第7話『対人戦闘』
それから、俺は太陽が月とバトンタッチするまでひたすらスライムを狩りまくり····気付いたときにはレベルが29まで上がっていた。
基礎能力値も大分上がり、一番低い体力ですら1500を超えている。
それもこれも全部この『レベルアップ経験値一定』のおかげだ。これが無ければ、こんなに早くレベルが上がることはなかった。レベルアップ初回ボーナス特典には本当感謝しかない。
あっ、そういえば····まだ『エンジェルナビ』の性能を確認してなかったな。
レベル上げを優先させたため、『エンジェルナビ』の性能確認は後回しにしていた。
レベル上げも終わったし、ちゃちゃっと性能確認し····。
「────────嫌っ!やめて!」
ん?何だ?この声····。
俺以外にもまだ森に居る奴が居たのか?
時計がないので正確な時間は分からないが、俺の体内時計は夜中の12時を指している。
声的に子供の女の子っぽいが···そんな幼い子供が夜の森に居るのは明らかに不自然だよな?それに『嫌っ!やめて!』って····。
夜の森。子供。悲鳴。抵抗。
ここまで言えば誰だって分かるだろう。
人攫いか····或いは下衆に襲われているか····。この世界ではどうなのか分からないが、最近幼女に対する性犯罪が増えてきてるからな。性的目的で幼女を襲っている可能性もある。
まあ、なんであれ子供が襲われているのは間違いない。
───────はてさて、どうしたものか。
知らんふりするのは簡単だ。この夜の記憶に蓋をして、何も知らないふりして生きていけば良い話だからな。
でも─────助けるのは安易ではない。
俺はこの世界の常識を知らない。正義を知らない。
何もかも知らない俺が威勢よく飛び出したところでなんになる?
そもそも、今の俺のステータスがこの世界では高い方に位置するのかどうかさえ、分からないのに····。俺の力がどこまで通じるか分からない上に、戦闘に関してはド素人だ。そんな俺が飛び出したところで····。
「意味はない、か····」
綺麗事が大好きな奴はよく『結果じゃない!その過程が大事なんだ!』と喚く。結果を出せなくとも、その過程で培った仲間や知識が大事なのだと····平和ボケした日本人はよく言うんだ。
その過程が誰かに評価されるなら、まだ良い。
でも、そのほとんどは誰にも評価されずに埋もれていく。
結果が全て。結果こそ正義。
終わりよければすべてよし、とはよく言ったものだ。
今回は結果─────つまり、勝利を収めなければ俺の振り上げた拳は無駄になる。少女を無事救出出来れば俺は最悪犬死するんだ····。
俺は───────まだ死ねない。死にたくない。
だって、まだ幸せを味わっていない。『最高だ』と思える瞬間に出会えていない。
まだまだ俺にはやり残したことが·····いや、やり残したことしかないっ!
俺はグッと拳を握り締めると、声がした方向とは真逆の方へ歩き出す。
悪いな·····俺はお前を助けてやれない。
ドゥンケルの森は闇が深く、気を抜いたらその闇に飲み込まれそうだった。
俺はまだ闇に準ずる気はない。
少女のことを脳内から追い出すようにボーッとしながら、木々の間を通り抜けていると──────。
「いやぁぁぁぁああ!!誰か助けてぇぇぇええ!」
鼓膜を激しく揺らしたのはさっき聞いた女の子の悲鳴だった。
「······っ!」
ったく····!
どうやら、不幸体質の俺は損な役回りが好きらしい。
だって、そうじゃなきゃ·····悲鳴が聞こえた方向に全力疾走なんてしないだろう?
はぁ····俺は馬鹿だな。んで、お人好しだ。
典型的な損するタイプの人間だよ!俺は!
感情が高ぶっているせいか、何故か自分に怒りが湧いてくる。そして、その怒りを脚力に乗せて俺はひたすら森を駆け抜けた。
「チッ!おい!静かにしろよ、餓鬼!」
「そうだ、静かにしろ!森の外にまで聞こえたら、どうする!」
先程聞いた鈴の鳴るような声とは全く違う、男らしい野太い声。それも二人。
俺は走るペースを落とし、辺りを見回した。
こんな真っ暗な森の中だ。
俺は夜目が効くため、お月様の柔らかい光だけで十分だが、他の奴はそうもいかないだろう。まあ、俺の場合夜目を使ったら右目への負担が大きくて長時間は暗い場所に居られないんだけどな。左目を失った弊害だ。
俺はキョロキョロと辺りを見回し、明かりを探した。
少女を連れて行かれる前に助けに行かないと····。
「!····見つけた!」
森の中でも特に木々が密集した場所にぼんやりと明かりが見える。
距離は100メートルもない。この距離なら、すぐ追いつける!帰宅部の根性見せてやるよ!
俺はサラサラの土を蹴って、駆け出した。
レベルが上がったことで体力は増えたが、身体能力はそのままのため俺は今、自分が出せる全速力で森を駆け抜ける。
あと、1メートル!
「おい、お前ら!その女の子を離せ!」
俺が辿り着いた先にはローブを羽織った細身の男と鎧を身に纏ったデカい男が居た。鎧男の肩にはジタバタ暴れる小さい物体が····。恐らく、あれが悲鳴をあげた女の子だろう。上から袋か何かを被せられているのか、少女の姿は見えないが俺の見立てに間違いはない筈····。
なるほど、こいつらは人攫いか。
「なんだ?お前···。
しっしっ!と追い払う仕草をする細身の男は俺に興味がないのか、すぐにここを立ち去ろうとする。
どうやら、ここで身を引けば見逃してくれるらしい。
ははっ····!見逃す、か···。
確かにそれも悪くない。一時の感情に振り回されて後悔するなんて格好悪いこと、したくないからな。それに····正義のヒーロー気取りで殺られるのが一番ダサい。
よし─────引き上げよう。人助けなんて、まだ俺には早かったんだ。
「───────って、なるわけあるか!」
懐から短剣を取り出した俺は感情が叫ぶままに剣を構える。
これが正しい構え方なのかは分からない。
そう、分からない─────なら、自分のやりやすいように剣を構えるのが一番だ。
忍者漫画で見た逆手持ちとやらを見様見真似でやってみる。
構えは見様見真似でも──────心だけは忍者になり切れ!
ここで心が折れたら、終わりだ!
そう、心が叫んだ瞬間───────俺の体が淡い光に包まれた。
な、んだ!?これ!?相手の魔法攻撃か!?
そう焦る俺の脳内にそれはそれは美しい声が響く。
『職業“無職”の特殊能力発動──────職業を“忍者”に変更しました。身体能力及び攻撃力が1000アップ。影魔法・気配探知を獲得。バトルモードON!戦闘態勢に入ってください』
職業“無職”の特殊能力!?職業を“忍者”に変更!?なんじゃ、そりゃあ!?
って、今はそんなこと気にしている場合じゃない!
今はとにかく、目の前の敵に集中しろ!
集中を切らしたら、一貫の終わりだ!
訳が分からないまま、俺は鎧男に斬りかかった。
体が軽い····?それにスピードも力も何もかも底上げされているような····?
そういえば、『身体能力及び攻撃力が1000アップ』とか言ってたな。1000アップするだけでこんなにも違うのか。
「ぐっ····!?なんだこいつ!?全く太刀筋が見えなかったぞ!?」
抵抗する暇がなかったのか、鎧男は俺の一振りをもろに食らっていた。
この剣、切れ味が良いな。さすがは王宮内の武器庫にあった剣だ。
黒い剣身に竜のマークが刻まれた短剣は男の鎧を紙のように切り捨て、皮膚の表面にも切り傷を与えていた。
まあ、さすがに鎧の上からだったし深い傷にはならなかったが····。
だが──────これならいける!
俺は間髪入れずに斬撃を繰り返し、ほとんど無抵抗の男を切り傷だらけにする。怪我したところを集中的に狙わなかったことに関しては感謝して欲しい。俺のせめてもの情けだ。
「ひぃっ!なんだよ、こいつ!!」
「高レベル冒険者か!?」
「でも、何でそんな奴がこの森に····いっ!!」
鎧男はちょこまか動き回る俺に大剣を振るうが、一発も当たっていない。
太刀筋が甘い上に、俺の目にはこいつの斬撃がスローモーションのように見える。
ヌルゲーどころじゃないぞ、これ····。
さすがにここまで力の差があると、相手が可哀想に思えてくる。
一気に片をつけるか。こいつの振り回す大剣が女の子に当たっても困るし···。
何より───────影魔法とやらを試してみたかったからな。
やっぱ、忍者と言えば影だよな。
でも、これってどうやって発動させれば良いんだ···?
鎧男の大剣を避け、ローブ男が放った火球を剣で切り裂いた俺はコテンと首を傾げる。
詠唱かステータス画面から発動する仕組みなのか···それとも、他に何かあるのか····。
『あの』
ん?なんだ?
今、取り込み中だから黙っててほし·····って、ん!?
さっき脳内に響いた美声が再び頭の中に響く。
一体どういうことだ·····?
『説明は後でします。とりあえず、その····影魔法を発動なさいますか?』
え···?あぁ、うん。発動出来るなら、是非。
影魔法見てみたいしな。
俺はちゃっかり念話が出来ている事実に大して驚くことなく、美声の人に返事を返す。
『分かりました。これより、影魔法の設定に移ります。消費魔力は780。範囲は小規模。対象は二人。攻撃手段は物理。それでよろしいですか?』
あっ、ああ····正直よく分からないから、適当にやってくれ。
『畏まりました。では──────影魔法発動』
刹那、この場に存在する闇という闇が実体を持って現れた。
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