46話 少女が花畑にいた理由

 町の教会には静かにたたずむ惨状があった。マーガレットはすでに冷たくなっており生命の灯火ともしびが消えている。


「死者はもう生き返りません」


 カルネラの吐く事実にマリーは信じられない様子だった。《完全な世界の顕現》には時間遡行(じかんそこう)の性質があると、そう書いていたのは彼であったはずだ。


「いいわ! 私が《完全な世界の顕現》でマーガレットを生き返らせてあげる」


「……おやめください」


「マーガレット、大丈夫よ。私がいま――」


「マリー様! おやめください!」


 カルネラは冷たくなったメイドに話しかけるマリーを掴みあげる。


「……《完全な世界の顕現》は、《完全な世界の顕現》は《不完全な世界の顕現》と同じ力です」


「どういうこと?」


「《不完全な世界の顕現》が有限の並行世界から探索して召喚するのであれば、《完全な世界の顕現》は無限の並行世界から探索して召喚する力です。この力に死者蘇生の力はありません」


 カルネラの言いたいことはこうだろう。《不完全な世界の顕現》では、たとえば3つの世界から探索する。それらは「偽」「偽」「偽」である。召喚されるのは「偽」だ。

 対して、《完全な世界の顕現》はより多い10つの世界から探索する。それらが「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「偽」「真」であるならば、「真」が召喚される可能性がある。

 そして《不完全な世界の顕現》と《完全な世界の顕現》は同じ召喚の力である。ここに、死者蘇生の力は存在しないし、時間遡行も存在しない。


時間遡行じかんそこうに見えるのは、以前の状態に戻る確率が高いだけです」


「な、なに? じゃあマーガレットは生き返らないの?」


「残念ながら」


「まって、じゃあ意識を移動させるのは? 《不当なる観測者の権限》でマーガレットの意識を――」


「マリー様、気づいておられるでしょう。一度死んでしまったら、意識は存在しなくなることを」


 カルネラはマーガレットに刺さった剣をぬく。そして彼女を仰向けに寝かせると、彼女の顔を綺麗な白いハンカチで隠し黙祷するのだった。

 メメント・モリ。死を忘れるなという言葉にはと友の死も含まれていたのだ。仮にここで死ななくても人はやがて死ぬ。それが早いか遅いかだけであった。不死の少女はこれを永遠に体験し続けねばならない。


「……そんな、マーガレット……マーガレット……」


 白いワンピースを着た少女もまた、マーガレットの死を悲しむのであった。


 *


 後継者カルネラ・アルスバーンの脅威はなくなり、世界は平和になった。それでも、人々は悲しみ、苦しみ、死んでいく、これが世界の運命というのだろうか。

 誰かが言った、死があるから生に喜びを感じるのだと。誰かが望んだ世界は、悲しまず、苦しまず、死なない世界であるならば、感情を殺し不死である世界だとでもいうのだろうか。


 *

 *

 *


 王宮の奥底に白いワンピースを着た少女がいた。数百年経ってもその姿は変わらない。


「……そう、みんな死んでしまったのね」


 少女が再び外界をみたときにはすでに知った人はいなかった。少女の知らない世界がそこにはあった。


「花を、植えましょう」


 少女は花を手向けたのだ。永遠に眠りつづける友たちへ。永遠に続く花畑を送る。それは、その世界全体を一面の花畑にするものであった。


「《完全な世界の顕現》」


 淡い綺麗な光が少女の中から発せられると、水面に落ちた水滴が作る波紋のように広がる。その光は世界を波打たせる。だが、今回はすぐには変わらない。詠唱を終えたマリーが歩きだすと、その一歩でマリーの周りだけが花畑になる。


「マーガレット」


 ブワッとマリーの周囲一体が花畑に変わる。赤や黄、紫で彩られたその中に彼女を象徴する一輪の花が咲いてる。


「カトレア」


 そして、また一歩。ブワッと世界の一部を花畑に変えていく。


「アザレア」


 また、一歩。


「ローズ」


 また一歩。


「ガーベラ」

「サザンカ」


 また……。


 その足はだんだん早くなりマリーは走りながら世界を花畑に変えていく。その瞳には涙が溜まっており、それが零れないようにと少女は走る。

 世界を花畑に変えたあと少女は止まった。どうせなら一緒に死んでしまいたい、その思いさえも不死の少女には叶わなかった。


「《完全な世界の顕現》――《全てを忘れ去る黄金の剣》」


 代わりに召喚したのは、記憶を消去する想いの剣である。死が訪れない、不老不死にとっての死とは記憶の消去であったのだ。

 少女は自分の胸に向ける。だが、思うようにいかない。


「駄目だわ……私は彼女たちの思い出を失いたくない……」


 そのとき、空間が歪曲して一人の青年が現れた。カルネラ・アルスバーンである。神でありながら人として生きたかった少女と、人でありながら神として生きる青年の対面であった。


「カルネラ・アルスバーンいたの?」


 超越者の彼は使命を背負っていた。全ての世界を完全な世界に変えること。彼はアルストロメリアの代理人であった。


「お迎えにあがりました。マリー様。新たな世界があなたをお待ちです」


「残念だけどその話にはのれないわ。私はこの世界のみんなを愛していたのよ。他の世界なんて」


 カルネラ・アルスバーンは少女の召喚した黄金の剣をみる。すべてを理解した青年は少女にこう尋ねたのだった。


「この世界は楽しいですか?」


「いいえ」


「この世界は悲しいですか?」


「いいえ」


「……では全てを忘れてしまいたいですか?」


 カルネラ・アルスバーンは黄金の剣を少女に向ける。だが、返答はない。そして、しばらく経ったあと少女はこう言った。


「ええ、人想いに」


 カルネラのもつ《全てを忘れ去る黄金の剣》が少女の胸に突き刺さる。少女はゆっくりと花畑に仰向けに倒れ込んだ。それでも、まだ深くカルネラは剣を突き刺している。


「……さようなら、マリー様。あなたのすべての想いは次の者が引き継ぐでしょう。どうか安らかに」


「ええ、そうして頂戴。……そう、みんなの想いは私の中で永遠に…………」


 次に少女を迎えたのは喋るカエル、ハルヴェイユである。


 *

 *

 *


 そして、少女が気づくとそこは見知らぬ花畑であったのだ。

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