第32話:隠された場所

「それで、俺たちだけ残してどうしようってんだい?」


 俺たちはエルニックとテーナに残ってもらって坑道の中を歩いていた。


「さっきあんたが言った言葉がちょっと気になってさ。ほら、女王が残した卵の殻がどこかに眠っているっていう」


「あ、ああ、それか。しかしそれは単なる言い伝えだぜ。今まで何人もの仲間たちが探しに出たけど一度も見つかったことはねえんだ」


 エルニックが無理だというように首を振った。



「それはさ、その場所が隠されていたからなんだ」


 俺はそう言って壁に手を当てて穴を開けた。



 開けた穴の先は球場ほどの広さの空間で全体が分厚い鉄片で埋め尽くされていた。


 おそらくこれが鉄喰蟲てつはみの卵の殻なのだろう。




「こ、これは……」



「きっと鉄喰蟲てつはみは卵を隠す習性があるんだろうな。ここは昔の女王が使った孵卵場ふらんじょうなんだと思う。こういう場所がこの地中に幾つもあるよ」



 エルニックとテーナは俺の言葉を聞いているのかいないのか卒倒しそうな顔でその空間を見つめている。



「どうだろう。これなら俺たちに売るだけの鉄が確保できるんじゃないかな?」


 そう言った途端、俺はテーナに両腕を掴まれた。



「確保なんてもんじゃありません!これはこの鉱山やまの十年分の採掘量を超える量ですよ!」


 テーナはそう叫んで俺を胸に抱え込んだ。


 テーナの豊満な胸に俺の顔がうずまる、と言うか三メートル以上ある巨体なので体全体が包み込まれる。


 く、苦しい…



「ありがとうございます!これでこの私たち一族は救われます!」


 歓喜の涙を流しながら俺の身体を抱きしめてきた。


 し、死ぬ…、このままでは死んでしまう!



「あ、す、すいません、つい興奮してしまって」



 痙攣し始めたところでようやく解放してくれた。


 花畑の向こうに川が見えかけてた…



「と、ともかく、これで鉄は売ってもらえるわけだよな」


「ええ、本当にテツヤさんのお陰です。ありがとうございます」


 テーナが目尻に浮かんだ涙をぬぐって笑顔で答えた。



「それで値段のことなんだけどさ、今の鉄価格の三倍の料金で買わせてもらうよ」


「そ、それはできません!これだけお世話になっているのにそんな高い値段で買ってもらうなんて!」


「そ、そうだぜ!テツヤさんたちにだったら赤字で売ってもいい、なんならただで持っていってくれてもいいんだ!」


 驚き慌てふためく二人に俺は首を横に振った。



「いや、これは正式な交渉だから正規の値段で取引させてほしいんだ。それにこの鉱山が立ちいかなくなったら俺たちも困る。これは俺たちのためでもあるんだ」


 心配そうな顔で振り返るテーナにアマーリアが困ったように笑って肩をすくめた。


「諦めろ。テツヤがこう言いだしたら決して曲げないからな」



「…すいません、何から何まで」


 涙をぬぐいながらテーナが何度もお礼を言ってきた。


「いいんだって。でも一つお願いを聞いてくれるかな?」


「はい?」


 俺の言葉にテーナとエルニックは不思議そうな顔をした。





    ◆





 落盤に遭った鉱夫たちが無事に戻り、しかも久しぶりに鉄喰蟲てつはみまで見つけてきたとあってその日は鉱山を挙げての宴が開かれた。


 俺たちもそれに呼ばれ祝杯を交わしあった。



「いやあ、ほんと一時はどうなることかと思いましたよ!」


「それもこれもテツヤさんたちのお陰だ!」


「しかも鉄喰蟲てつはみまで見つかるんだから、こいつは上向いてきたんじゃないか?」


「ささ、テツヤさん飲んでくださいよ。こいつは地場産の焼酎ですよ!」



 笑い声と共に何度も酒杯が交わされ、テーブルには見たこともないような料理がずらりと並んでいた。



「美味い!これは美味いな!」


「本当です。こんなに美味しいものは初めて食べましたよ」


 アマーリアとソラノも目を輝かせて料理を頬張っている。


 二人の言葉は確かにその通りで、どれも山の幸とハーブをふんだんに使った美味しい料理ばかりだった。


 しかもテーナたち小巨人族のサイズに合わせているからどれもこれもボリュームがとんでもない。


 一皿で普通のヒト族なら一家族が満腹になりそうな量だ。



 特に美味しかったのが白身の巨大な蟹肉のような料理で、溶かしたバターを付けて食べるとこの世のものとは思えないようなうま味が口の中に広がる。



「凄いな。こんな肉は初めて食べたよ。蟹に似てるけどもっとみっしりしてて食べ応えがあるというか。これならいくらでも食べられそうだ」


「それは鉄喰蟲てつはみの肉ですよ」


 テーナが隣で料理をつつきながら答えた。



 それを聞いてアマーリアとソラノが飲んでいた酒を盛大に噴き出した。



 て、鉄喰蟲てつはみ……?これが?


 俺の脳裏に地下で蠢いていた巨大な蟲の姿が蘇る。



鉄喰蟲てつはみを殺すことは禁じられていますが、たまに弱った固体が地上に出てくることがあります。その時は鉄喰蟲てつはみを余すことなく利用するのが一族のしきたりなのです。鉄喰蟲てつはみの肉は滋養強壮にもいいんですよ」


 ささ、どうぞもっと食べてください、とテーナが鉄喰蟲てつはみの肉を差し出してきた。


 どうぞと言われても…



 フラムは平気な顔で食べ続けている。


「山で生きる者にとって虫は貴重な栄養源。それにこれは美味しい」


 あ、そうなのね。



 食うべきか食わざるべきか、俺の頭の中では食欲と鉄喰蟲てつはみが取っ組み合いをしていた。


 が、最終的に食欲が勝った、というか蟹味には抗えなかった。


 その位鉄喰蟲てつはみは美味いのだ。



 アマーリアとソラノも俺たちの様子を見て意を決したように再び食べ始めた。


「す、姿さえ想像しなければなかなかいけるしな」


「ア、アマーリア様、姿とか言っては駄目です!これは肉!ただの美味しい肉ですから!」


 こうして宴は夜遅くまで続いていった。

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