05話 お姫様は密林にて。

マリー一行が中庭にいると、誰かが詠唱した。


「《不完全な世界の顕現》」


その誰かの中で発せられた淡い光が、水溜まりに落ちた水滴がつくる波紋のように拡がって、そのだだっ広い中庭がだんだんと波打っていき、そしてもやになって消えると、自然溢れる密林が姿を現した。


マリーは、鬱蒼うっそうした密林のつたが絡みついて動けなくなっていた。


「急に、何よっ!」


じたばたするマリーであった。この行動により、返ってスカートがめくれようとしていた。

はて、今日のパンツはなんだったか。

メイドに着替えさせられたマリーは、記憶の中を探索する。


「て、あれ?下着を着けた覚えがないのですが……」


そう気づいたマリーであったがもう手遅れである。身動き一つ取れないマリーのそのスカートの中が見えようとしていた。


「ちょっとまった!それ以上はダメだから!PTAとかがうるさいから!ダメーーー!!!」


「今日のマリー様のパンツは縞模様です」


鬱蒼うっそうとした密林の中から声がした。草木に切りつけられながらやってきたのはメイドの一人であった。


「あんた何言ってんのよ!」


「しかし、こう言って置かないと。マリー様のスカートの中は迷宮入りですわ。ブラックボックスの中身はいつでも書き換え可能なんですのよ」


スカートの中が見えるか見えないか。そのきわどいときほど 想像力が掻き立てられるというが、あえて中を示すことでその想像力を封殺しようという話である。


はやく下ろせーと言わんばりに、じたばたするもんだから、メイドがせっせと蔦をほどく。


「パンツが見られた時点で負けなのよ!」


つたから解放されたマリーはメイドの紹介を受ける。


「申し遅れました。メイドのアザレアと申します」


「あ、よろしくね。今朝着替えのときにいたわね」


「なんとっ!」


メイドは体を仰け反らせ、鼻を抑える。


「マリー様に覚えていただくなんて、至極光栄なこと…!?」


――うちのメイドは変なのしかいないのか?


「マーガレットとカトレアとも合流しないとね。てか、この密林はなんなのよ」


「これは想いの力。おそらく、この敷地が使われなかった世界線、密林化してしまった世界を、現実にしたのでしょう」


並行世界からあったかもしれない世界を現実にする力-《想いの力》。


「あなたもその力使えるの?」


「……では見ていてください。《不完全な世界の顕現》」


アザレアが詠唱する。彼女の中から発せられた淡い綺麗な光が、水面におちた水滴の作る波紋のように拡がると、現実が波打っていく。その波打った現実がもやになって消えると新たな現実があらわになった。


「あれ?終わった?」


「……はい」


「何か変わったの?」


「傷を消しました」


そもそも目に見える傷ってほどでもなかったんだけど、確かに綺麗になった気がする。


「ええ、確かに、綺麗になったの、かな?」


アザレアは泣き崩れた。


「ええ、私の力はしょぼいですよ。マーガレット様と違い、私は三等級ですから」


想像力が強いほどこの力は強くなる。見えるか見えないか際きわどいときに、想像力が掻き立てられるように、人の想像力もまた時を選ぶのだ。


「マリー様、ご無事でしたか」


カトレアが合流した。


――カトレアも私と同じ二等級だったし、そんなに期待はできないか、となると、マーガレットを探すのが手っ取り早い。


「皆、集まってきたわね。とりあえずマーガレットを探しましょう」


「「はい」」


マリーの指揮の元、密林を歩く。

こんなときサバイバルマスターがいたらなと思うが、そんな人物は、どの世界線を辿ってみてもいないのである。しかしながら、メイドたちの誰かが小さい頃から暗殺術を習っていた。なんてことは起りうるわけで、偶然にもアザレアが、小さい頃から密林を歩くのに慣れていた。なんてそんな世界があったかもしれない。しかし、残念ながら、そんな数%の可能性があったとしても、それを現実にするのは想いの力でも高位の能力であり、結局のところ、マリーたちは素人でありながら、この密林を冒険しなければならないのであった。


閑話休題。


隊長マリーの指揮する分隊は、三人で構成されており、分隊長マリーを筆頭に、二等軍曹カトレアと三等陸曹アザレアであった。


「隊長、この水飲めそうですよ」


「誰が隊長だ、誰が。てか、朝から結構経つよね。お腹空いてきたんだけど」


「マリー隊長、こんなこともあろうかと、このアザレア、非常食を用意しております」


「それはでかした。三等陸曹。それで、なにを持ってる」


「ビスケットでございます」


それはもう半分粉々であったが、形の残ってるところを食べる。


「てか、なんでビスケット持ってるの」


「女子はみんな、ポケットにお菓子を持ってるっていいますもんねー」


カトレアが粉々になったビスケットを頬張る。初めて聞いたわ、今の言葉。

順当にすすんでいくと、ちょっと広いところに出た。


「ここをキャンプ地とする!」


マリー隊長が両手を広げて宣言する。すると、たまたま居合わせた。甲冑を着込んだ五人衆と目が合ったのだ。


「やだ、もう、恥ずかしい」


と身を縮めるマリーであった。それはさっきマリーがあしらったローズ一行だった。


「マリー様、ご無事でしたか」


息のあった隊列を組み、跪く。彼女らはその甲冑のおかげで傷ひとつなく、この密林を攻略してきたのだ。


――これは頼もしいではないか。このまま私の指揮下に入れよう。


なんて考えてたら、眼下のローズがもじもじしていた。


「てか、ローズさんってロサ学院ですよね。なんでこっちの演習に参加してるんですか」


カトレアが核心をつく。


――そういえばそうだった。サボりか?


怪訝な表情でローズを見つめると、弁明をはじめた。


「ち、違います。誤解です、あの、マリー様と離れたあと――」


〜回想〜

「うっっっしゃぁああぁ!マリー様に名前を覚えてる貰えたぞぉぉぉ!!!」


「てか、ローズさんだけ、ずるいです。私も名前覚えてもらいたかったです」

「見損なったぞ、ローズ。一人だけいい思いして」

「ローズさん、あなた一人の騎士団ではないのですよ」

「……ローズ傲慢」


「なんだ貴公ら、私に文句あるがあるのか?ならば剣で語ろうではないか!」

〜回想終わり〜


「それで喧嘩してたら巻き込まれたの?」


「気がついたら密林で、その、面目ない!」


彼女の剣技もまた、こういう内輪もめで鍛えあげられたといっても過言ではない。


――頼もしいと思ったけど、どうも心配よね。


「それで熊がでたので、シバいていたら、マリー様と出会ったわけです」


「クマ?」


彼女らの後ろをみると二メートルはある巨熊がされていた。


――わお。実は言うと物凄く強いんじゃない?この子達。


そういう事で、頼もしい家来を連れたマリーは密林の最奥に進むのであった。

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