第5話『レベルアップ』

『健闘を祈ります。それでは、お気をつけて』


あの男性にそう言われて王宮から追い出された俺は奴のアドバイス通り、王都内にあるドゥンケルの森を訪れていた。草木が往々と生い茂る森には子供連れの親子や、如何にも駆け出しって感じの冒険者が多く居る。

あの男の言う通りだったな。

デマである可能性も考えて慎重に森の中を見て回ったが、本当にレベルの低い魔物しか居ない。

まだ実践は行っていないが、近くの子連れ親子を見る限り、子供でも意外とあっさり魔物を倒している。スライムなんて無抵抗だから、短剣で軽くつつくだけで良いみたいだ。

『実践の前に下調べだ』と森の中を見て回ったが、あの男の情報に誤りはなさそうだな。

ちょっと用心深く構え過ぎたか····。

まあ、慎重になるのは仕方のないことだろう。

なんせ、ここは異世界だ。

召喚者である俺の常識や考え方は通用しない。

慎重に行動するのはむしろ当たり前と言える。

青々とした広い空を見上げながら、ふとある疑問が脳内に過ぎる。

そういえば──────朝日は今頃、何をしているんだろうか?

朝日は王様に言われるまま後ろをついて行っていたが、不安そうな表情はそのままだった。

俺と違ってラノベじこみの知識もない朝日からすれば、いきなり知らない連中の中に一人放り込まれるのは恐怖でしかないだろう。

そう考えると、連中に見放された俺は意外とラッキーだったのかもしれない。

寛大な処置も施してもらってるしな。

職業が勇者でなかったことに初めて感謝した。

まあ、だからって無職を受け入れる訳では無いが····。

再び森の中を歩き回りながら、獲物を探す。

いい加減、実践を交えないとな。

いつまでもレベル1でいる訳にはいかないだろう。

あの男の話によればスライム一匹討伐で経験値500Pt貰えるらしい。つまり、スライムを一匹倒せば俺はレベル1からレベル2になるって訳だ。

大した価値はないがドロップアイテムも出るらしいし、まず最初は無抵抗で殺られてくれるスライムをターゲットにすべきだろう。

レベルが低い内は安全にレベルアップしていくのが一番だ。

キョロキョロと辺りを見回して、お目当てのものを見つめる。

透明感のある水色の球体をした魔物────スライムは『あむあむ』と近くの草を食しているようだった。

確か、スライムは雑食だったか?


「食事中に申し訳ないが、俺のレベルアップのために討伐されてくれ」


最後の晩餐が草なんて味気ないが、まあスライムだしな。

俺は懐に忍ばせていた短剣を取り出し、鞘から抜いた。

黒い剣身の短剣は日の光を帯びて、艶を出す。

魔物であれ、誰かの命を奪う直接的な行為に僅かに手が震えた。

たかが魔物。たかがスライム。

話も通じない奴に俺は何故、情が湧くのか····。


「やっぱ、日本は平和ボケした若者ばっかりだな」


日本という良くも悪くも平和な国で生まれ育ち、不幸体質ではあったが比較的平穏な日々を送っていた、俺。

平和ボケした若者の代表が──────まさに俺だ。

いじめを通して傷付けられる痛みを知っている分、他者を傷つける行為に抵抗を感じる。さすがにナイフで刺されたことはないが、筋肉マッチョの奴に腹パンされたときは吐きそうなくらい痛くて苦しかった。

刺されたら、きっともっと痛いんだろうな。


「──────でも、ごめんな。俺はそれでも生き残りたいんだ」


剣の構え方もろくに知らない餓鬼である俺に命を奪われるなんて──────哀れなスライムだ。

俺は無造作に構えた短剣で一思いにスライムの体を貫く。

ぽよんっと弾力のある球体は俺の剣を拒むことなく、受け入れた。巨大なゼリーに包丁を突き刺したような感覚が俺を襲う。

そのゼリーに近い弾力のせいか、『殺した』という実感はあまりなかった。

俺の短剣をその身で受け止めたスライムは純白の光を放ちながら、実体をなくしていく。触れると途端に消えてしまう純白の光は儚く、そして美しかった。

花とはまた違う儚さと美しさを持った光が消えた時、コトンッとドロップアイテムである魔石がその場に落ちる。

スライムと同じ透明感のある水色の魔石だ。大きさは豆粒くらいで凄く小さい。

あの男の話だと、使い道は特にないらしい。

ただアクセサリーや宝石としての価値はあるらしく、市場にて安値で取り引きされている。値段は子供のお小遣い程度の金額であまり多くはないらしいが···。

草むらに隠れる魔石を拾い上げようと、手を伸ばしたのと同時に突然ステータス画面が現れた。


『経験値500獲得。レベルが1から2にレベルアップしました。レベルアップ初回ボーナス特典を与えます』


····はっ?レベルアップ初回ボーナス特典?

レベルアップ通知が来るのは予想していたが、ボーナスってなんだ?

そんなの聞いてないぞ?

小首を傾げる俺の前にレベルアップ初回ボーナスとやらが表示された。


まずは・・・『レベルアップ経験値一定』を特殊スキルとして若林音羽に与えます。言葉通りの意味なので説明は省きます』


特殊スキル レベルアップ経験値一定····?

つまり、あれだよな?どんなにレベルアップしても、次のレベルアップまでの経験値が変わらないってことだよな?

通常レベルアップをすれば、次のレベルアップまでの経験値が以前より少しだけ上がる。例えばレベル1から2までの必要な経験値は500だったが、レベル2から3までの必要な経験値は600になるとか、そんな感じ。つまり、レベルが上がるにつれ、レベルアップに必要な経験値が少しずつ増加していくって事だ。

が──────この特殊スキルがあれば、そのルールを完全に無視出来る。

レベルアップ経験値一定─────つまり、俺は経験値500を獲得する度にレベルアップする。レベルが100になろうと200になろうと、この特殊スキルがある限り俺のレベルアップに必要な経験値は500だ。

もっと簡単に説明すると─────俺はスライムを一匹倒す度にレベルアップする。

これが一番分かりやすい説明文だろう。


「このスキルは有り難い····」


無職の俺が強くなるためにはレベルアップが必須条件。レベルアップすれば体力量や魔力量などの基礎能力は上がるからな。

魔法が使えるのかどうかは分からないが、体力量や攻撃力が増えるのはデカい。肉弾戦であれば、無職の俺でも十分戦えるだろう。もちろん、高レベル無職者であることが絶対条件だが。

経験値チートがあれば、今後の活動にも幅が出る。

当初の予定では安全面を考えて王都でひっそり暮らそうと思っていたが、順調にレベル上げが出来れば他国に渡るのもありだ。いや、いっそ野山に小屋でも建てて、一人のんびりスローライフってのも悪くない。

そう一人で妄想を膨らませる俺の前にさっき表示されていた文章とはまた違うものが映し出される。


『4つのうちの1つをプレゼント致します。どれが良いか決まったら、画面をタップして選択して下さい。


1.鑑定スキル

→スキルレベルMAXの状態で付与!


2.魔眼+千里眼セット

→瞳の色が選べるぞ!オッドアイも可能!


3.エンジェルナビ

→リアル天使が天界から色々助言してくれるぞ!


4.アイテムボックス

→亜空間で物を収納することが出来るぞ!』


レベルアップ初回ボーナスとやらは『レベルアップ経験値一定』だけじゃなかったのか····?

初回ボーナスにしては豪華過ぎる。

そういえば『レベルアップ経験値一定』を俺に付与する際、文章には『まずは』って書いてあったな。あれはこういう意味だったのか。

特殊スキル『レベルアップ経験値一定』の付与は余興に過ぎなかった訳だ。

本命はこっち、か····。

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