第16話 白い繭



「あの中のどれかにミューリくんが閉じ込められてるの?」

「そうだ。大きさ的にあそこのやつとこちらのやつのどちらかだな」

「他にも動物たちが捕まってるんでしょ? せっかくだし全部助けてあげようよ」

「そんな暇はない。フォレストスパイダーが戻ってくる前にさっさとミューリを見つけて帰るぞ」


 アシュリーはディアナの提案をばっさり否定して近い方の繭へ向けて跳躍する。

 その手には短刀……ではなく、肉切り包丁がいつの間にか握られていた。


「せいっ!」


 気合い一閃。

 アシュリーの持つ肉切り包丁が繭を天井からぶら下げていた糸を断ち切る。


「おっと」


 そして彼女は空いている方の手で断ち切った糸を掴んで引きよせると繭を抱きとめそのまま着地する。


「アシュリー凄い!!」


 天井から切り離した繭を地面にゆっくり降ろすアシュリーに、ディアナは駆け寄る。


「この程度たやすいことだ。それよりも繭を切り開くぞ」

「怪我させないようにしてね」

「誰に言っている? この程度私の包丁さばきに掛かればどうと言うことは無い」


 いったん肉切り包丁を腰にもどしたアシュリーは、そうディアナに答えながら小さ目のナイフを取り出す。


「こういう細かい仕事にはこっちを使うんだ」


 地面に横たえた繭はピクリとも動かない。

 フォルディスが死んではいないと言ったが、それでも安心できるわけでは無い。


「よし、当たりだ」


 素早い手つきで繭を切り開いていたアシュリーが声を上げる。

 綺麗に切り開かれた断面からかすかに覗くのは間違いなく子供の手。


「大丈夫? 生きてる?」

「ああ、もう少し待て。今完全に切り開く」


 アシュリーは中に巻き混まれているミューリの体を傷つけないようにしながらも素早く繭を切り離していく。

 その腕前は見る人が見れば感嘆の声を上げたことだろう。


「息はしてるみたいだね。怪我もほとんどなさそう」

「卵も産み付けられてはいないようだな。何にせよ間に合って良かったよ」


 アシュリーはミューリの体を一通り調べると「よいしょっ」というかけ声と共に両手で抱きかかえるように持ち上げる。

 本当は背中に背負いたい所だが、彼女の背中にはいつものフライパンが鎮座していて諦めざるをえなかったのだ。


「こんなことならフライパンくらいは宿に置いてくるんだったな」

「私が背負おうか?」

「いや、お前に背負わさせるくらいなら私が運んだ方が安心だ」


 目的のミューリを助けることが出来た二人は、そのまま元来た道を駆け戻る。

 ディアナは他の生き物たちに後ろ髪を引かれているようだったが、今は早く戻ってミューリを村まで帰すのが先決。


 二人は頷き合うと、一目散にフォレストスパイダーの巣の出口に向け走りだしたのだった。


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