希望のカケラ~終末の世界でギャングに襲われたら

江戸川ばた散歩

第1話 マシンガンと危険な二人組

「ドコ行くんだ?」


 マシンガンと声が、同時に窓から突っ込まれた。


「馬鹿かあんたは! いまの今どき、単独で東へ車動かそうってんなら、東府だろ!」


 その後に、女の高い声が飛んだ。

 窓ごしでは、その足しか見えない。都市の人間ではそう見られない程の、むき出しの太ももが、すらりと伸び。

 数分前、道端で一組の男女が手を振っていた。私は思わず車を止めた。急いではいたが、そのくらいの余裕はあった。

 だがそんなこと、するんじゃなかった。

 車を止めた瞬間、男は背中に隠していた銃を高々と揚げて、その口を半分だけ開いた窓ガラスの間にぐっと押し込む。

 さわやかとも言える位に顔中に笑みをたたえながら、こう言った。


「開けろよ」


 容赦ない口調。でかい声。

 がたがたがたと銃口を上下にふり、ガラスをそのまま叩き壊しかねない勢い。

 しぶしぶ、窓を開け、扉を開けた。

 困ったものだ。友人の忠告は素直に聞いておくべきだった。

 こんなとこで死にたくはない。それが近々誰にでも共通に来るものだとしても、まだやることがあるのに。


「素直だねえ? 出なよ」


 かかか、と男は笑った。

 少なくとも私よりは若い。

 脱色した髪、やせた身体、趣味の悪い柄と色のシャツと、黒い色あせたジーンズ。

 男はそのまま車内へとぐっと手を突っ込み、私を引きずりだした。細いのに、大きな手は、妙に力があった。

 胸にマシンガンの銃口を突きつけられたままなので、どうにも身動きがとれない。

 だらだらと脂汗がわきの下に染みを作っているのが判る。

 ほら、と男は私を女の方へと突き飛ばした。

 女の手にも同じマシンガンがあった。奇妙なもので、同じものなのに、何となく男のものより大きく見える。

 よろける私を、女は空いた方の手を伸ばして支えた。ぶどう色のTシャツから、すんなりとした白い腕が伸びていた。

 その白い肌に、引きつった様な跡がびっしりと広がっていた。私は思わず顔を上げた。

 だが次の瞬間。

 真っ赤な唇が、最初に視界に飛び込んだ。

 頭の横に、ひどい衝撃。今度は本格的に地面に転がった。

 砂ぼこりに思わずむせる。

 肩を女は強く蹴りつけてくる。痛みに私は思わず声を上げた。


「どぉ?」


 女はそう男に向かって訊ねた。ちっ、と男は舌打ちをする。大げさに手を広げて、呆れた様に声をひっくり返す。


「ダメだこりゃ」

「駄目だって何よそれ!」

「オレの知ってるタイプじゃねーよこれ。何だよこれ。ハンドルが丸いじゃねーか!! どこの都市だよ、こんな旧式のヤツ!」

「ぎゃーぎゃーうるさい、この無能!」


 腰に空いた手を当て、女は吐き捨てる。

 私を蹴りつけたその足で、今度は車のボディをがん、と蹴りつけた。ああ、と私は殴られた頭をさすりながら、ため息をつく。

 友人からの借り物だというのに。何って言い訳をすればいいんだろう。


「知るかよ! とにかくミル、オレぁこんなの、運転できねーからな?」

「んなこと言って、どーすんよ! 時間無いって言うのに」

「おいまだお前、殺しちゃいねーよな」


 立ち上がろうとしたところだった。

 ふと男の方を見ると、どうもこちらへと近づいて来ようとする。後ずさりする。だが行き場は無い。

 さっきから、道路の端で、アスファルトを突き破った大柄なクローバァが、風も無いのにうねうねと動いている。直接危害を加える訳ではなくても、近づきたくはない。花ではなく花もどき。「でざいあ」と呼ばれる集合生物。どんな姿にもなれるが、一番この地上で多いのは、花の姿だ。そして人の整備したアスファルトを、隙あらば割り崩そうと舌なめずりをしている。

 同じ様に舌なめずりをしながら、男は私に近づいてくると、にこやかに笑いかけた。


「なあおにーさん、あんた東府とうふへ行くよな?」


 私は黙っていた。

 殴られた頭に手を当てる。こぶができているようだ。

 何となく、言いたくない様な気がしていた。


「これなーんだ?」


 あ、と私は声を上げた。男の手には、金属の小さなケースが握られていた。


「いやあ奇遇ね。オレ達も東府へゆくのよ」


 そう言いながら、男は四角いケースを時々上に放り投げる。だらだらと脂汗が、また流れだす。


「や…… やめてくれ!!」

「うん、そーだね。大事なもんだよねー。返してもイイけどさぁ、おにーさん、ちっとばかり、オレ達の頼みも聞いてくんない?」


 にこやかに。実ににこやかに、男はケースをぐっと握ると、私の前に突き出した。


「この車で、オレ達も乗せてってよ」

「下手なことしたら殺すよ」


 女は真っ赤な唇を開いて物騒な言葉を吐く。


「乗せてくよ。だから返してくれよ」

「そーだね」


 男はケースをジーンズのポケットに突っ込んだ。

 そんな場所に突っ込まれて、壊れたら。

 私は思わず手を伸ばした。今度は手首に強い衝撃が走った。女が銃身で殴りつけたのだ。青あざができたのは確実。だが。


「お願いだ、頼む。それはどうしても」


 痛む手を押さえながらも、私は言った。


「心配しなくても、こわさねーよ」


 ぽん、と男は言葉を投げる。


「ちゃんと東府までたどりついたら、返してやるさ」

「そーだよねえ」


 切れ長の、少しつり上がった目で、女は私を見据える。


「一組一つって決まってるんだからさ、このタマゴは。あたし等がもらってもねえ」


 その笑顔。

 思い出した。行く時の見た、共同掲示板の、新聞の写真。彼らは、指名手配中の連続強盗犯だった。名前は確か―――


「ちゃーんとあたし等のも、持ってるんだろーね? ナガサキ」


 思い出した。ナガサキとミル。

 この国で今一番危険な、二人組だ。

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