第68話

 今回、討伐する予定のラビットカンガルーは三~五体とされている。

 森にどれほどのラビットカンガルーがいるかはわかっていないため、このような数字になっている。

 今までの情報から、多くてもラビットカンガルーは五体ほどの群れでしか生活しないからだ。

 

 まずはラビットカンガルーを森の中から見つけ出すこと。

 それが、Eランク冒険者への第一歩の試験だ。

 俺の視覚強化も、さすがに木々に阻まれて上から探すのは難しい。


 もちろん、木々の隙間に映ればわかるが、今のところは見つかっていない。

 そのため、魔物を見つけるには足跡をたどるしかなかった。


「……けど、ラビットカンガルーってどんな足跡をしているんだろうな?」

「それでしたら、こんな感じの足跡みたいですよ」


 俺は一枚の紙をウォリアさんに渡した。

 ……リニアルさんも、足跡を描くのまでは芸術的ではなかった。

 ウォリアさんに渡した紙を全員が覗きこむ。


「……ちゃんとしらべたのか? 偉いな!」

「まあ、相手の魔物を見たことがなかったので。他の方は事前に調査ってしましたか?」


 俺が確認すると、皆が顔を見合わせた後ぶんぶんと首を横に振る。

 ウォリアさんがにこっと微笑んで腕を組む。


「だって、先輩冒険者に言われたんだぜ! 冒険者ってのは、行き当たりばったりが基本だ! 事前に調べるような軟弱者になるんじゃねぇよ! ってな!」


 ……軟弱者?

 俺が悲しむように自分を指さすと、じろーっとシイフさんがウォリアさんを見た。


「つまりウォリアは、レリウスを軟弱者だって言いたいんだね」

「うわ、ウォリア、サイテー」


 シイフさんの冗談めかした言い方に乗るラシンさん。

 ウォリアさんははっとしたように首をぶんぶんと振る。


「ち、ちがうって!」


 慌てたように否定するウォリアさんを見て楽しんだ後、俺が集めた情報を共有することにした。

 他の人たちが情報を調べていなかったのは、自信があったからだそうだ。

 ……それが持てるのは素直に羨ましい。


 俺はさすがに、そこまでの自信はもてなかった。


「ラビットカンガルーは足技が得意な魔物みたいですよ。ですから、戦う際は気をつけてくださいね」

「足技かぁ……ちょっとやりにくそうだな」


 ウォリアさんが呟くように言った。

 シイフさんが首を傾げる。


「ってことは結構素早い魔物なのかな?」

「みたいですね。体力が減ると逃走するようなので、逃がさないように倒す必要があります。それで逃がして、依頼失敗した人もいるみたいですからね」


 リニアルさんが冗談めかして話していたが、笑いごとではすまない。

 ラシンさんも、その状況を想像したのか、顔を顰めている。


「もしもそんなことになったら最悪ね。逃がさないようにチユ、スキルでちゃんと牽制してよね?」

「わ、わわわかっています!」


 困っているチユさんに、ラシンさんは笑っている。

 信頼しているからこそ、ラシンさんはチユさんにそう言ったのだろう。


「まあ、こちらにはシイフさんがいますからね。多少なら追いかけることもできると思いますよ」

「うん。まあ、逃がさないようにウォリアが一撃で仕留めてくれるのが一番だよね?」

「おう! 任せろ!」


 ばしんっとウォリアさんが胸を叩いた。

 情報の共有はこんなところだろうか。

 あっ、一つ忘れていた。


「万が一、体に魔鉱石を持つラビットカンガルーがいたら逃げましょう」

「え? なによそれ?」

「なんでも、魔鉱石を食べたラビットカンガルーは別の魔物みたいに強いらしいので。まあ、食べた魔鉱石の種類にもよりますが」

「……へぇ、それってそこら辺に転がっているのでも食べるの?」

「違うみたいですよ。そもそも、そういう魔物がいるので、初めから気を付けておけば問題ありませんね」

「なるほどね。わかったわ」


 とはいえ、そういうことはまずないだろう、ともリニアルさんは話していた。

 俺たちが森を進んでいくと、ようやく見慣れない足跡を見つけた。


「これ、ラビットカンガルーだよな?」

「恐らくそうですね」

「ってことは、近くにいるな? ……よし、そろそろ警戒していくか!」


 ウォリアさんの言葉に、皆が頷く。

 俺も視覚強化を使いつつ、周囲を警戒していく。

 ラビットカンガルーの足跡を見て、それが段々と数が増えていく。


 その跡を追うように歩いていたところで、俺たちは足を止めた。

 ラビットカンガルーを発見したのだ。

 数は四体。


 全頭とも体は大きく、俺たちと同じくらいはあるようだ。

 遠目でもわかるほどに足は太い。

 ただ、前足はほとんど使わないのか、随分と退化している。


 やはり、リニアルさんの言う通り、足技に気をつけないとだな。


「ウォリアさん、どうしますか?」

「……まずは、チユのスキルから入ろう。そのあとで、オレが突っ込む!」


 今までの戦闘も基本はそれだった。

 ウォリアさんの考えで、間違いはないだろう。


「それじゃあ、それで生まれた隙にあたしたちが突っ込むってわけね?」


 シイフさんとラシンさんがそれぞれの武器を構える。

 それで、問題はないだろう。


「俺は様子を見て、援護と周囲の警戒にあたりますね」

「わ、わわ私はスキルで援護します……っ!」


 それぞれの動きが決まった所で、チユさんの準備を待つ。

 そして、チユさんがスキルを放ったのに合わせ、俺たちは動き出した。


 先制攻撃として、チユさんのスキルがとんだ。 

 それにあわせ、俺もナイフを二本投げた。

 チユさんのスキルが狙ったのとは別の魔物にナイフが刺さる。


 それらの攻撃を受けたラビットカンガルーたちも襲撃者の存在に気づいたようで声を荒らげる。

 ラビットカンガルーたちが動くより先に、ウォリアさんが斧を振り回す。

 大ぶりをラビットカンガルーたちはかわしていた。

 さすがに速い。


 太く引き締まった足を見れば、ラビットカンガルーの脚力が並外れたものであるのは容易に想像できる。

 だが、あくまでウォリアさんの攻撃は陽動にすぎない。

 ウォリアさんの一撃をかわしたラビットカンガルーたち。その隙だらけの背中へと迫り、ナイフを振り抜いたのはシイフさんだ。


 さらなる襲撃者に、ラビットカンガルーが視線を向ける。だがそのラビットカンガルーに対して、ラシンさんの槍が振り抜かれた。

 敵の数は四体。

 俺も一体を引きつけるために前へと出て、剣を振り抜いた。抵抗なくその足を斬りつける。

 逃走させないための一撃だ。今ので倒れこそしなかったが、ラビットカンガルーの足からじわりと血があふれる。


 足に力を込めようとしたが、踏ん張りが効かなかったようだ。

 俺が相手していたラビットカンガルーの胸に剣を突き刺し、仕留めた。

 すぐに視線を向ける。

 脚力に翻弄されていたウォリアさんの援護に向かおうか。


「ウォリアさん、俺が突っ込みます。生まれた隙に一撃お願いします」

「おう!」


 ウォリアさんの力を活かすために、俺が囮になる。

 小さく剣を振り、ラビットカンガルーの注意を俺に集める。

 狙い通りにラビットカンガルーは俺を見た。


 俺の攻撃は、ラビットカンガルーの体をかすめる程度だ。

 その貧弱な攻撃に、ラビットカンガルーは油断したようだった。


 俺はあくまで囮。

 俺が後退し、ラビットカンガルーは追いかけてくる。

 そこへ、脇からウォリアさんが突っ込んだ。


「うぉぉぉ!」


 吠えると同時、ウォリアさんが斧を振りおろした。

 ラビットカンガルーが遅れてそちらを見たが、次の瞬間にはウォリアさんの一撃の餌食になっていた。

 ……これで圧倒的に有利となった。

 

 不利を悟ったラビットカンガルーたちが、逃走しようと背中を向ける。

 だが、シイフさんもラシンさんも、足を狙っていたのだろう。

 彼らの動き出しは悪く、逃げ出すより先に二人の武器が捉えた。


 俺たちが加われば、ラビットカンガルーたちの制圧に時間はかからなかった。


 悲鳴だろうか。

 ラビットカンガルーの一体が高らかに吠えたが、それは断末魔の叫びとしかならなかった。

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