第05話「名前 その3」

「では再開するぞ。候補はこの3つだ!」


 ダンディの宣言により皆は机の上に命名した紙を見た。


 【ハンサム・ナンス】

 【テンシ・ナンス】

 【アルティメット・ナンス】



「パパ、ママ、アニーキ―、アーネがこの中から名前を選ぶ、これで問題ないな?」



 アニーキ―以外は頷いた。お兄ちゃんお腹が痛くなってきたよ……。そんな顔をしているのだが誰も気付くことはなかったという。


 ここで見守っていたタクシーが新たな提案をした。



「今坊ちゃんは起きています。名前を呼びかけてみませんか? もしかしたら気に入る名前があるかもしれませんよ」



 おお、この執事ナイスだ! でも全部嫌なんだよ。なんか目がうるうるしてきた……。



「おお、それはいいアイディアだ」

「エンジェルちゃんが決めるってことね。面白そうだわ」

「そ、それがいいと思う。ね、アーネ?」

「アーネが言いたい!」

「はっはっは、それはいい考えだ」



 アーネはダンディの命名した紙を持つ。



「パパー、これはなんていうの?」

「これはパパが命名した”ハンサム”だ!」

「はんさむ? おとーとははんさむですか」

「はっはっは、その通り。弟はハンサムだ! アーネ、この子に言ってごらん」



「おぎゃああああああああああああ(嫌だあああ!!!)」



「パパー、言おうとしたら泣いちゃた」

「そ、そんなはずは……、まだ機嫌が悪いだけだよ。ほら言ってごらん」

「はんさむ~。……パパママ、泣き止まないよ。うう、お兄ちゃん」

「えっと……、嫌がってるんじゃないかなとお兄ちゃん思うよ」

「いや、しかしだな」

「も~、パパ諦めなさいな。この子が嫌がっているじゃないの。よちよち~、おっぱいかな? おっきくなるんだよ~ほらほら~」



 ここでまた休憩が入った。



 ◆



 次にアーネが選んだのは、レディーの命名した紙だった。私は母に抱っこされながら様子を窺う。



「これはテンシというのよ。アーネ言えるかしら?」

「てんし~、てんしてんし~」



「おぎゃあああああああああああああ(嫌だあああ!!!)」



「ママー、違ったみたい」

「あらあら、この子はオムツの時間なのよ。アーネ、もう一度お願いできる?」

「わかりましたママ、てんし~? てんし?」



「おぎゃああああああああああああああああああああ(絶対に嫌だあああああああ!!!)」



「も~う、どうしたのかしら。アーネもう一度お願いね」

「ママよ、もう諦めなさい。この子には合わないみたいだ」



 そして、泣き止むまでまた休憩タイム。はあ、泣き疲れるよぉ。



 ◆



 アーネが最後に残った紙を取り、タクシーに読み方を教わっている。母に抱っこされながら様子を伺っていた私はすぐに行動に移した。



「おぎゃああああああああああああああああああああ(絶対に嫌だあああああああ!!!) おぎゃああああああああああああああああああああ(こんな恥ずかしい名前嫌だああああああ!!!)」



 先手必勝。こんな恥ずかしい名前なんて言わせねえよ!!



「まるで嫌がっているようだ」

「どうしたのかしら? 私のエンジェルはこの名前も嫌なの~?」

「父さん、母さん、これも違うと思います。他の名前にしましょう、きっと普通のがいいです」



 おお、私の兄は常識人かもしれない。このまま泣けば諦めるんじゃないか? もっと泣くぞおおお!!



「おぎゃああああああ!」

「これは……、少し待ってください。この泣き方は喜んでいるのですよ!!」

「おぎゃああああああ?」



 急にタクシーが会話に入ってきた。え? 突然何言ってるのこの執事さん?



「いや、どう聞いても今までで一番ひどく泣いている気がするぞ? さすがにそれはおかしいと思うが」

「ママもそう思うわ。こんなにぐずるなんて初めてよ」


「旦那様、奥様、それは違います。この泣き方は笑っているときに出るものです!! そう言いたいのですねタクシー」



「おぎゃああああああ?!」



 カフェも乱入してきた。このメイドも何言ってんの?



「これは私の娘が喜んでいるときの泣き方とそっくりですな。カフェも昔は似たような泣き方でした」

「え?! それは本当ですか」

「私は昔のことはよく覚えています。この懐かしい気持ちに間違いありませんぞ!!」



 この執事とメイドって親子だったの?!


 いやいや待て待て、有能かと思ったら実はこの二人ポンコツなんじゃないか?!



「ん? んん、そうだったかな? ママの意見はどうかな」

「でもこの中でタクシーが一番長いこと子供のお世話をしていますから…」

「おぎゃああああああ……」



 ダメだ喉ががれそう。うわあああこんなの嫌だよおおおおおおおお、誰かヘルプミ~。




 そのときだった。




 ビリッ!!!!




 私は見ていた。アーネが紙を落としたのだ。拾おうと持ち上げたとき、足で紙を踏んでいたのに気付かなかったために破けてしまったのだ!


 おおお、ナイスだ。私の姉が破いてくれたぞヒャッハー!! これでアルティメットは完全に消えたぜええええ!!!!!



「うぅぅぅ、ごめんなさい~」



 アーネが泣き出してしまった。私も便乗してもっと泣くぜ! おぎゃあああああああ!



「アーネいいのよ泣かなくても。また考えればいいのよねパパ」

「そうだ。パパ達は怒ってないさ、よしよしこっちに来なさい」

「うええーーーん」

「父さん、母さん、この紙はもういらないよね? 弟も泣いてるし他の名前にしようよ」

「そうだな、明日にしようか。ママもしれでいいだろ?」

「そうね。よ~しよし。また明日に決めまちゅよ」



 話は終わったとみな部屋から出る準備を始めた。このときは最高に嬉しかった。ハンサムもテンシもアルティメットもなくなった。私の嘘泣きが伝わったのだ!! まさに完・全・勝・利!!!!!


 ビリッ! ビリッ! ビリッ!


 アニーキ―が紙を破いていく。パラパラにしてぽいっとね。よし、もっとやれ!


 このときアニーキ―も安心していた。弟に変な名前が付かなかったのだ、こんな紙はなくなってしまえと細かくして机にぽいっと投げた。あとはタクシーとカフェが片づけるだろう。




 そのとき。



「め………、ん……て?」



 泣き止み落ち着いていたアーネの声はこの部屋に響き渡った。



「アーネ、今何といったのだ? パパに教えてくれないか」

「ふぇ?」

「ママにも聞こえなかったわ。もう少し大きな声で教えてちょうだい」

「め……て?」

「そうそれよ、もっと大きな声で!」

「めんて……、めんて!」



 その言葉に場にいた全員が目を見開いた。もちろん赤ん坊である私もである。



「アーネ、その言葉はどういう意味だい? パパは知りたいなあ」

「ママも知りたいわ」

「机の上にね、あるの」

「「「「「!!!」」」」」



 私は笑顔のまま固まった。さらにアニーキ―も机を見て固まった。


 そこには破れた紙があり、3文字の言葉が見える状態だった。アーネから見える角度で上からめ、ん、てという順番である。アーネは教えてもらった言葉をその場で覚えたのだ。急に成長した娘にダンディは感動を実感したのである。



「決まりだ!この子はメンテ。メンテ・ナンスだ!!!!!!!!!」



 ダンディは心からの叫んだ!! そして、母親とタクシー、カフェは泣き出した。



「いい名前ねえ。アーネありがとう。あなたの弟の名前はメンテよ」

「ふぇ……、めんて」

「そうだ、メンテだぞ。アーネよくやった。高い高いだあああ!!!」

「きゃはははは、もっとやって。もっともっと」



 それはそれはすごい喜びようだった。私は固まったまま動くことができなかった。



「奥様、旦那様、メンテ坊ちゃんが喜んでおりますよ」



 このポンコツ執事が余計なことをいいやがった。やめろ、やめてくれ……。こんな名前は嫌だ、こうなったら泣くしかない!!!!



「おぎゃああああああ! おぎゃあああああああ!!」



「おおお、喜んで泣いてますぞ。これはカフェのときと同じです。ううう、懐かしさに涙が」

「もう、パパやめてよ。恥ずかしいじゃないの……ぐすん」



 このポンコツ執事とポンコツメイドは態度を隠しやしない……。有能なのか無能なのかわからんけど泣いても無駄になってしまった。



 バタンッ!!



 扉を開けて中に入ってきたのは、外で聞き耳を立てていた使用人達だった。どう見ても10人以上いるから、屋敷中の人達がここに集まっているようだ。初めて見る人も多かった。



「これは何事ですか?!」


「名前が決まったのだ、一番下の息子の名前はメンテだ。メンテ・ナンスだ!!!!!!」

「「「「「きゃああああああああああ」」」」」

「おぎゃああああああ! おぎゃあああああああ!!」


「今日からこの子をメンテと呼ぶんだ!!」

「「「「「メンテ様ーーーーーーーーー!!」」」」」

「おぎゃああああああ……」


「名前を付けたのはアーニキーとアーネの二人だ!!!!!!!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」

「おぎゃあ……」


「今日は最高に素晴らしい日だああああ」

「「「「「うおおおおおおおおおおおお」」」」」

「ぐぅ~すぴぃ~」←疲れ果てた



 そして宴みたいになって盛り上がった。使用人達は興奮するだけではなくめちゃくちゃ泣いていた。このナンス家の人達はすごく慕われているようだ。


 アニーキ―は終始ぎこちない笑顔であったが、変な名前が付かなくて心の底では喜んでいた。そして、メンテが大きくなったら優しくしようと心に誓ったのである。




 かくして異世界での新しい名前が決定した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る