第39話:ベルトラン十五世の提案

「俺がウルカンシアを?」


 ゼファーが頷いた。


「ちょ…」


 立ち上がるリンネ姫をゼファーが手で制した。


「今は余がテツヤに話しているのだ。リンネ姫、そなたの意見は後で聞こう」


 その言葉には帝王の重みがあった。


 それでも尚詰め寄ろうとしていたリンネ姫だったけれど、結局我慢して座り直した。



「知っての通り彼の地はまだまだ問題が多く独立派の気運も高い。同時にまだまだ発展する可能性も秘めている。主があの地を治めるならばそれは他の誰が成すよりも進むだろう。それは彼の地に平和をもたらし、ひいてはこの大陸の安寧にも繋がることになるはずだ」


 俺はゼファーの話を聞き続けた。


「主には彼の地を治めるにふさわしい地位を授ける。元老院議員にも匹敵する地位、そして権利もだ。あの地をどう扱っても構わぬ。主の好きにしていい」


 ゼファーはそこで言葉を切った。


「どうだ、やってみぬか?」





「確かにこれは大した申し出だと思う」


 長い沈黙の後で俺は口を開いた。



「俺の力をそこまで買ってくれているのは素直に嬉しいよ。ウルカンシアには縁もできたし、気にならないと言えば嘘になるしね」


 ゼファーは黙って俺の話を聞いていた。



「それでもやっぱり俺の居場所はフィルド王国なんだ。ここにはかけがえのない仲間もいる。まだまだやりたいこともある。だから申し訳ないけどその誘いは断らせてもらうよ」


 背後でみんなが安堵の吐息を漏らしたのが聞こえる。



「そうか。ならば仕方がないな」


 意外にもあっさりとゼファーは引き下がるとリンネ姫の方を向いた。



「リンネ姫、何か言いたいことがあったのではないか?」


「あ?ああ…いや、言いたいことは特に何もない…ですわ」


 急に話を振られて慌てるリンネ姫を見てゼファーが笑みを浮かべた。



「ならばこちらの話を続けさせてもらおうかな。余は今後フィルド王国との関係を一層深めていこうと思っている。特に農業や魔術、技術の面で協力体制を築いていきたいのだ。そのことについていかが思う?」


「え、そ、それは…喜ばしいことと存じ上げますわ…」


 リンネ姫の言葉を待たずにゼファーが満面の笑みを浮かべた。



「であるか!ならば我が国とそちらとで専門の担当官を立ててより詳しく話を詰めていくことにしようではないか。そちらからは是非ともテツヤを充ててもらいたいのだがいかがかな」


「んな?」


 話が急展開すぎてついていけないぞ。




「どうだ?この協定が結ばれれば貴国は我が国の技術、魔術に今まで以上に触れることができるようになるぞ。更に両国間の交易の関税も下がることになろう。これは両国にとって益になることだと思うが」


「待った待った待った!いきなり担当官と言われても困るぞ。何をやるのかすらわからないってのに」


「なに、大した仕事ではない。ただ単に今までよりも我が国内で自由に動けるようになる程度だと思ってくれ。まあ前から自由にやっていたとは思うがな」


 う、今更それを持ち出すかよ。


 結構物覚えが良いなこの王様は。




「…わかりました」


 しばしの沈黙の後でエリオンが口を開いた。



「おそらく詳しい内容は後程正式に詰めることになると思いますが、我が国としましても願ってもない提案でありますので担当官の件も含めて前向きに進めていきたいと思います」


 うむ、とゼファーは満足そうに頷いた。


「よろしく頼んだぞ。ひとまずは式典までゆっくり休むといい。このガルバジアもまだゆっくり回っていないだろうしな」







「…いいのかよ」


 ゼファーの居室から出て用意された部屋に戻った俺はエリオンに問いただした。


「何がだい?」


「あんな協定を勝手に決めちゃったことだよ。国王の了承を得なくてもいいのか?」


 ああ、それか、とエリオンは肩をすくめた。


「あのくらいなら何でもないよ。正式な話はこれからだからね。それにベルトラン帝国との緊張が和らぐのならフィルド王国としても願ったりさ。陛下もそれを分かったうえで持ち掛けてきたんだろうしね」


「そうなのか?」


「ああ、悔しいがお兄様の言う通りだな」


 リンネ姫が頷いた。



「そもそも最初に言ったテツヤにウルカンシアを任せるというのがはったりだったのだ。本心もあったかも知れぬが、おそらく承諾されるとは思っていなかっただろう。つまり我が国と協定を結んでテツヤを担当官に、というのが本命だったというわけだ」


 なるほど、交渉術でいう所のドア・イン・ザ・フェイスって奴か。



「同時にこちらへの牽制もあったとのだろうな。譲歩してやるからこの要求は呑むように、とな。こちらとしても無下にはできぬし実際願ったりな条件でもあった。まったくいけ好かぬ王だ!」


 リンネ姫はそれでも納得できないというように怒っている。



「まあまあ、フィルド王国にとって良いことなら良いんじゃないのか?」


「あやつがテツヤを自分のもののように思っているのが気に食わんのだ!テツヤは私のものだ!」


 いや、それはそれで違う気もするが…


「そうですよ、リンネ姫」


 アマーリアが口を開いた。


「テツヤは私たちの共有財産ですから」


「そ、その通りです!リンネ姫と言えどもこれは譲れません!」


 ソラノが声を張り上げた。


 その言葉にフラムとキリもうんうんと頷く。


 いや、それも違うんじゃないかな?

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