第23話 デザートローズと最悪の可能性

 二人がゾフィアの元に戻ってきた頃には、予定を大幅に越えて深夜になっていた。

 エレベーターを降りた先で待っていたゾフィアは、二人の姿を見るや否や「来い」とだけ言って廊下の奥へ歩き去った。シオンもアイリスを腕で支えながら、置いて行かれまいと付いて行く。

 以前も通ったようなルートを経てたどり着いたのは、無数の画面が並ぶあのモニタールーム。ゾフィアは長机の下から椅子を引っ張り出し、アイリスを座らせた。

 部屋の中のモニターは、多くが電源を切られている。部屋の奥に掛けられた横長のディスプレイだけが、部屋の唯一の光源としてゾフィアの顔を照らしていた。

「今準備する。少し待ってろ」

 脇の机に置かれたもう一つの端末を起動させ、ゾフィアは暗闇の中でキーボードを叩いた。

 シオンの目線は、自然と奥の横長の画面に吸い寄せられた。示されているのは、アマノトリが飛んでいる現在の座標。左端の地球を大きく離れて線が伸び、右側にある一際大きな丸いアイコンの手前で止まっている。間もなくアマノトリが土星に最接近するということを示していた。そして、それは同時に人類史の終わりの時も表している。


「これだ」

 ゾフィアに促され、シオンは画面を覗き込む。そこにはCGで構成されたアマノトリの立体図面が映し出されていた。

「ゾフィアさん、これは……?」

「古い資料の中に残っていた。アマノトリのエネルギー供給系統に関する設計図だ。さすがに中枢部は検閲が入っているようだが、これで船内の大まかな構造が理解できる」

 図面のアマノトリは細長い直方体をいくつも繋ぎ合わせた、巨大なペンのようなシルエットを形作っている。全体像は船というより、空飛ぶ高層ビルのようだ。


「そして、これがヌバタマだ」

 マウスを操作して表示形式を変えた。中が透けた格子状の立体図の内側に見えるのは、禍々まがまがしい色味をした球体。アマノトリの全高のほぼ半分ほどの直径があるようだ。

「このヌバタマの維持に必要なエネルギーは、アマノトリ中央下部の発電塔から供給されている。この供給機構はどうやらヌバタマを含めたアマノトリの機関部と繋がりがあるらしい」

 次に表示されたのは、アマノトリの中央に根を張るように伸びる無数のラインの図。底部から上に枝分かれするように広がり、様々な機関にエネルギーを届けるシステムが構築されている。

 その中で、発電塔からヌバタマへ伸びる一際太い線にシオンは目が留まった。


「これが、ヌバタマへの電力の流れってことですか?」

「ああ。ヌバタマは船を一つに繋ぎ止めておくための楔のような存在だ。常に稼働させておく大電力と、非常時の予備回路スペアパイプが用意されているほど周到に設計されているようだな」

 ゾフィアは立体図面をズームにした。緻密な配置で並んだ無数の線には、芸術的な美しさすら覚える。

「だが、そこまでヌバタマの稼働に関して用心していながら、肝心の機能はいとも簡単に停止させられた」

「それは人間がそうなるように細工したから……そうなんでしょ?」

「おそらくな。しかし、不可解な点もある」

 さらに画面をズームさせ、発電塔から線が束になって広がる部分を表示させた。

「これを見ろ」

 ゾフィアは、上に向かって伸びる全ての線に等間隔に付けられたを指さした。

「これは電力の出力を操作するためのスイッチだ。供給を切断したり、導入量を制限する機能がある。保守点検や火災が起きた時の防火扉のような役割があるのだろう。末端にあるのは部屋の明かりや計器類のスイッチだ」

「このスイッチがハッキングされて閉じられたから、ヌバタマも止まったんですか?」

 シオンが訊いた。

「私も最初はそう思っていた。だが、どうやら事情が違うらしい」

 立体図面を動かし、ヌバタマの底部を大写しにした。太い一本の線が、発電塔から一直線に接続されている。

「これがヌバタマに電力を供給するパイプだ」

「これは……?」

「この部分をよく見てみろ。分かるか?

 。そして、。という事は、ヌバタマに供給される電力をカットすることは不可能になる」

「つまり、どういう事……?」

 困惑するシオンの背後で、椅子が軋む音がした。

「つまり、そもそもヌバタマには機能のオン・オフの概念など無かったという事ですか……」

 アイリスが椅子の背もたれを支えに立ち上がっていた。その手は小刻みに震えている。

「アイリス……! 駄目だよ無理しちゃ」

「そういう事だ。唯一ヌバタマの制御が可能なのが、お前たちの持っていたあのコード。あれはヌバタマの機能保全に関する複数の指令を組み合わせた多元命令構造式パッケージドコマンドだった。相当技術に精通している者が作ったと考えられる」

「それを手渡したカンナさんのお父さんは、ヌバタマの技術者だって言ってたよ」シオンが返答した。

「父親……技術者……」

 ゾフィアはしばらく黙って頷いていたが、ふと何かに気が付いたように顔を上げた。

「そうか……。いや、待てよ。そうなると……」

 ゾフィアの顔つきがみるみる険しくなった。シオンとアイリスは、その言いようのない気迫に言葉を失った。

「そのカンナという奴の父親がこのコードを作ったとするならば、そいつはほぼ全てを知っている立場にあるという事だ。となると、乗っている船に関わらず、上層部は既に全ての計画について了承済みという事になる。だが彼はコードを手渡した。つまりその計画を止めようとしている? ならば仲間がいるはずだ。情報のリーク、協力者集め、民意の扇動……。

 ……まずいぞ」

 早口で何かを言うゾフィアに、二人は全く付いていけない。

「あ、あの、もう少し僕たちにも分かるように、説明してくれませんか?」

 シオンが遠慮がちに割り込んだ。

 ゾフィアは苛立たしげに拳で机を叩くと、振り返ってシオンの肩を掴んだ。

「時間がない、一回しか言わんぞ。よく聞け」

 シオンは頭をブンブン縦に振った。

「お前たちが持っていた例のコードの出処は、ほぼ間違いなくそのヌバタマ技師だ。そして、現在のヌバタマの状況から二人はアマノトリ1、一週間後にバラバラになる予定の船に乗っていることになる。

 だが、その技師はアマノトリ1で仕事に従事していながら、船が二機あることを知っていた。なぜならコードの内容は機能反転スイッチ・リバース、ヌバタマが二つないと意味を成さない命令だからだ。つまり、乗っている船がどちらかに関係なく、アマノトリ内で一定の立場にいる者なら、この破壊計画について知っている、その可能性が大いにある。

 本題はここからだ。その計画をどのタイミングで知ったのかは不明だが、計画は間違いなく極秘事項トップ・シークレットのはず。しかしその技師は自分の娘に、計画の真髄に迫るようなコードを手渡した。それが意味するのは何か。

 。そう考えるのが自然だ」

「確かカンナさんは、そのコードを小さい頃に父親から貰ったって……」

「……では父親は最初から計画の事を知っていて、船に乗ったということになる。さらに計画はアマノトリの建造と時を同じくして進められていた……。乗っても死、乗らなくても死。……最悪の選択だ。

 話を戻すと、父親は娘にそのコードの内容、引いては人類がこれから行う『破壊計画』について気付いて欲しかったんだろう。直接話せばショックを受けるし、何より会話を盗聴されて当局に拘束される可能性もある。彼女は自分で考え、自分の力で真相を見つける必要があったんだ」

 カンナの父親がデジタルを嫌う理由は、いつでもノートを焼却処分できるようにするため……。シオンは徐々に話の核心を理解しつつあった。

「しかし、ただの娘一人に計画を阻止する力があるとは思えない。また、無計画にヒントを託すような真似もしないはずだ。間違いなく、船内には多数の『協力者』がいる」

「アマノトリ1にいる一般人も、一部は『計画』の事を知ってたってこと?」

「私の推測が合っていればの話だ。だがこれは諸刃の剣でもある。協力者が増えれば増えるほど、『計画』を知る人の数も多くなる。協力者と言えども所詮は人間だ。どこかで情報が漏洩する可能性は十分に考えられる。するとどうなるか」

「……多くの人間が『計画』を知ってしまい、パニックが発生する……」

「そう。これは亜宮由岐雄の件と同じだ。彼は地球上のフォーチュンを殲滅した嫌疑が掛けられたなのに、稀代の犯罪者として全人類に畏怖される対象となった。閉鎖空間では人間の恐怖やパニックは増幅され、伝播する。もし自分たちがあと一週間で全員死ぬということが知れ渡ったら大変なことになるぞ。一週間を待たずして、暴動で壊滅する恐れだってある。

 そして、それが一つの船の中で完結すればまだマシだ。しかし、『計画』に反抗するレジスタンスがアマノトリ1にしかいないとは限らない。アマノトリ2の連中が『計画』について何も知らなければ、まだ不幸な事故として解釈することもできるが、もしそれが全人類に知れ渡ってしまったら……」

「今後人類は、永久に消えることのない禍根と業を背負いながら繁栄しなければならない……」

「ここで計画を止めなければ、待っているのは永遠の絶望だ。何としてでも止めなければ」

「何か方法はあるのですか?」

「ああ、一つだけな。

  

 ……だが、その前に」


 ゾフィアの周囲の空気が変わった。

 信頼していた味方が突如として牙を剥いたような恐怖心が、シオンの中に沸き上がる。


「私もこれだけ協力したんだ。そろそろ、お前たちの正体も教えてくれないか?」

 白衣のポケットの中から、小さな金属音がした。

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