44話 再カルネラアルスバーン戦
マリーが気づくとそこは見慣れた部屋であった。いつも眠っているベッド、机に椅子、机には花瓶が置いてある。それは王宮にあるマリーの自室であった。
「失敗した? いえ、私はちゃんと移動したのはず」
洋服部屋にいく、確認したかったのは白いワンピースがあるかどうかだ。
「……ない。つまり、今この世界の私は町へ出かけているのだわ」
マリーは、《想いの力》が成功したのを確信した。この世界のマリーは殿方と密会している。だったら、後継者カルネラは教会にいるはずだ。
マリーは急ぎ足で教会へ向かった。
「マリー様、どこへ行かれるのですか?」
王宮の門のところで誰かに話しかけられた。その声はマーガレットのものだ。
――マーガレット!?
「最近様子がおかしいと思っていましたが、まさか、町へ行かれるのですか」
「ごめんなさい、マーガレット。説明している暇はないの。私は早く教会へ行かなくちゃいけない」
「一人で外出することを私が許すと思いますか? どうしても行かれるのであれば、私もお供いまします」
「……いいわ。着いて来なさい」
どちらも譲る瞳をしていなかった。マリーは妥協してマーガレットを連れて教会へ向かう。
――マーガレットはやっぱり置いてくるべきだったわ。彼女を危険な目に合わせるわけにもいかない。
そう思いながら走っていると教会が見えてきた。ジェスチャーでマーガレットに止まれと合図する。鍛えこまれた傍付きは会話がなくても君主の意図を読めるのであった。
二人は音を立てずに教会の扉に近づく、扉越しに中を覗くとそこには、一人の少女と一人の老人がいたのだった。
「あれは……!」
マーガレットは不意に声を上げてしまった。急いで口を手で覆う。幸い、まだ気づかれていないようだ。マーガレットが驚いたのはこの世界にマリーが二人いることだろう。教会にいる少女は後ろ姿であろうとも、マーガレットが間違えるわけがない、忠誠を誓った君主の姿であった。
――マーガレットが驚くのも無理はないわね。……さて、問題はどうやって仕掛けるか。老いたといってもあいつは騎士だわ。正面からやり合うのは不利、だったら奇襲をかけるしかない。
マリーが策を練っていると教会の中から何かが飛んできた。鈍い音と共に落ちたそれは、少女の腕である。
――考えてる暇なんてない! 次にあいつがとる行動は……! ちょっと、マーガレット!
「うおおおおおおおおおおお!!!」
我慢しきれなかったマーガレットが飛び出す。剣を抜き、カルネラに向かう。君主を守るのが彼女の務め、だったらマーガレットが我慢できなかったのも無理はない。
「《完全な世界の再現》」
マーガレットは走りながら詠唱をした。その右腕に携えた剣は淡く光る。顕現されたのは無数の斬撃、本来ならば回避不可能の攻撃であった。
ギンッ!
しかし、マーガレットの剣はカルネラの黄金の剣に受け止められていた。
「何!?」
「どこの誰だか存じませんが。それは《想いの力》、もしかしてアマリリスの使いの者でしょうか」
カルネラはマーガレットの剣を押し返す。力ではなく、技術による剣であった。ふわりとマーガレットの重心が浮かぶ、カルネラは流れるように剣を自分の体に近づけると縮こまる。マーガレットが予測したのは「突き」であった。体をバネのように扱い、放たれる突きは高速である。
「駄目だ。避けきれない――」
ガンッ!
音と共に、マーガレットを貫こうとしたカルネラの剣は弾かれ。マリーが召喚したのは鉄の剣である。掬い上げるように振り、カルネラの突きを横から弾いたのだった。
「なんと! この世界にはアマリリス様が二人もいらっしゃるのか!」
マリーとマーガレットは距離をとる。
「まったく、マーガレットは先走りしすぎよ」
「助かりました、マリー様。しかし、私の剣を受けるとは中々の手練のようです」
マリーは視線を少女に向ける。腕を斬られた少女は荒い呼吸をしながら意識を保っていた。
――この世界の私は……。大丈夫、長期戦になれば彼女の腕は再生する。
「ふふふ、あはははは! おかしなこともあるのですね。アマリリス様が二人いらっしゃる。これはワタクシに与えられたボーナスでしょうか。一つの世界に二人いる世界もあるのなら、アマリリス様を探しやすいものです」
「残念な話だわ。私も彼女も、あなたの探している少女じゃないわ」
「…………もしや、ワタクシと貴方は一度会ったことがあるのでは?」
「さあ! なんの話かしら!」
マリーは鉄の剣で斬り掛かる。マリーは剣を習ったことはない、横に振るか縦に振るかしかできなかった。それでも時間稼ぎはできる。
――駄目だ。見切られてる。私の剣が届かないギリギリの距離を保っている。かといって、これ以上近づくと反撃を食らうかもしれないし……。
「マーガレット! 《想いの力》はまだ温存して起きなさい!」
「分かっております! たとえ私より剣が上手くても二対一では奴も限界がくるでしょう」
マーガレットが鋭い太刀筋を見せようとカルネラはいとも容易くいなしている。躱す、弾く、流す。二対一は不利だがカルネラはそれを逆に利用する。わざと二人が邪魔になるよう立ち回るのだ。マーガレットが確実に一本とれるような隙をみせても、マリーが間に入って斬りこめない。
――二対一は有利だと思ったらけれど利用されてる? 私の剣がもしマーガレットに当たったらと思うと思うように振れない! 長期戦は有利になると思ったけれど、これだとマーガレットの体力が尽きちゃうわね。反撃を食らう? なら!
「甘い!」
カルネラはその隙を逃さなかった。剣を縦に振り、マリーの右手首を切り落とす。続けざまにマリーの右腕ごと持っていくつもりだ。剣の軌道に逆らわず、自ら回転しながらマリーの腕を削ぎ落としていく。
「マリー様!」
だが、マリーは避けない。左手で振り上げられたその剣は、たとえ右腕を犠牲してでも、強く振り下ろされた。
「……は? ワタクシの、ワタクシの手がああああああ!!!」
ボトリと落ちたのはカルネラの右手である。マリーの剣はカルネラの右手を斬り落としたのだ。不死ゆえの突貫であった。右腕と右手の交換はマリーが不死だからできた技であった。
「おのれ! ふざけるな!」
カルネラはない右手を庇いながら、左手で剣をふるう。マリーの頬を掠めた。剣筋のあとからマリーの頬が切れ、血が滲みでてくる。だが、マリーは引かない。
「本当に残念だわ。私が不死でなかったらあなたは私に勝てたでしょうね。私の腕は再生し、あなたの腕は再生しない。さあ、剣を交えましょう」
「……ぐっ」
マリーは右腕を失いながら左手で剣を構える。滲みでてくる血が痛みを物語っているのに、マリーは強気であった。
――痛い、とてつもなく痛い。だけど、勝機ができた!
「うおおおおおおおおりゃああああ!!」
隙が出来たカルネラにマーガレットが飛びかかる。マーガレットがカルネラに馬乗りになり拘束した。
「マリー様! いかが致しましょう!」
「一思いに」
「御意」
マーガレットは剣を高く掲げる。重力と体重をかけカルネラを心臓を一突きする。マリーは後ろを向いた。
「嫌だあ、嫌だあ、嫌だあ、嫌だあ。まだ死にたくない! ワタクシはアマリリス様に、アマリリスに――」
マリーの後ろでグシャッと音が聞こえた。
――……さて、この世界の私は……大丈夫そうね。うん?
少女の腕は再生し、健康そうであった。しかし、その目は虚ろで微動だにしなかった。
「《不当なる観測者の権限》、意識だけ別の並行世界に移動させる力は、傍から見るとこんな感じなのかしら? ねえ、マーガレット?」
「……マリー様…………」
マリーが振り返るとマーガレットが床に倒れ込む寸前であった。
「え?」
マーガレットの胸には背中から剣が突き刺さっており、マーガレットは口から血を吐きながら倒れ込んだ。床に倒れているカルネラの胸にはマーガレットの剣が心臓を貫いていた。マーガレットはその背後から別の誰かに刺されたのだ。
「……ええ、本当に嫌でございます。嫌でございましたからこのような方法を取らざる得ませんでした。彼女はワタクシの心臓を貫きましたから、ワタクシが彼女の心臓を貫いても誰も文句はないでしょう。本当に残念でございます」
マリーの目の前にいるのは老いたカルネラ・アルスバーンと同じ姿である。そこには後継者カルネラの屍があるのにもかかわらずその隣には別の老いたカルネラが立っているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます