109話 ご褒美になるのなら①
みんなが布団へ入った後も、姫歌先輩は執筆を続けていた。
いつにも増して調子がよく、集中力が続く限りは書き進めるとのこと。
夜中に目を覚ましてトイレへ行くと、リビングの明かりが廊下に漏れていた。
様子が気になって、静かに覗き見る。
ちょうど息抜きのタイミングだったようで、キーボードから手を離してうーんと伸びをしている。
いまなら、一声かけても邪魔にならないかな?
「姫歌先輩、お疲れ様です」
「あら、悠理❤ ありがとう❤ ごめんなさいね、タイピング音で起こしちゃったかしら❤」
「あっ、違います。寝る前にトイレに行くのを忘れてて、それで……」
夜中に目を覚まして用を足し、様子が気になってリビングに顔を出した。
執筆で疲れているはずなのに私のことを気遣ってくれる姫歌先輩に、やや早口で経緯を説明する。
「うふふ❤ そうだったのね❤ たまに徹夜することもあるから、わたしなら大丈夫よ❤ それに、悠理のおかげで疲れも吹き飛んだわ❤」
姫歌先輩の喜ぶ顔を見て、私も嬉しくなる。
「私も姫歌先輩のおかげで元気が出てきました。いまからマラソン大会を始めるって言われても、余裕で走れそうですよ」
「あらあら❤ 夜中にマラソン大会は危ないわねぇ❤」
至極もっともな指摘を受け、確かにとうなずく。
みんなを起こしてしまわないよう小声で談笑し、ふと時計を見れば私がリビングに来てから三十分近く経っている。
楽しくて思わず話し込んでしまった。
寝る間も惜しんでの執筆を邪魔するのは悪いと思い、無理をしないようにと伝えて踵を返す。
少し進んだところで、ハッとしたような声で名前を呼ばれる。
私はすぐさま足を止め、どうしたのだろうかと振り向いた。
「キス、お願いしてもいいかしら❤」
「もちろんですっ」
私は即答で返事をして、姫歌先輩のところに歩み寄る。
イスに座る姫歌先輩と目線を近付けるために少し身を屈め、ゆっくりと唇を重ねた。
静寂に包まれた部屋の中、二人の吐息が混ざり合い、密着した唇が扇情的な音を奏でる。
体が浮かび上がってしまうような、幸せな気持ちが全身を包み込んだ。
短いあいさつを交わしてリビングを離れ、キスの余韻に浸りながら眠りに就く。
姫歌先輩が和室に姿を現したのは、夜が明け、みんなが目を覚まし始めた頃だった。
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