第48話『模擬戦』

「うわっ!?」


ヒュンッ!と風を切り、一瞬にして俺との距離を詰めたベルゼは流れるような動作で俺の横腹目掛けて剣を横に払う。ある程度重さがある木刀を片手で使いながら、ここまでのスピードが出るのか!?目でしっかり剣を追わなければ見えないほど、ベルゼの剣捌きは素早かった。

このスピードと剣捌きは見事だが────────ベルゼの動きは良くも悪くも単純過ぎる!

一振り一振りに全てを注ぎ込むベルゼは芸がない。つまり────────一太刀目を払えば、こちらにも勝機はある!

今朝の行動パターンや剣を交えた感覚だと、ベルゼは一撃必殺型に見えた。攻撃一つ一つを大切に扱ってしまうが故の単純さ。

俺が今、ベルゼに勝っているのは思考力のみ!単純な力比べでは勝負にもならない。

ならば─────────持てるもの全部使って勝ちに行くのが俺だろ!!

俺の横腹目掛けて接近してくる木刀を出来るだけ小さい動作で避ける。受けることも出来たが、横のスピードも乗ったベルゼの剣を受け切れるか分からなかったのだ。だから、あえて回避を選択した。ブォン!と大きな音を立てて、俺の前をスレスレで通り過ぎて行くベルゼの木刀。

受け止めなくて正解だったな····。あれは恐らく、今の俺の力量じゃ受け止め切れなかった。

強過ぎだろ····!!素人相手にここまで本気で打ち込んでくるか!?普通!!

魔法は使用していないので、ベルゼに手加減してもらっているのは明白だが····魔法なしでも、この強さか。ベルゼ一人で人族の都一つくらい落とせるんじゃないのか?

そう思ってしまうほど、彼女は強かった。過剰戦力と言ってもいい。

こういう女をメスゴリラって言うのかな?


「ほう···?今のを避けるか····さすがはオトハだ。今朝戦った時もそうだが、反射神経や判断力は悪くない。身体能力の強化と技さえ磨けば、充分強くなれるだろう」


そう言って、俺の懐に飛び込んできたベルゼはサッと身を引き、剣に乗ったスピードを横にいなす事で殺した。ベルゼが剣を止めたことで、この場がしんと静まり返る。さっきまで、ヒュン!とかブォン!とか物騒な音が鳴っていたのに····それが嘘みたいに静かになっていた。

身体能力の強化と技磨き、か····。確かにそれが今の俺に足りないところだろう。帰宅部の俺が優れた身体能力なんて持っている訳ないし、剣術に関しては素人同然の俺に技なんてあったものじゃない。だから、この二つが今後の課題であるのは必然とも言えた。

にしても····ベルゼは凄いなぁ。数回剣を交えただけで俺の課題や改善点に気付くことが出来るなんて···。ガサツそうなのに観察眼はきちんとしているんだな。


「とりあえず、オトハの今後の課題は分かった。身体能力の強化は筋トレで何とかするとして····技に関しては何度も模擬戦をやるしかない。もちろん、最低限のアドバイスはする····が、剣術は人それぞれだ。人族ではある一つの型に乗っ取って剣術を学ぶらしいが、魔族は違う。個々の個性と癖を活かし、一人一人全く違う剣術を身につけるのが主流だ」


「なるほど····」


城内を歩いてみて分かったが、魔族はとにかく種族の数が多い。リザードマンやエルフ、ハルピュイアなど、多くの種族が共に共存していた。種族によって、肌の色はもちろん頭の形や手足の本数などが異なる。そうなると、人族のように一つの型に乗っ取って学ぶ剣術は意味がなかった。皆、体の特徴が違うからこそ、多種多様な剣術が生まれる。これに関しては他の事でも同じことが言えた。

俺の場合、逆手持ちと言う珍しい剣の持ち方もしてるしな。ベルゼの使う技や動きを完全に真似ることは出来ない。と言うか、不可能だ。

まず、常人を超えた身のこなしとスピードを誇るベルゼの真似なんて出来る気がしないし····。あいつはメスゴリラだ、メスゴリラ。


「アドバイスが貰えるだけでも有り難い。技や動きに関しては回数を重ねて徐々に見出していく事にする」


「ああ、そうしてくれると助かる。筋トレは後でメニューを説明するから、空いている時間にちょくちょくやってくれ。そして、模擬戦は───────今から、死ぬほどやるぞ!!」


えっ?し、死ぬ···ほど···?って、おい!待っ····!?

ベルゼの宣言に動揺する間もなく、彼女は剣を片手にこちらへ大きく一歩踏み出してきた。ベルゼと俺の距離は元々あまりないので、その一歩で俺の懐に入り込むことが出来る。ヒュンッ!と悲鳴に近い風を切る音が耳を掠めた。

っ·····!!相変わらず、早いっ·····!!

頭上に剣を振り上げ、大きく振りかぶるベルゼを一瞥し、俺は素早く間合いを取る────────が、メスゴリラ···じゃなくて、ベルゼはそれを嘲笑うかのように華麗なステップを踏んでその間合いを詰めてきた。


「間合いを取ったら、すぐに守りに入れ!!正面がガラ空きだぞ!!剣を交えることに躊躇いを感じるな!」


「っ····!!」


問題点を的確に指摘してくるベルゼの言葉に俺は何も言い返せなかった。

回避に必死すぎて、俺はベルゼと剣を交えようとしなかった。おまけに正面はガラ空き····これでは距離を取った意味が無い。間合いを取ったなら、懐に入られぬよう守り抜くのが当然である。

俺はタンタンと軽くステップを踏み、再びベルゼと間合いを取った。そして、素早く剣を構える。

剣は持っているだけでは駄目だ。俺は今まで剣を持った右手を下にぶら下げ、正面をガラ空きにすることが多かった。今までは持ち前の反射神経で何とか脅威を退けて来たが、今後もそれが通じるとは限らない。剣を正面に構えないと言う行為は紐なしバンジーと大差ない危険な行為なのだ。

ベルゼのおかげで無自覚で行っていた危険行為に気付くことが出来た。やっぱり、剣の教えを乞う相手は戦闘経験豊富な奴に限るな!

俺が剣を構えるまで足踏みして待っていたベルゼは身構える俺を見るなり、桃色の唇の端をゆるりと上げる。色素の薄い茶色の瞳が好戦的な光を放った。


くぞ!!」


「来い!」


嫣然と微笑むベルゼは相変わらずのハイスピードで俺との距離を一気に縮めた────────が、今回は俺がきちんと剣を構えるため、懐に入ることは出来なかった。

正面に剣を構えるだけでこんなに距離が違うのか···!さっきまでベルゼの髪や顔しか見えなかった視界が今はある程度開けて見える。ベルゼの腕や剣先がよく見えるし、彼女の視線を追う余裕もある。たった数センチの違いだが、その数センチがとても大事に思えた。日常生活では気にも止めない程度の小さい事だが、戦闘ではその小さい事がとても大事なんだ···。戦闘って、力と力で押し合う感じの大雑把なものかと思っていたが、意外と繊細なんだな。また一つ新しいことに気が付けた。

─────────って、感心してる場合じゃないか!

俺は目の前で剣を大きく振りかぶるベルゼに横腹目掛けて剣を横にスイングさせる。逆手持ちの最大の特徴はスイング式の攻撃が多いこと。基本的に逆手持ちでは縦の攻撃が不可能だ。剣先を下向け、敵を上から突き刺す感じの攻撃は出来るが、剣を大きく振りかぶって敵を“斬る”攻撃は出来ない。もし、それをしたいなら素早く剣の持ち方を変えるしかないのだ。そこが最大の難点であり、逆手持ちの特徴でもある。まあ、俺はこの特徴わりと気に入ってるけどな。

体勢を低くし、ベルゼからの攻撃が直撃するまでの時間を稼ぐ。この戦法の場合、どうしても相手より早く攻撃を直撃させる必要があった。守りではなく、攻めに転じた代償とも言える。

横にスイングさせた俺の剣先は完全にベルゼの横腹を捉えており、剣を振り上げた状態のベルゼでは防御不可能だった。

よし、行ける·····!!

この時、そう確信した俺はきっと─────────まだまだ甘ちゃんだ。


「その動きは悪くない。だが─────────」


ベルゼはそこで言葉を切ると、右足を後ろに引き腰を左へクネらせる事で俺の攻撃を見事回避した。体が柔らかい女性だからこそ、出来る回避術だ。

こ、れは····不味い!!この攻撃が躱された今、俺に勝機は····!!


「─────────まだまだ甘い!!」


「いでっ!!?」


完全に隙だらけの俺にベルゼは容赦なく、振り上げた木刀を浴びせた。ガンッ!と鈍い音を立てて、ベルゼの木刀が俺の脳天にぶち当たる。強い衝撃に体が驚き、一瞬息が止まった。が、その直後に鈍い痛みが脳天から体全体に走る。

ベルゼの剣を受け止めたのは頭だが、その衝撃が体全体に響いていたのだ。だから、痛みにも似た熱が身体中に駆け回る。

いってぇー!!これが女の力か!?めっちゃ痛いんだが!?もうベルゼはメスゴリラで良いよな!?なっ!?確かに見た目は綺麗だが、この怪力は女じゃない!!よって、俺はこいつを女とは認めない!!


「っ〜····!!」


声にならない声を上げながら、俺は頭を抱えてその場に座り込んだ。若干涙目なのは見なかったことにしてほしい。

ベルゼは痛みに悶える俺を心配するでもなく軽く一瞥すると、くるりと身を翻して少し距離を取った。そう、ベルゼは何も言わずに戦闘開始時と同じくらいの距離を····取ったんだ。

嫌な予感がすると同時に俺の頬に冷や汗が滲み出る。


「─────────さて、二戦目と行こうか」


無情にも俺の勘は当たってしまった。

ニコリと笑うベルゼはサッと剣を構え直す。

勘弁してくれ····。

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