07話 そのメイドに近づくことなかれ。

メイドであるマーガレットが、剣を振れるというのは簡単な話であった。

それはメイド争いと呼ばれる、幼少期に集められた子供たちが能力を競い合う場であった。それは不貞がないよう決まって女たちで構成され、彼女たちはそこで礼儀と作法を一通り学ぶのだが、中に護身術という名目で剣を振らされることもあったのだ。

そこでマーガレットは目立って剣の才があり、同期の女子たちを圧倒していた。



「《完全な世界の再現》」


マーガットが何かを詠唱をすると、彼女の中から発せられた淡い綺麗な光が、まるで水溜まりに落ちた水滴がつくる波紋のように拡がると、彼女の持つ剣が淡く光り出す。


彼女が剣を一振りすると――


ザシュザシュと巨熊を切り裂く音が聞こえたと思ったら、それはザザザザザと幾重にも重なる音になり、どこから来たのか分からないあらゆる斬撃が、その巨熊を切り裂いていくのだった。


――それは一瞬であった。


そして、皮を綺麗に剥がれた巨熊は倒れた。


マリーには何が起こったのか理解できなかった。しかし、そのマーガットの前にはかつて猛威を奮ったであろう巨熊が皮を全て剥がされ倒れているのだった。まごうことなき、蹂躙じゅうりんであった。


「え?もう倒しちゃったの?」


「はい。終わりました」


マーガレットは身につけていた白い手袋を新しいものに変える。


「いつみても、貴公の剣は美しいな。それゆえに嫉妬する。私だって、あれくらい出来るぞ、マーガレット殿、勝負だぁぁぁ」


ローズが甲冑を着込んだ四人に抑えつけられる。


「ローズさん、みっともないですよ」

「ローズ、君はマーガレット殿に一度も勝てたことないじゃないか」

「ローズさんがやってたら何時間掛かったことやら」

「……私なら3分」


「貴公ら、何故そんなに私を虐めるのだ!貴公らとも勝負だぁぁぁぁ」


そう言ってまた喧嘩をはじめる。剣を持っていないローズであったが、体術のみで四人をいなしている。結果、ローズの勝ちであった。


「マーガレットさん凄いですね。どうやったんですか?」


「ただ剣を振ったまでです」


アザレアが言う。


「《完全な世界の再現》ですよね?」


「知っていたのですか?」


「はい。私が唱えても力になりませんが……」


「そうです。並行世界の中から右から振った世界と同時に、左から振った世界を現実にしました」


マーガレットのその剣技は《想いの力》によって生み出された。30°の角度から切り込んだ世界、60°の角度から切り込んだ世界といったように、あらゆる角度から切り込んだ世界を現実にするものである。


それによって、マーガレットがただ一振するだけで、数千回、いや数万回斬られたであろうクマは一瞬で絶命したのだった。


マリーがお礼を言う。


「ありがとうマーガレット」


マーガレットが跪く。


「は!マリー様をお助けするのが私たちメイドの務め、それに今回は私が問題を持ってきたようなもの――」


「それでも助けてくれて、あ、り、が、と、ね」


ひざまずくマーガレットの耳元でささやいた。少し、マーガレットが赤面した気がしたが、気のせいだろうか。いつぞやの仕返しをしたかったのだけれど。


マリーが言う。


「んで、どうやってここから出るの?」


マーガレットの方をみるが、浮かない表情をしていた。マーガレットが出る方法知っていたら、とっくに出ているわけである。もちろん、マリーを放って出ることはないのだけれど。


「この密林は《不完全な世界の顕現》によって創りだされた世界です。この呪文を打ち消すためには《完全な世界の顕現》を唱えられる者が必要となります。私が唱えても力になりません」


「じゃあ次はその呪文を唱えられる人を探さないとね」


そのとき、ガサガサと茂みの方から物音がきこえた。さきほど巨大なクマを相手にしたばかりだ。一同は身構え、マーガレットは剣を構える。


「また、クマさん?でもマーガレットが入れば――」


そう思ったときマーガレットは膝をついた。


「マーガレット!」


「さきほどの戦闘で少々力を使いすぎたのかもしれません」


《想いの力》は常人にとっては日々連発できるものではないのである。


「なら私たちで相手しなきゃね。かかってきなさい!」


マリーがファイティングポーズをとる。


「マリー様。お逃げください」


「マーガレットを放って逃げれるわけないじゃない!」


「しかし――」


その時だった。茂みの中から出てきたのは。

それは翼が生えており……さながら、


「天使……?」


天使を思わせたそれは――

カエルであった。

それは翼の生えたカエルであったのだ。


「て、お前かぁぁぁぁぁい!!!」


マリーはそのカエルを掴むと放り投げようとする。


「おや、これはマリー様。ご機嫌麗しゅうございますね。マリー様に放り投げられたあと、ほんとに翼が生えてきまして、て、あれ?また飛ばす気ですか?しかし、このハルヴェイユ、この翼で空を駆けることが出来ますゆえ、すぐに帰ってこられましょう」


「では、埋めましょう」


と言って穴を掘って埋めるマリーであった。


「ハルヴェイユ教授、大丈夫でしょうか」

カトレアが心配する。


「大丈夫よ。カエルって土の中で冬眠するっていうし、土の中で永眠しても同じでしょ」


マリーが言う。

「私たちはさっさと呪文を唱えれる人を探しましょ……あれ?」


――そういえば、マリーが最初にいた『永久庭園』、そこから出るとき、このカエルは《完全な世界の顕現》ってやつを使ってなかったか。


マリーは埋められたカエルの頭だけ掘り起こすと尋問をする。


「ねえ、ハルヴェイユ。あなた、この世界を元に戻せるわよね?」


「ええ、戻せますとも、てかこの演習を指揮したのはワタクシでありますゆえ、この密林を顕現させたのもワタクシでありますが……うっぷ」


マリーは顔だけだされたカエルに土をかける。


「何か聞こえたんだけど、密林を顕現させたですって?」


そう言いながらも土をかけていく、カエルの頭は埋まろうとしていた。


「ええ、てか、ちょっと、土かけるの止めてください。……うっぷ」


カエルはもう一度埋められた。


「諸悪の根源はコイツだったのよ。そして私はしかるべき制裁を加えた」


「マリー様、怖い……」


メイドたちに怖がられた。また、掘り起こされたカエルは観念して呪文を唱える。


「《完全な世界の顕現》」


そう言うと、カエルから発せられた淡い綺麗な光が水溜まりに落ちた水滴が作る波紋のように拡がって、その密林が波打つ。そして、霧のようにもやになって消えるともとの広大な中庭に戻ったのだった。


「てか、マリー様は《完全な世界の顕現》を唱えられるというのに!まったくもう!」


捨て台詞を吐いてカエルは去っていった。


「え?唱えられるんですか?」

カトレアが言う。


メイドたちとローズ一行の視線がマリーに集中した。


「え?嘘?唱えれるの?」


一番驚いたのは本人であった。


「《完全な世界の顕現》」


マリーが唱えると、淡い綺麗な光が、水面に落ちた水滴が作る波紋のように拡がった。マリーたちが水面映るように波打つと、霧のようにもやになって消えると、体のキズやもろもろがあらわになったのだ。


「痛っ!これってカトレアが治した傷よね」


カトレアが使ったのは《不完全な世界の顕現》、マリーの呪文は明らかに《完全な世界の顕現》であった。


メイドたちとローズ一行の視線が痛い。

そう、早い話。マリーがこれを唱えていれば、わざわざ危険を冒して密林を歩く必要もなかったのである。


「え、え、えっと。ごめんなさい!」


マリーは一同に謝罪をするのであった。


ときはすでに夕刻であった。今日のカリキュラムはこれで終わり。マリーは王宮に帰ると、俗事ぞくじを済ませ床に就いた。疲れからかすぐ寝入ってしまったようだ。メイドが布団をかけ直すと、そっと静かに部屋をでるのであった。

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