第7話 元冒険者の料理人
「きゃぁっ!」
可愛らしい悲鳴を上げて地面に転がる女剣士。
と同時に、ガチャンという何かが壊れるような音と地面に転がる大剣。
フォルディスはその大剣を前足で踏みながら女剣士を見下ろし睨めつける。
『危ないではないか小娘。大丈夫かディアナ。失禁したりはしてないだろうな?』
「し、し、し、失禁なんてしてないわよ! レディーに対して失礼ね!」
『本当か? 濡れたまま背中に乗られるとさすがの我も――』
「しつこいっ! そんなことより、その女の人大丈夫?」
ディアナがフォルディスの陰から倒れ伏したままの女剣士をそろりと除きながら尋ねる。
『あの程度で死ぬ様なタマではあるまいよ。おいお前、いつまで気絶したふりをしている』
フォルディスはそう女剣士に向けて声をかけると、器用に足下に落ちていた小石を女剣士に向けて前足で蹴った。
コーン!
狙い違わず女戦士の背中に当たったその小石は、彼女が背負っている盾に弾かれて高い音を立てる。
いや、それは盾ではない。
「あの人、どうして背中に大きなフライパン背負っているのかしら」
『そんなこと、我にわかるはずもないだろ』
先ほど戦闘中には気がつかなかったが、女剣士は何故かその背中に大きな両手持ちのフライパンを背負っていた。
その後ろ姿は余りにも不自然すぎて。
「もしかして盾が高すぎて買えなかったからフライパンを使ってるとか?」
『そうだとすれば間の抜けた話だな。確かに背中からの攻撃はある程度防げそうだが、動きの邪魔になって動きを阻害しかねんぞ』
そんな会話をしている間に、倒れ込んでいた女戦士はゆっくりと立ち上がると、腰の鞘から短刀を抜き構える。
どうやらまだ戦うつもりらしい。
「やめて。私たちは敵じゃないわ!」
『我らはお主の敵ではない。それでもやるというならやってやらないでもないが、骨の一本や二本は覚悟するのだな』
「もうっ! フォルは黙ってて!」
『ぐぬ……勝手にしろ』
そんな二人のやりとりを見てか、女戦士は手にした短刀に込めた力を少し緩め。
「ではお前たちは何者だ」
と、二人に向けて問いかける。
「私たちは山向こうからやってきた旅人よ」
「旅人……だと。その化け物じみた犬はお前の使い魔か?」
『使い魔? 我はそのような惰弱な――』
「そ、そうだよ! この子はフォルディスっていう私の使い魔なの」
女剣士の言葉に思わず反論しかけたフォルディスの口を両手で塞ぎながらディアナが大きな声で返事を返す。
「もうっ、フォルったら、黙っててっていったじゃない」
『しかしだな、我にも矜持というものが――』
「そんな物は捨てちゃえばいいのよ。私も家を捨てたんだから」
『それとこれとは――』
「一緒よ。とにかくあの人と話がつくまでの間はフォルは黙ってること。いい?」
『ぐぬぬ……早くするのだぞ』
「任せておいてよ」
小声でフォルディスと話し終えると、ディアナは彼の口から両手を離し、女剣士に振り返る。
「私たちは『ちょっとした事故』で食料を無くしてしまって、しかたなく森で食べ物を探してただけなの」
「それは本当か?」
「もちろん。ほら、そもそも私丸腰でしょ」
本当は調理のために包丁を買ったのだが、あまりに荒いディアナの使い方のせいで刃がボロボロになってしまったため捨ててしまったのであるが。
「たしかに見える範囲では武器はなさそうだ。だが、そこの使い魔自体が君の武器なのではないのか?」
「もう。疑り深いなぁ。この子は人を襲ったりしないって」
「信じられないな」
「だって人間の肉は不味いって言ってたもの」
「ということはそいつは人間を食ったことがあるということだぞ。ますます信じられないな」
女剣士の言葉にディアナの動きが止まる。
そしてゆっくりと後ろを振り返る。
その顔は青ざめていて――。
「フォル……あなた人を……」
震える声で尋ねるディアナを睥睨しながらフォルディスは大きなため息をつくと大きな口を開く。
凶悪に並ぶ牙を見てディアナが「ヒイッ」と声を上げ、女剣士が短剣をもう一度構え直す。
『お主は何を言っておるのだ?』
「何って、フォルが人間を食べた事があるって……」
『はぁ……、我は今まで一度もお主に一足を食べたことがあるなどと言ってはおらぬだろうが』
「そ、そうだっけ?」
『我は森の中でずっと魔獣を喰らっていたとは言ったが、人族を喰らった等とは言っておらぬ』
「だって、人を食べるより人が作った物を食べた方が美味いって」
『魔獣を喰うより人の作った料理のほうが美味いと言っただけだ。それを貢いでくれる人族を喰らうなど愚の骨頂』
フォルディスはそう言って大きな口を開けて笑う。
そして女剣士に向き直ると。
『冒険者よ。お主もいい加減にこの女の言うことを聞いてやれ。そもそも我が本気ならとっくの昔にお主など殺されておる事くらい理解できよう?』
「確かにな。お前ほどの魔獣を倒せるのは私では無理だろう。だが一つ訂正させてもらう」
『何をだ?』
「私は冒険者などではない。いや、少し前までは確かに冒険者だったが今は違う」
『ほほう。お主ほどの腕前の者が冒険者を辞めたというのか』
「ああ。今の私は冒険者ではない――『料理人』だ!」
そう声高に叫び、背中のフライパンと短剣を構えた女剣士――いや、その短剣は剣ですらなく。
『フライパンと包丁か……確かにお主は料理人なのだな』
「ああ、そしてお前は人が作る料理が好きなただの使い魔というわけか」
一人と一匹が何やらわかり合えたらしくにやりと笑みを浮かべ見つめ合う。
そんな二人の間では一人の少女がまったく訳がわからないとばかりにオロオロと所在なさげに立ち尽くしているのだった。
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