第六部最終話:夏の訪れ

「今回もご苦労だったな」


 リンネ姫がそう言って笑みを向けてきた。


 あれから様々な雑務をこなしてようやく落ち着いたのは夏も盛りを迎えようとした頃で、俺たちは再びリンネ姫に呼ばれてゴルドへ来ていた。



「まったくだよ。ワールフィアに行っていた日々が既に懐かしく感じるくらいだ」


 俺はそう言うと手に持っていたスポーツドリンクのコップを傾けた。


 ゴルドに戻ってきたリンネ姫がスポーツドリンクのレシピを公開したところ瞬く間に人気となり、今では街中の屋台で売られるようになっていた。


 エルフが飲んでいる霊験あらたかな妙水、なんていう尾ひれも付いたせいかこちらではエルフ・ウォーターとも呼ばれている。


 このエルフ・ウォーターは日持ちがしないこともあって各地で特色のあるものが作られ始めていて、ゴルドではレモンと蜂蜜を加えた蜂蜜レモン風にしたのが人気だ。


 トロブではマンドラゴラのエキスを少し入れた滋養強壮効果のあるエルフ・ウォーターが人気で、わざわざゴルドから買いに来る人までいるくらいだ。



「お陰で私も祖母の生まれた地に行くことができた。これもテツヤのお陰だ」


 リンネ姫はそう言うと頭を下げた。


「お礼なんていいよ。俺も初めてエルフ国や獣人国に行けて面白かったし。…みんなには迷惑もかけちゃったけど」


 そう言って俺は首筋に手をやった。


 俺の首には今も封魔環が付いている。


 ウズナに力をもらってから封魔環の魔石が一つ以上赤くなることはなかったけど、それでも気になるものは気になるな。


「あれはテツヤのせいではないのだからそれこそ要らぬ気づかいというものよ」


「そうそう、テツヤは気にしすぎだ」


 ソラノが相づちを打ちながら麦の茎ストローを使ってエルフ・ウォーターを吸い上げた。


「しかしそれはいつまで身に着けていればいいのだ?」


「…うーん、あれからカーリンさんに会ってないからわからないんだよな。外し方も知らないし」


 アマーリアの問いに俺は首を捻った。


 結局あれ以来カーリンはトロブに戻っていない。


 グランももうしばらく獣人族の町にいるらしい。



「グランがそれは力を完全に制御できるようになったら勝手に外れると言ってた」


 フラムが口を開いた。


 なんでもグランが付けていた腕輪もこの封魔環と同じようなものだったのだとか。


 過去をあまり話さない二人だけど、どうやらグランとカーリンには浅からぬ因縁があるみたいだ。


「あの力を制御って…何年後になるんだ?」


 俺は軽く絶望して顔を仰いだ。


 下手したら死ぬまで外れないってことか?



「ご主人様だったらきっと大丈夫だよ。はいこれ」


 キリがそう言ってコップを渡してきた。


 中にはエルフ・ウォーターがなみなみと入っている。


「ああ、ありがとう…ぐぇっ、な゛、な゛ん゛だ゛こ゛れ゛”?辛い゛!辛い゛ぞ゛!」


 キリの渡したエルフ・ウォーターはとんでもない辛さだった。


「へへ~、実はフェリエさんから唐辛子エキスの作り方を教えてもらったんだよね。美味しいでしょ?」


「こ゛、こ゛れ゛か゛お゛い゛し゛い゛だ゛と゛…」


 テーブルの上にあったエルフ・ウォーターを片っ端から飲みながら俺は悶絶していた。


 龍人国やドライアド国に行ってからキリはすっかり唐辛子に嵌ってしまったみたいだ。



「と、ともかく、今日俺たちを呼んだのはなんのためなんだ?」


 ようやく一息ついたところで俺はリンネ姫に切り出した。



「ふふん、ようやく出来上がったこれを見せたくてな」


 リンネ姫が得意そうな顔で木箱をテーブルの上に乗せた。


 その中に入っていたのは…真っ白な紙の束だった。


「できたのか!」


 その紙は真っ白ですべすべで、日本のコピー用紙とほぼ変わらないくらいだった。


 微かに手触りがざらつく程度で使用には全く問題がないだろう。


「どうだ、この白さと手触りに到達するのはかなり手間だったのだがなかなか見事なものであろう?」


「これは本当に凄いぞ!俺の行った世界で使っていた紙とほとんど一緒じゃないか!」


「はっはっは、もっと褒めてよいぞ」


 リンネ姫は得意そうに顔を紅潮させている。



「これもあの亜晶のおかげだ。木材のパルプ化、漂白、パルプの結合、圧迫工程には複合魔石が欠かせないからな」


 俺たちが持ち帰った亜晶はリンネ姫の研究所で解析と研究が続けられているという。


 ウズナの脱皮したから採れた亜晶はフィルド国内で採れる亜晶よりも遥かに高純度なので複合魔石も数倍の効果になるのだとか。


「おかげで紙の大量生産も目途がついた。魔動車もほどなく実用になるだろうし、いずれは空を飛ぶ魔空機も実用化させてみせる。これは間違いなく魔導の新時代が来るぞ」


 そう語るリンネ姫の眼は火花を散らしたように輝いている。



「しかしそのためにはまずやることがある」


「特許制度、だろ?」


 リンネ姫が頷いた。


 元々この紙も特許制度のために必要だったのだ。


「これからは今よりさらに新たな知識、技術が生まれてくるだろう。その前にそれらを保護する制度を作らねばならぬ」


 リンネ姫が立ち上がった。


「それは亜晶が渡るベルトラン帝国も同じだ。今後は帝国と更に密に折衝をしていくことになるだろう」


 そう言ってリンネ姫がこちらに手を差し出した。


「テツヤにはこれからも頼ってしまうかもしれぬ。苦労を掛けるだろうしお主に甘えてしまうかもしれない。それでも私に力を貸してはくれないだろうか?私はこの国を、この世界をよくするために持てる力を使うと約束しよう。そしてテツヤ、あなたのためにも」


「もちろんだ。俺の力はリンネ姫のためにある。これからもよろしく頼むよ」


 俺はその手に自分の手を重ねた。


 アマーリア、ソラノ、フラム、キリもそこに手を重ねる。



 暑い夏の空気が部屋を包んでいた。

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