36話 喋る猫

「ハルヴェイユって喋るカエルのことよ!」


「喋るカエル……? そのような者は存じ上げておりません」


 それは明らかに最初から知らない様子であった。それにカルネラがここで嘘をつくメリットがない。


「マーガレット!」


 扉の向こうに待機していたマーガレットがすぐに部屋に入ってくる。たとえ、二人きりの空間を作ったとしてもその扉の後ろには、必ずメイドがいるのだ。


「マーガレットは知ってるよね? ハルヴェイユ」


「……申し訳ありません。私もそのような者は存じ上げておりません」


 ――そんな!?


 それはこの世界にはハルヴェイユはいない、という単純なものではない。学院を設立しようとしたのはハルヴェイユであって、初めてアマリリスをマリーと呼んだのはハルヴェイユであった。なら、この世界にはハルヴェイユという存在は不可欠である。


「じゃあ、学院を設立したのは誰?」


「…………」


「…………」


 二人は何も答えれなかった。確かに、学院は存在するし、その少女をマリーと呼称はする。けど、何故そうするのかは分からなかったからだ。それに、本来学院があればカルネラ・アルスバーンは騎士ではなく、術者の道をすすんだはずであった。明らかに歪な世界、それは世界を足したり引いたりするような感覚である。


「もういいわよ!」


 マリーは部屋をでると、王宮にある部屋を片っ端から開けていく。しかし、そこにはハルヴェイユは居なかった。


 ――どうするの? 私、元の世界に帰れない?


「あ、そうか。《完全な世界の顕現》これなら、歪められた世界を元に戻せるはず……」


 ――あれ? でも、元に戻したらこの世界のマーガレットやカルネラはどうなるの? 元の世界に戻る? でも、その世界にはすでに彼女たちがいるはず。


 後から追ってきた二人を視界にとらえる。だが、そう思いはするがマリーは詠唱をはじめてしまった。


 《完全な世界の顕現》


 淡い小さな光がマリーから発せられると、その光がだんだんとだんだんと、世界を波打たせていく。世界は次第に姿を変え、新たな世界が姿を現す。それは紛れもない現実である。

 しかし、何度波立たせようが、マリーの視界は変わらなかった。


 ――まただ。また、この力に裏切られた。


 マリーは廊下にへたり込む。歪められた世界を元の世界に戻す、と言われたその力は、正しい説明ではない。


「マリー様!」


 マリーを支えてくれたのはマーガレットであった。すこしばかりこの世界をマーガレットを蔑ろにしようとしたのを後悔する。


「ごめんね、マーガレット。私、あなたのこと、消そうとしてた。でも、そうよね。確かにあなたはここに居る」


 マリーが消そうとした世界は紛れもない現実の一部だ。たとえ、並行世界の別の世界と言われようが確かな現実である。


「構いません、マリー様。たとえ、どんな理由があろうともマリー様のご決断があれば、私も、お供させていただきます」


「どこかで聞いたわ。そのセリフ」


 ***


 マリーは自室に連れられるとベッドに横になる。カルネラとマーガレットを帰らせると、少々疲れたのかそのまま眠ろうとした。けど、このまま眠ってしまったら一向に元の世界に帰れないと思ったのかなかなか寝付けないでいた。


「夢だったら早く覚めてほしいわ」


 そう思うがここは紛れもない現実。マリーは少しホームシックに陥っていた。


 ――マーガレットもいる。恋人もいる。でも、何か違うのよね。その人であるけどそうじゃないような。……確か、「過去の世界」は召喚できないのだっけ? 確かに私が召喚しようとしたのは「元の世界」とも言える。なら、失敗したのは当然か……。論文でカルネラ・アルスバーンは何を召喚したのかしら? ……少なくともタイムトラベルのヒントになるものを召喚してしまったと考えるのが妥当かしら。


 考えるマリーであったが、そのせいで余計に眠れなくなっていた。


 ――ハルヴェイユがいないのも気になる。確か、彼が学院を設立したのだから彼がいないとおかしい。まるで、世界を引いて足したりしたような世界……《想いの力》を使って引かれた・・・・世界がこの世界なのかもね。


 もう月の明かりで薄暗闇に目が慣れてきたころ。ガチャリと扉が開く音がした。


 ――あら? 誰かしら? ま、ま、まさか。カルネラ・アルスバーン?? ……ありうる。


 かの恋人がマリーを慰めに来たのかと思った。しかし、マリーの部屋の前には常にメイドが常駐しているから、誰でもかれでも入れるわけではない。


 トスンとマリーの上に何かが乗った。マリーは恐る恐るそれを覗いてみると、


「にゃお〜〜ん」


「え? 猫?」


 それは黒色の猫であった。月あかりを集めたその目がギラギラと光っていた。


「なんで猫がこんなところに?」


 マリーは体を起こすとその猫に指をさしだす。その猫はマリーの手に体を擦り付けてくる。


「やけに人懐っこい猫だわ。てか、どこから入ってきたのかしら? 猫ちゃん、どこからきたの?」


 冗談まじりに猫に話しかけてみたマリーであった。


「異分子が混じってると思ってら貴様だったのかにゃ、アマリリス」


 ――ん?


 マリーは辺りをキョロキョロするが部屋には誰もいない。この部屋にはマリーとその黒猫しか居なかった。


「こっちにゃこっち」


 マリーが視線を向けるとその黒猫が喋っていたのだ。


「オレの優雅な美貌に惚れ込んだかにゃ。一番手頃な動物に精神を移動させたのにゃけど、……んにゃ? オレ猫になってるにゃ!?」


 喋る黒猫としても猫になったのは本意ではなかったらしい。マリーの布団の上をゴロゴロと転がり自分が猫になってるのを確認していた。そして、ちょこんと座ると自己紹介をしたのだった。


「はじめましてだな。アルストロメリアだにゃ」


「猫が喋った!?」

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