獣人族
第22話:獣人族
「獣人族ですか…申し訳ないのですが彼の者たちの最近の動向は私もよくは知らないのです。なにせここ数年はこの屋敷からほとんど外に出られなかったもので」
ルスドールはそう言って頭を下げてきた。
「あ、いや、そんな謝らないでください。こちらが勝手に話を進めたことなんで」
俺は慌てて手を振った。
「少なくとも戦力は数年前までは我々とそうは変わりませんでした。あちらはリオイという獅子人が頭領をしていたのですが最近その座を息子に譲ったと聞いております。我々と獣人族の関係が悪化したのもその頃です」
「ふうん、つまりどちらもトップが変わったことで今までの関係にひびが入ったということなのか。そういえばエルフ族と獣人族の戦力というのは具体的にどの位なんですか?」
「概ね千といったところでしょうか。即時対応できるのはその半分の五百程度だと思います」
「?エルフと獣人という割には少ないような…」
「ああ、その言い方には確かに語弊がありますな」
首をかしげる俺にルスドールが笑いかけた。
「エルフ族や獣人族は小部族が多数集まって大エルフ国、大獣人族を構成しているのです。我々は森エルフ族マスロバ氏族になります。敵対しているのは獅子人族パンシーラ氏族です」
なるほどね、エルフと獣人と言っても局所的な争いな訳だ。
「その通りです。今の規模でしたら上の部族が出てくることはないでしょう。言い換えるならば今の段階で留めておけば大きな争いにはならないということです」
それは元よりそのつもりだ。
やろうと思えば獣人族の氏族もエルフ族の氏族もまとめて叩き伏せることも可能だけど、そんなことをすれば将来の禍根となってしまうに決まってる。
そんなことになったら折角訪れることができたリンネ姫の故郷が滅茶苦茶になってしまうし、今後訪れることも叶わなくなってしまう。
「とりあえずそのパンシーラ氏族の話を聞かせてくれないかな…」
そんなことを話していると再び扉がけたたましく開かれた。
「た、大変です!獣人族が攻めてきました!」
町人の恰好をしたエルフが息も絶え絶えになりながら飛び込んできた。
「なんじゃとっ!?」
「さ、先ほど、獣人族の兵士が境界を越えて入ってきたと報告がありました!バルドが兵を引き連れて向かっています!」
「すぐに行く!案内してくれ!」
俺は屋敷を飛び出した。
「あちらです!」
従者のエルフに案内されながら俺たちは地面を高速移動していった。
「元々この辺りは昔から獣人族の領土だったのです。しかし水源となる川が獣人族の領土内を流れているためにエルフ族は川からこちら側の領土を賃借するという形で水源を共有してきました」
移動しながらラファイが事情を説明してくれた。
「しかし近年は川の流れが細くなってきており、数年前に獣人族から一方的に土地の貸与を取りやめるという通告があったのです。当然同胞からは反発の声が上がり、今の状況となったというわけです」
つまり獣人族的には自分たちの土地だという言い分があるわけか。
ほいほい請け負ったのは良いけどこれはかなり厳しいことになりそうだぞ。
森の木々が次第にまばらになり、やがて開けた草地へと変わっていった。
そして武装をした獣人の集団が見えてきた。
あの連中がパンシーラ氏族か!
そしてそれに対峙するようにエルフの姿が見える。
先頭に立っているのは当然バルドだ。
「遅い!」
着くなりバルドが怒声を上げてきた。
「早速貴様の仕事が舞い込んできたぞ。さっさとこ奴らを追い払え」
相変わらずどこまでも傲慢な奴だ。
とはいえやると言った手前まだ準備ができてませんとも言えない。
俺は獣人族の前に進んだ。
「俺の名前はテツヤ・アラカワ。テツヤと呼んでくれ。訳あってエルフ族の交渉人を買って出ることになった。今後の交渉は俺を通してくれないか」
「交渉だあ?」
獣人族の中でもひときわ図体のでかい男がずいと前に出てきた。
見事なたてがみを蓄えた獅子人だ。
この男がローベンという新頭領なんだろうか。
「あなたが頭領のローベンさんかな。今後ともよろしく」
俺が右手を差し出すとその男がベッと唾を吐いてきた。
臭い唾液がまともに頭にふりかかる。
獣人族の間から歓声と笑い声があがった。
「ヒト族が交渉人とか舐めてんのか?ああっ!?」
俺はハンカチを出して頭にかかった唾をふき取った。
切れるわけにはいかない。ここで切れたらリンネ姫やルスドールに迷惑が掛かってしまう。
「ククッ、どうしたのだ、そこの獣人と話をまとめ上げるのではなかったのか?唾を受け止めるだけならカエルにもできるぞ」
背後ではバルドが愉快そうに笑っている。
「こんな枯れ枝じゃあ話にならねえ!いい加減にクソエルフどもは俺たちの土地から出ていきやがれ!出ていかねえならこの棒っきれから先にぶった切るぞ!」
ローベンが剣を抜いて俺に突き付けてきた。
「やりたければやるがいい。しかしその交渉人は私が公認したのだ、そ奴を殺すのがどういう意味を持つのか猫並みの脳みその貴様にもわかるだろう」
「上等だよ!手前如きにビビってるとでも思ってんのか!」
プチン、と何かが切れた音がした。
ローベンが一瞬のうちに首まで地面に埋まる。
同時にバルドは乗っていた馬が仁王立ちになり、地面に投げ出された。
馬の蹄がバルドの頭の真横に振り下ろされる。
「な、なんだ?何が起きやがったんだ?」
「ひいいっ!」
バルドとローベンが叫び声を上げる。
「お前ら人の話を聞けよ」
俺は完全に切れていた。
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