第六部~魔界争乱:来たる変化に備えて

第1話:リンネ姫からの依頼

 ベルトランから帰ってきて数か月、リンネ姫から連絡が来たのはトロブに初夏が訪れようとしていた頃だった。



「ちょっと旅行に行ってみたくはないか?」


 リンネ姫は屋敷につくなりそう切り出してきた。


「そうだなあ…しばらく天気も良いみたいだし、どこかに行きたい気分ではあるかな」


「よし、決まりだな!早速準備をするのだ!」



 こうして半ば強引に連れていかれたのはフィルド王国の反対側、シュガリーという名の東の山裾に広がる地域だった。


「どうだ、なかなか良いところだろう」


「ああ、確かに良いところだな」


 シュガリーはまるで緑の絨毯を敷き詰めたように草原が山の麓まで広がる穏やかな場所だった。


「この辺りは牧畜が盛んでな、王家御用達のチーズやバターはここで作られたものなのだ」


「へえ~、そう聞くと感慨深いものがあるな…ところで」


 そこで俺は話を切り出した。



「俺をこんな所に連れてきたのはこの景色を見せるためだけじゃないんだろ?」


「ばれたか」


 リンネ姫が舌を出した。



「そりゃまあね。この辺で何か問題でもあったのか?」


「まあ問題と言っても大したことではないのだがな。それにテツヤはフィルド王国をまだ見て回っていないだろう?だから連れてきたかったというのも本当だ」


「確かにそう言われるとそうだよな。ワールフィアだのベルトランには行ってるのに自分の国はまだトロブやボーハルトの周辺しか行ってなかったもんな」


「そう!だからこそ連れてきたのだ」


 リンネ姫はそう言って胸を張った。



「ま、それはありがたいことだけどさ、とりあえず俺に頼みたい要件を済ませちゃわないか。観光はその後でゆっくりさせてもらうよ」


「うむ、それではついてきてくれ」



 リンネ姫に案内されて向かったのは山の麓だった。


「春先の雨季で山に向かう道が崩れてしまってな。これから忙しくなる季節だから早く修復しておきたいのだ」


 確かに雨による土砂崩れで道が大きく流されてしまっている。


 人力でやろうとするとかなりの手間だろう。



「これだったらお安い御用だよ」


 俺はさくっと土砂を取り除いて道を元通りに直した。


「ついでに土砂崩れが起きそうなところも保全しておいたよ」



「凄え、本当に瞬く間に直ったぞ」


「姫様の言う通りだ!」


「これがテツヤ様の力か。実際に見てみるととんでもねえな!」


 見学していた住人たちからどよめきのような歓声が上がった。


 それを聞いてリンネ姫が得意そうな顔をしている。


 ひょっとしてこれが目的だったのか?



「まあそんな顔をするな。ベルトランでの件はこっちにも知れ渡っているのだ。だったらこちらでもテツヤの力を見せねば不公平というものであろう?」


「そう言われるとそんな気もするけど…それよりもこれは何かを運搬するための線路なのか?」


 俺はぐるりを辺りを見渡した。


 道には木でできた二本のレールが延々と伸びていた。


 土砂崩れで流されてしまっている部分もある。



「ああ、これは我が国で最も重要な産業線路の一つなのだ」


「ということは向こうで何かを作っているのか?」


「ちょうど良い機会だし視察に行ってみようか。テツヤも知っておいた方が良いだろうからな」



 線路を直しながらなだらかな丘の上を登っていくとその先は広大な草原になっていた。



「こ、これは…?」


 そこに広がる光景を見て俺は次の言葉を繋げられなかった。



 そこには無数のスライムが蠢いていたからだ。



 白色半透明でつるりと半球型のスライムが一心不乱に草を食んでいる。


 大きさは直径一メートルくらいで大きなものはその倍近くある。



「…これは一体何をしてるんだ?」


「なんだ、砂糖スライムも知らなかったのか」


 リンネ姫が呆れたような顔をした。



「砂糖スライム?初めて聞いたぞ」


「シュガリーはフィルド王国の主要産物である砂糖の一大生産地なのだ」


「砂糖の産地…てことはまさか…」


「そう、砂糖はこの砂糖スライムから作られるのだ!」



 マジかよ。



 そういえば確かに不思議ではあったんだよな。本来なら高級品であるはずの砂糖をたくさん使うお菓子類がゴルドやトロブでさえ普通に食べられていたのは。


「この辺は気候や地質が砂糖スライムの食べる草に適していてな。この草は牧草としても優秀なのでシュガリーは砂糖と牧畜が盛んなのだ」



「気候も穏やかで景色も良いから昔から貴族の別荘地としても有名なのだぞ。我が家や王家の別荘もあの辺にある」


 アマーリアが遥か彼方を指差した。


 その先には王城のような立派な屋敷が幾つも建っている。



「夏や冬はここらで過ごすことも多いな。今夜は特別に我が王家の別荘に泊まらせてやろう」



「確かに景色も良いし過ごしやすそうなところだもんな。それよりも…」


 俺は後ろで草を食べ続けているスライムに目をやった。



「あれからどうやって砂糖を作るんだ…?」


 なんか嫌な予感しかしないんだが。



「見たいか?見たいのだな?」


 リンネ姫がやけに嬉しそうな顔をしている。


 いや、見たいか見たくないかと言われると見たくないような…



「遠慮するな、せっかくだから我が国きっての産業を知っておくといい」


 リンネ姫は俺の腕を取ると強引に引っ張っていった。

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