第34話:灼熱のアグリッパ

 瓦礫の下敷きになっていたはずのアグリッパが俺たちの目の前にいる。


 長身痩躯の身体は服こそ破けているものの傷一つ付いていない。


 アグリッパは他の三人と同じように全く無表情で俺たちを見つめていた。



「ったく、大人しく寝とけばいいものを」



 俺はぼやきながら汗をぬぐった。


 アグリッパは体から猛烈な熱を発していて既に広間は暑くなり始めている。



「ククク、貴様も少しはやるようだが燼滅じんめつ教団最強の戦士、灼熱のアグリッパの相手にはなるまい」


 アグリッパの背後で余裕を取り戻したスカルドが哄笑した。



「無駄なことだ。既に我が軍がここへ向かっている頃だろう。ここで時間を稼いでも貴様に逃げる場所などないぞ」


 ゼファーが呆れたように言った。


 ここへ向かう道中でヘルマが部下に連絡を取っていたのだ。


 いずれベルトラン軍がこの神殿を包囲するだろう。


 既にスカルドはいや燼滅じんめつ教団は死に体だと言って良かった。



「逃げる?この儂が?」


 スカルドが目を剥いた。



「何故儂に逃げる必要がある!我らは神に選ばれた信徒!この世に居場所がなくなるのではない!神のもとに召される時が来ただけだ!」


 口から泡を吹きながらスカルドが吠えた。


 その眼は既に常人のものではない。



「アグリッパよ!我が忠実なる信徒よ!我らがウルカン様の元へ行くまで今しばらく時を稼ぐのだ!そのために貴様が持つ全ての力を開放してやろう!」


「ぐっぐあああああああっ!!!!!」


 スカルドの詠唱と共にアグリッパが絶叫した。


 アグリッパの全身を覆っていた紋様が発光しつつ広がっていく。


 それは既に紋様ではなかった。


 紋様に覆いつくされたアグリッパは全身から光を発している。


 跪いて地面についた手が岩を溶かしてめり込んだ。


 どんだけ高温になってるんだよ!




 しかしその熱はアグリッパ自身をも蝕んでいた。


 アグリッパの身体が少しずつ融解し、地面にマグマのしたたりとなって落ちている。



「ゆけい!その命尽きるまで神聖なる火で邪教徒どもを焼き尽くすのだ!」



 スカルドはアグリッパに命令を下すと奥にある扉の向こうへと逃走していった。



「あ、こら待ちやがれ!」


 追いかけようとしたが目の前にアグリッパが立ちはだかった。


 熱気で体が炙られるみたいだ。



「クソ、人間コンロかよ」



 俺はヘルマが持っていた剣を拾い上げるとゼファーに渡した。



「俺はちょいとこいつを片付けてくる。今度はあんたがヘルマとエイラを守るんだ。できるよな?」


 ゼファーは迷うことなく俺が差し出した剣を掴んだ。



「誰にものを言っている。余はこの国の王だぞ。臣下を守るのが王の役目だ」


 強がってはいるがその手が微かにふるえている。


 しかしゼファーの眼に恐れや迷いはなかった



「言うじゃないか。じゃあ頼んだぞ!」



 俺は壁に穴を開けて三人を隣の部屋へ逃がした。


 隣の部屋は内側からかんぬきをかけられるようになっているから敵が来てもしばらくは持ちこたえられるだろう。



「さて、ローストされる前にこっちを片付けないとな!」


 振り向きざまにアグリッパの足下に穴を開ける。


 しかしアグリッパは落ちない。


 よく見るとアグリッパは宙に浮かんでいた。


 これも奴の力なのか?熱で浮かんでいるんだろうか?



「チッ、地下に封印する方法は無理かよ!」



 アグリッパがこっちに突っ込んできた。


 既に知性や理性が失われているのかただ直線的にぶつかってくるだけの攻撃だ。


 激突した壁が熱で溶け落ちる。



「熱っ!」


 避けたはずなのに熱で体が焼けるようだ。


 岩を溶かすってことは千度以上あるのか!



 アグリッパが腕を振るった。


 マグマの飛沫がこちらに向かって凄いスピードで飛んでくる。



「クソ!」


 とっさに地面を壁に変えて防ぐ。


 防いだ、と思った時に上からマグマの滴りが降ってきた。



「危ねえっ」


 嫌な予感に横っ飛びすると真上からアグリッパが突っ込んできた。


 床を溶かし地面にめり込んだがすぐに飛び上がってくる。



 自らの熱で溶解し続けているアグリッパは体の三分の一が失われようとしていた。


 それでも俺に対する戦意は変わらない。


 足元に落ちていたヘルマの剣の片割れが飴のように溶けて地面に広がっている。


 ということはアグリッパの発する温度は千五百度を超えてるということか。



「まったく、死ぬことになっても己の信心を貫くってか。感心したいところだけど自分が狙われてるってのはぞっとしないな!」



 再びアグリッパが突っ込んでくる。



 その体が地面から生えてきた金属の槍に串刺しになった。



「ぐもおおおおおおおっ!!!」


 アグリッパが吠えた。


 まるでマグマが煮え立つような声だ。


 鉄をも溶かす灼熱の手で槍を掴むが槍は全く溶けずにアグリッパの身体を貫き続けた。



「ここが山の中で助かったよ。そいつはタングステン鉱だ。鉄を溶かすあんたでもそいつを溶かすことは無理みたいだな」


 タングステン鉱の融点は三千度を超える。


 鉄を溶かすことはできてもタングステン製の槍を溶かすことはできないらしい。



「ぐるるるうううあああああっ!」


 既に人としての形状を保てなくなったアグリッパが自分の身体を溶かしながら這いよろうとしてきた。



「悪いけどこれで終わりにさせてもらうぜ」



 手をかざして天井からタングステン鉱の槍を生み出した。


 金とほぼ同じ比重を持つタングステン鉱の槍が次々とアグリッパに降り注ぎ、地面へと突き刺さる。


 土埃が晴れた時、アグリッパの姿は地中奥深くに消え、タングステン鉱の槍が墓標のように突き立つばかりだった。

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