27話 愛の形

 放課後になると、友達と軽く話しながら帰り支度を行う。

 教室を出て一階に下り、下駄箱を横目に廊下を進む。

 部室棟に続く渡り廊下の手前には空き教室があって、そこへ二人組の生徒が入るのが見えた。

 プレートが外されていて窓ガラスには内側から黒い布がかけられているのに、鍵はかかっていない様子だ。

 なんらかの用事を頼まれたにしては、二人とも楽しそうというか、すごく幸せそうな柔らかい表情をしていた。

 案内板を見る限りではただの空き教室なので、どうしても気になってしまう。

 というわけで、単刀直入に訊ねてみることにした。


「渡り廊下の手前に、空き教室がありますよね。あそこってなにかあるんですか?」


 部室に入ると同時にいつも通りのハレンチなスキンシップを受けつつ、イスに座ってカバンを足元に置く。

 好奇心に背中を押され、あいさつを済ませた直後に質問をぶつけた。


「うふふ❤ 秘密の花園よ❤」


 姫歌先輩が天使の微笑みを浮かべつつ、待ってましたとばかりに即答してくれる。

 ただ、意味がよく分からない。

 秘密の花園という言葉から私が真っ先に連想するのは、他ならぬ創作部だ。


「姫歌~、それじゃ分かりづらいよ。もっとハッキリ、恋人たちがエッチする場所だって言わないと!」


「えっ!?」


 葵先輩の補足説明によって完全に理解できたものの、にわかに信じ難い。


「け、けっこう、使ってる人、お、多いよ」


 アリス先輩からの追加情報でますます動揺してしまい、真里亜先輩が用意してくれた冷たい麦茶を一気飲みして頭を冷やす。


「授業をサボったり相手を無理やり連れ込んだりしたら即出禁らしいけど、いまのところ一人もいないみたいよ」


 真里亜先輩も続けて教えてくれる。

 この学校は校風が緩めであることや先生たちが優しいことから、反発的な態度を取る生徒が皆無に等しい。ルールを破る人がいないというのは、すぐに納得できた。

 そして、あの部屋に入る二人が幸せそうな表情をしていた理由も、いまなら簡単に分かる。

 大好きな人と愛し合うのだから、嬉しくないわけがない。

 百合趣味の生徒ばかりが在籍している学校だから感覚がマヒしがちだけど、残念ながら世間一般においては女の子同士の過度なイチャイチャは嫌悪の対象となる場合もある。SNSなどで偶然そういった意見を見かけるたび、胸が苦しくなる。

 親に打ち明けられない子だって多いだろう。

 だから、学校の中にそういう場所があるのは、当人たちにとってこの上なくありがたいはずだ。


「あと、もし困ったことや疑問に思ったことがあれば、保健室に行ってすぐに相談できるというメリットもあるわ❤」


 ケガや病気の危険を減らすこともできるし、経験がなくて行為に不安があっても大人から正しい知識を得られる。

 確かに、大きな利点だ。


「悠理がよければ、一緒に行ってみたいわねぇ❤」


「あーしも同じこと考えてた!」


「あ、アリスも、ゆ、悠理と、行きたい」


「あたしだってそうよ。いますぐにでも直行したいわ」


 四人から同時に誘いを受け、反射的に妄想を繰り広げてしまう。

 大好きな先輩たちと、身も心も一つに……。

 刺激が強すぎて頭がパンクしそうになり、頬を叩いて正気に戻る。


「私にはまだ早いです。それに、誰か一人なんて選べないです」


 至極光栄なことに、四人とも私を求めてくれている。

 身に余る贅沢な悩みとはいえ、すぐには答えが出ない。

 優柔不断だと非難されようとも、私は四人を心から尊敬しているし、恋愛的な意味でも大好きだと断言できる。

 先輩たちの気持ちを分かった上ではぐらかしているのだから、殺されても文句は言えない。

 それでも、無責任に手を出したり、軽率な判断をするようなことはしたくない。


「わたしとしては、選ばなくてもいいと思ってるわ❤」


「あーしも同感。見ず知らずの誰かが入ってくるなら別だけどね~」


「う、うん、アリスも、き、気にしない」


「姫歌たちの言う通りよ。独り占めしたい気持ちはもちろんあるけど、この面子だったら浮気だなんて思わないし、嫉妬するようなことになっても、自分が納得するまで悠理とイチャイチャすればいいのよ」


 驚きのあまり、思わず絶句してしまう。

 私にとって都合がよすぎる内容なのに、先輩たちの表情や声は至って自然で、疑う余地すらない。

 普段目を合わせないアリス先輩も、テーブルの下から顔を出し、頑張って視線をこちらに向けてくれている。


「せ、先輩たちの気持ちはすごく嬉しいですし、ありがたく受け取らせてもらいます」


 素直な感想を告げてから、「でも」と続ける。


「言い訳とか照れ隠しじゃなくて、私にはまだ早いと思うんです。だから、心の準備ができるまで……待ってもらっても、いいですか?」


 愛想を尽かされても仕方のない言い分だけど、私なりの誠意でもある。

 肉欲に溺れて他の一切が蔑ろになるという最悪の事態は絶対に避けたい。

大丈夫だと断言できるような確固たる自信が持てたら、そのときは私の方から申し出るつもりだ。

 いまの不甲斐ない発言に呆れられたら、それで終わりだけど……。


「もちろん❤ 急かすつもりはないもの❤」


「うんうん、気持ちが一番大事だからね!」


「い、いつでも、だ、大丈夫」


「焦らしプレイとして楽しませてもらうわ」


 誰一人として私を責めず、それどころか優しく受け入れてくれる。

 自分がどれほど恵まれているのか、言葉ではとても言い表せられない。


「私、先輩たちのこと大好きです……れ、恋愛的な意味でも。普段は恥ずかしくてごまかしてますけど、先輩たちが構ってくれるの、すごく嬉しいです」


 気の利いたセリフを思い付くような頭脳は持ち合わせていないので、正直な想いを口にした。

 全部言おうとすれば時間がいくらあっても足りないから、大事なことを選りすぐって伝える。

 すると、先輩たちは一斉に立ち上がり、私を取り囲んだ。


「うふふ❤ 悠理ったら、本当にかわいいんだからぁ❤」


「なんかこう、胸がキュンってなったよ!」


「う、生まれてきて、よかったって、お、思った」


「いまなら暴力じゃなくても満足できそうだわ!」


 四方から体を押し付けられ、もみくちゃにされる。

 身動き取れないほど密着して、イスから立ち上がることもできない。

 体温すら鮮明に感じられる状態で、先輩たちが「大好き」と口々に漏らしてくれる。

 私も負けじと好意を打ち明けるけれど、それを凌駕する勢いで愛をぶつけられてしまう。

 最終的にのどが涸れるまで声を発し続け、身も心も軽くなったというか、いつになく澄み切った気分になれた。

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