2     赤の魔法使い

 二人は、しばらく黙ったまま並んで森を歩いていた。


「……あの、魔法使いさん」


「何だい?」


「魔法使いさんは、シュイエには何をしに?」


「こいつを売りに」


 モナルダは自分の引く荷車を顎で指し示しながら短く答えた。荷車には、両手で抱えるほどの大きな布袋が、いくつか無造作に積まれている。


「摘んだ薬草で作った薬を、町で売っているんだ。今回は風邪薬と熱冷まし、あと痛み止めを少し。あの町は物も人も多いし、いつも世話になっているんだよ」


「へえ……」


 魔法使いと荷車を交互に見る彼女の顔が好奇心に輝くのを見て、モナルダは思わず頬を綻ばせた。大人しそうで口数も少ない女性だけれど、こういう表情ははつらつとした少女のようで、ダリアにもどこか似ている。


「魔法使いさんも、町へ行ったり物を売り買いしたりするんですね」


「意外かい? そりゃそうさ。あんな森の奥に住んでいるけれど、全部を自分の力だけで賄うことはできないからね、買い物だってするよ。そう言うあんたは、何をしにあの宿場へ?」


「わたしは、友達に会いに。村出身の幼馴染みなんですけど、町の食堂で働いているんです」


「幼馴染み、か。それは楽しそうだね」


 モナルダは目を細めつつ、微かに苦々しく口元を引き結んだ。フードの下の微妙な表情は誰にも気付かれることなく、相手は無邪気に話を続ける。


「魔法使いさんにも、幼馴染みとかお友達とかいるんですか?」


「いや、私はこういう、人とあまり関わらない暮らしをしているからねえ」


「……ご、ごめんなさい」


 苦笑するモナルダに女性は申し訳なさそうに慌てる。モナルダは穏やかに笑って首を横に振った。


「気にしないでおくれ、私は好きでこの暮らしをしているんだから。他にも聞きたいことがあったら遠慮はいらないよ、何だって聞くといい。魔法使いと話す機会なんて、そうそうないだろう」


「じゃあ、もうひとつだけ。魔法使いって、みんなそうやって顔を隠しているものなんですか?」


 焦げ茶色の瞳に見上げられて、魔法使いはまた少し黙り込んだ。


「別に、しきたりや何かがあるわけじゃないけどね。またあんたを怖がらせてしまったら悪いと思ったんだよ」


 答えて立ち止まったモナルダは、片手でぱっとフードをはね除けた。傍らで大きく息を呑む音が聞こえる。鬱蒼うっそうとしたはざまの森の弱々しい木漏れ日でも、その髪と瞳の鮮やかな赤をはっきりと浮かび上がらせた。


「この色は目立つだろう? だから、町中や会ったばかりの相手にはあまり見せないようにしているのさ」


 何でもないことのようにあっけらかんと言う魔法使いを前に、相手は俯いた。


 出会い頭にあれだけ怖がっていたのだ、やはり人ならざるこんな色を見せるのではなかった。そう心の中で溜め息をつきながらフードを戻そうとした時だった。


 彼女は蚊の鳴くような声で呟いた。


「それは……つらいですね」


「……そうかい?」


「ええ。わたしはこんな平凡な見た目だから、経験はないけど、自分を隠さなきゃいけないのって、つらいと思います」


 思ってもいなかった言葉に、モナルダは驚いてしばらく彼女を見つめていた。


「あんたは、こんな真っ赤な色が怖くはないのかい?」


「赤い目や髪なんか初めて見たから、ちょっと……いいえ、かなりびっくりしたけど、魔法使いさんはもう怖くないです」


 そう言って魔法使いの顔を見上げて笑う。その引き上げた口元はやはり少し強がっていて、モナルダは思わずぷっと吹き出した。


「無理しなくていいよ。でも、ありがとう」


「へへ、バレちゃいましたか。やっぱり駄目ですね、わたしは怖がりだから。……今のは、わたしの友達なら強い子だからこう言うかなと思って、真似してみました」


「あんたの友達、いい子だね。あんたもいい子だ」


 モナルダにつられるように、彼女も笑い出した。


「やあだ、いい子だなんて。やめてくださいよ。こう見えてもわたし、もういい年なんですから。娘もいるんですよ」


「おや。それは失礼、奥さん」


「奥さんだなんて」


 くすくすと笑う彼女の、ずっと強ばっていた背筋はいつの間にかほぐれていた。


「わたし、パンジーといいます」


「そうかい、いい名だ。では、町まであと少しの間よろしく、パンジー」


「こちらこそ、魔法使いさん」


 二人は笑い合いながら、並んで森を歩いていった。

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