来でしょう。


 対するデルニシテ、国と女と足りなかった兵を得てとプラスポイントが多い。


 唯一のマイナス点は当人がこれから先一生抱え続ける『敗北』のトラウマを負ったことでしょうか。


 まあそんなのは微々たるものです。合計すると百万飛んで百点満点の出来。


 よってこの戦、デルニシテの勝利。

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