学年で1番怖いと噂のヤンキー娘が隣の席になって学園生活終了と思ったけど、実は超良い子でおまけに金髪・碧眼・巨乳の三拍子が揃った美少女だった

三葉 空

1 噂のヤンキー娘の実情

 僕こと黒田幸雄くろだゆきおは、どこにでも居るちょっと冴えない平凡な男子高校生だ。


 クラスで特別に目立つ訳じゃない。


 かと言って、ぼっちでもない。


 本当に平凡な存在。


 けれども、そんなポジションに居心地の良さを感じていたし、このまま無事平穏に高校生活が終われば良いと思っていた。


 高2の春に、事件は起きた。


「マジか……橘遥花たちばなはるかと同じクラスだ」


 高校に入ってからの腐れ縁である藤堂秀彦とうどうひでひこが、新クラスが発表されている張り紙を見てそう言った。


「誰だっけ、それ? 名前だけ聞くと、清楚な感じの人だけど……」


「お前、知らないのか? 学年一怖い女だよ」


「ヤンキーってこと?」


「まあ、そんな感じかな」


「そういえば、何となく噂を聞いたことがあるような……」


「まあ、幸雄はそういった情報に割かし疎いからなぁ」


 秀彦が言う。


「悩んでいても仕方がない。とりあえず、新しいクラスに行こうぜ」


 幸いなことに、僕と秀彦は同じクラスだった。


 二人で階段を上り、新しいクラスである2年B組に足を踏み入れた。


「席は五十音順かな?」


「いや、違うみたいだな。黒板に何か書いてあるぞ」


 そこには新しいクラス内での席順が書かれていた。


 周りの生徒たちもそれを見ながらザワザワと動いている。


「えっと、俺は……ちっ、前の方かよ」


「あ、やった。僕は後ろの方だ、ラッキー」


「何だと、この野郎。代わりやがれ……」


 言いかけて、なぜか秀彦が絶句する。


「どうしたの?」


「いや、お前の隣……」


 秀彦が震えながら指を差すので、僕は改めて黒板の席順に目を向ける。


「あ、橘遥花が隣だ」


 僕は何気なく呟いたのだが、周りがザワついた。


「マジか、あの橘が隣とか」


「終わったな」


「可哀想に」


 なぜか、まだ名前もよくしらないクラスメイトたちから同情の声が届いて来る。


 橘遥花って、そんなに怖いのか?


 ヤンキーって言っても、同じ歳だし。


 そんなにビビることは無いと思うけどなぁ。


 すると、教室の扉がガララと開く。


「おーい、席に着け~」


 新しい担任の先生が言うと、僕らは席に座った。


「えーと、全員揃っているかな……っと、橘が遅刻か」


 先生は弱ったように言う。


 また周りがザワついた。


「さすが、ヤンキー娘だな」


「ていうか、よく進級できたよな」


「確かに」


 みんながこれだけ言うなんて、そんなに悪い女子なのか。


「まあ、仕方ない。じゃあ、朝のHRを始めて……」


 ガラララ!


 教室の前の扉が勢い良く開く。


 現れたのは、金髪が眩しい女子だった。


 それまでザワついていた教室内は、一瞬にして静まり返る。


「……遅れました」


 金髪の女子は言う。


「あ、ああ。橘の席は……あそこだ」


 先生が僕の隣の空いた席を指差す。


 金髪の女子はコクリと頷き、ゆっくりと歩いて来る。


 別に何も道を塞いでいないのに、彼女が通る道の近くの席の奴らはこぞって身を引いた。


 そして、僕の隣にやって来る。


 何となしに、目が合ってしまう。


「……え、目が青い?」


 僕が思わず声を出すと、鋭く睨まれた。


 正直、軽くチビりそうなくらいに迫力がある。


 ついでに言うと、彼女の胸も迫力があった。


 そう思えるだけ、僕もまだ少しは余裕があるのか。


 はたまた、思春期男子としての性欲がアホすぎるのか。


「よし、じゃあ気を取り直して朝のHRをしよう」


 異様な空気の中、このクラスで初めてのHRが始まった。




      ◇




 なぜ、これだけの危険人物を認識していなかったのだろうか。


 秀彦が言った通り、僕は世間の常識とかに疎い所がある。


 だから、これまで彼女の存在を知らないのは、幸福だったのだろう。


 いや、今この状況となっては、むしろ不幸かもしれない。


 とにかく、僕の穏やかな学園生活は音を立てて崩れ去った。


「えー、それでこの数式は……」


 授業の内容もイマイチ頭に入って来ない。


 進級早々、こんな体たらくじゃダメだ。


 別にそんな成績優秀な生徒という訳じゃないけれど。


 赤点ギリギリラインとかは避けたい。


 平均点くらいは常に取れる、そんな僕でありたい。


 ふと、隣の席で橘さんの様子が少しおかしいことに気が付く。


(……あ、教科書がない)


 忘れてしまったのだろうか。


 彼女は顔を俯け、自分の机をひたすらに睨んでいる、怖い。


 あるいは、彼女にしか見えない透明な教科書でも……ある訳ないか。


 どうしようか、見せてあげた方が良いのかな?


 けど、下手に声をかけたらキレられそう。


 そもそも、何か最初の段階で僕が余計なことを言って、睨まれちゃったから。


 もう既に嫌われているのかもしれない。


 すると、僕のオロオロした気配を感じ取ったのか、橘さんがジロリと睨んで来た。


 僕は激しくビクリとした。


 ていうか、やっぱり目が青いよね。


 カラコン? カラコンですか? マジでギャルorヤンキー?


「……何?」


 ジロリと僕を睨みながら橘さんは言う。


 僕はゴクリと息を呑みつつ、


「……いや、その……良かったら、教科書を見せてあげようかな~、なんて……」


 僕は恐怖のあまり、ヘラヘラしながら言ってしまう。


 橘さんの目付きがより鋭くなった。


 まずい、舐めてんのか、コラ!とか言われたら……


「……マジで?」


 すると、少し驚いた声でそう返された。


「え? あ、うん」


 僕が頷くと、橘さんは青い瞳でじっと僕を見つめる。


 それから、コツと僕の机に自分の机をくっつけた。


「……サンキュ」


「へっ? いや、まあ……どうも」


 僕はよく分からない返事をしてしまう。


 距離が近くなったので、改めて橘さんの顔を見てしまう。


 目付きが鋭くて怖いけど、顔立ちは整っている。


 胸もやっぱり大きいし。


 普通にモテそうなルックスだけど……


「どうしたの?」


「いや、何でもありません」


 そのまま、授業が終わるまで僕はずっとドキドキしていた。




      ◇




 昼休みを迎える頃には、僕はすっかりグロッキー状態だった。


「何て言うか……お疲れ」


「ありがとう、秀彦」


「とりあえず、メシ行くか。あ、弁当派か?」


「いや、購買に行こうかな……」


 僕は立ち上がる。


「おい」


 すると、ふいに横から声を掛けられる。


 振り向くと、橘さんが腕組みをして僕を見ていた。


「な、何でしょうか?」


「ちょっと面貸してくれよ」


 その一言で、わずかに安らぎかけた僕のメンタルが終了した。


「いや、でも秀彦とメシに……」


「嫌なのか?」


 ひぃ! 怖過ぎる!


「い、嫌と言いますか……」


 僕が口ごもっていると、


「おい、幸雄。この際、言うことを聞いた方が身のためだぞ」


「ひ、秀彦。助けてくれ」


「すまん、無理だ」


 肩にポンと手を置かれて言う。


 こいつ、簡単に親友を見捨てやがった。


「おい、黒田……だっけ? 早く来いよ」


「……はい、分かりました」


 僕は頭を垂れたまま、橘さんの後ろに付いて行く。


「可哀想にあいつ」


「舎弟にされたな」


「学校生活終了だな」


 クソ、好き勝手に言いやがって。


 被害を免れたクラスの連中が憎くて羨ましくてたまらない。


「幸雄、がんば」


 秀彦、お前もな。


「おい、黒田」


「は、はい」


 僕は慌てて橘さんの後を追った。




      ◇




 連れて来られたのは屋上だった。


 こちらに背中を向けている橘さんが、この後どんな要求をして来るのか。


 怖過ぎてたまらない。


「おい、黒田。ここから飛び降りろ」


 なんて言われたら、どうしよう。


 さすがにそんなこと言わないよね? ね?


「ここなら誰もいない、二人きりだな」


 ふいに橘さんが言って、僕はビクリとする。


「あ、うん。けど、二人きりで何をするつもりなのかな?」


 まさか、タイマン勝負とか?


 僕はそんな不良でもヤンキーでも無いんですよ!


 勘弁して下さい~。


「お、あそこにベンチがあるな。黒田も来いよ」


「あ、はい」


「よし、座れ」


「はい」


 僕は思考を停止して、ただ橘さんに言われた通りに動くだけのマシーンと化していた。


 そして、隣に橘さんが腰を下ろす。


「黒田」


「は、はい」


「さっきは授業で教科書を見せてくれてありがとう。これはお礼だ」


「すみません! すみません! どうか命だけは勘弁を……って、え?」


 ふと気が付くと、橘さんは可愛らしい包みに入った物を持っていた。


「えっと、それは……?」


 僕が尋ねると、橘さんは包みをほどく。


 パカっと蓋をあけると、きれいな彩のおかずが並んでいた。


「……お弁当?」


「うん。さっき、購買に行くって聞いたから。だったら、もっと栄養のある物を食べなよ」


「ちなみに、これは……橘さんのお母さんが作ったのかな?」


「いや、あたしだよ。両親は海外に居て、一人暮らしだから」


「え、本当に?」


「ああ」


「ちなみに、もう一つだけ突っ込んだ質問をしても良い?」


「もしかして、この目のことか?」


「う、うん」


「カラコンじゃないよ。ちゃんと自前。この髪の色もな」


「え、それって、もしかして……」


「そう。あたしはハーフなんだ。父親がイギリス人で、母親が日本人。だから、あたしの正式名称は橘・メアリー・遥花だよ」


 初めて、橘さんはニコっと笑う。


「……ごめん。みんなが学年一怖いヤンキーだって騒いでいたから、てっきり……」


「まあ、無理もないよ。あたしはこんな見た目だし。先生は事情を知ってくれているから良いけど。あたしって、人見知りというか、口下手だからさ」


 橘さんは苦笑しながら言う。


「……何か、ごめんね。勝手に勘違いして、失礼なことを言って」


「ううん、全然気にしていないよ。むしろ、嬉しかった。教科書を見せてくれるって言って。みんなあたしに怯えて、そんなこと絶対に言わないから」


「橘さん……」


「あ、それから。あたしの胸チラ見していたよね?」


 僕はまた激しくドキリとした。


「ご、ごめんなさい」


「あはは、別に怒ってないよ。実際、大きいもんね。お父さんの血に感謝だ」


 橘さんは自分で持ち上げて言う。


「何なら、触ってみる?」


「え? いやいや、そんな恐れ多いから」


「くす、幸雄って面白いね。あ、ごめん、勝手に名前で呼んじゃった」


「あ、良いよ。ていうか、僕の名前を知っているんだ」


「黒板に書いてあったから」


「あ、そっか」


「じゃあ、あたしのことも、遥花って呼んで良いよ」


「え、何か照れ臭いな」


「じゃあ、二人きりの時だけで良いから」


 ニコリ、と笑う橘さんを見て、僕はドキリとしてしまう。


「……は、遥花」


「ありがと」


 ちゅっ、と。


 頬にキスをされた。


「えっ……あっ……そ、そっか。これは海外だとあいさつみたいなものだよね?」


「ここは日本だよ?」


「えっと、それは……」


「あたしって、結構単純な女だから。もう幸雄のこと好きになっちゃったかも」


「え、えぇ……」


「だから、付き合っちゃおうか?」


 金髪・碧眼・巨乳。


 この三拍子が揃ったハーフ美少女に告白されたら、普通は断らないだろう。


 けれども、あまりにも冴えない僕とのレベルに差があり過ぎて、釣り合いが取れないと言うか……


「やっぱり、あたしみたいな女は嫌かな?」


 僕が答えあぐねていると、橘さんはシュンとした顔になる。


「いや、ぜひともお付き合いしてもらいたい……けど、自信が持てなくて。僕と遥花じゃ、あまりにも差があり過ぎるから……」


「そんなの気にしなくて良いのに。幸雄だって十分魅力的な男子だよ?」


「ハハ、そんなこと言ってくれたのは君が初めてだよ」


 僕は苦笑する。


「……じゃあ、こうしよう。しばらく一緒に過ごして、幸雄が納得したら、あたしを彼女にして?」


「え、でも……」


「もちろん、その間に他に好きな子が出来たら、あたしのことを振ってくれて良いから」


「そんな身勝手なこと出来ないよ。遥花こそ、それだけ魅力的なことを知ってもらえたら、僕よりもずっと魅力的な男子と付き合えるよ」


「あたしにとって、一番魅力的な男子は、今目の前にいる君だよ?」


 遥花は少し怒ったように頬を膨らませる。


 僕は口をパクパクとさせた。


 そこに、遥花は指先を置く。


 更に、自分の唇にも指を添える。


「いつか、この唇同士で結ばれたら、嬉しいな」


 僕は今まで女子に言われたことのない甘いセリフのオンパレードに脳内キャパが限界寸前だった。


「あ、幸雄」


「な、何?」


「早く弁当を食べないと」


「そ、そうだね」


「あーん、してあげようか?」


「いや、結構です」


「遠慮するなって♡」


 笑顔の彼女に言われて、僕は激しく照れながらも。


 人生初の女子から『はい、あーん』を体験した。







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