第42話:自由の価値

「そうですか、全てはこのワンドという男が原因だったのですね」


「ああ、カドモインもランメルスもこやつに操られていただけだ」


 セレンから渡されたマントを身にまとい、リンネ姫が呟いた。


 その言葉に一抹の虚しさを見たのは俺だけだろうか。



「そしてあの者がこのワンドに作られた魔導人形だと」


 そう言ってセレンは壁の方を振り向いた。


 視線の先には物言わぬ骸となったリュースが横になっている。



「ああ、俄かには信じがたいがあの者は人ではないらしい」


 俺たちはリュースの周りを囲んだ。



「これが…いやこの者が人の手によって作られた存在とは…」


 アマーリアが驚いたように息を呑んだ。


 それほどにリュースは人間に近かった。


「ワンド、道さえ間違えなければ黄金の装飾をまとってその名を残せたというのに…」


 リンネが寂しそうに嘆息した。



 今でもリュースが魔導人形、人造生命体だなんて信じられないくらいだ。


 いや、人の手によって使役するためだけに作られた存在だったからこそあれほど自由を渇望していたのかもしれない。


 俺はリュースの亡骸をかき抱いた。



「リュース、何を考えていたのかさっぱりわからなかったけど、お前のお陰でリンネ姫を助けられたよ。せめて安らかに眠ってく…」


 弔いの言葉を言おうとした俺の口が突然塞がれた。


 塞いでいるのは…リュースの唇!?



「んなああっ!?」


 驚いてのけぞる俺にリュースが舌を出して笑いかけている。


「もう、王子様のキスで目覚めたかったのに全然してくれないから我慢できなかったじゃん!」


「お、お前…生きてたのかよ!」



「生きてた…って言うのかな?ほら、あたしってば魔導人形だからさっ。生きるとか死ぬとかとはちょおっと違うんだよねえ」


 そう言ってリュースは跳ね起きた。


 ワンドに砕かれた傷もすっかり塞がれている。


「…ワンドが死んでも関係ないのかよ。ほとんど何でもありだな…」


「まーねー。でもあいつが死んでくれたおかげで魂の制約もなくなったみたい♪」


 そう言ってリュースは嬉しそうにくるくる回っている。



「そうか…じゃあ感想を聞かせてくれないか?」


「感想?なんの?」


 リュースがきょとんとしてこっちを見た。



「自由のだよ、リュース。それが自由だ」


「…これが…自由…?」


「ああ、リュースを縛るものは何もない。これからは自分の意志で生きていけるんだ」


 リュースは自分の手を、体を見回し、それから少し戸惑ったような顔で俺の方を見た。


「…えっと…なんかよくわかんないや」


「それでいいさ」


 俺は立ち上がった。


「正直俺だって自由っていうのがどういうものかわかってないしな。リュースだって自由が何なのかこれから知っていけばいいんじゃないか」


 そしてリュースの肩に手を置いた。



「でも少なくとも今のリュースを止めようとする者はここにはいないよ。言っただろ?行動がその人に対する認識を変えると」


 俺の言葉にリュースが眼を見張った。


「…じゃ、じゃあ、あたしは何をしても良いの?どこへ行っても?」


「ああ、リュースは自由だ。そうだろ?リンネ」


 振り返った俺にリンネ姫が困ったように肩をすくめた。



「仕方あるまいな。そ奴には手間をかけさせられたが世話にもなった。それに我が国に魔導人形を裁く法もないしな」


 リンネ姫は言葉を続けた。


「だがこれだけは覚えておくがよい。今後我が国民に仇なす行為をした場合はお主が何者であっても法の裁きを受けてもらう、と。私が認めるのはそれを遵守したうえでの自由だ」


「だ、そうだ。リュースはこれからどうするんだ?」


 俺の言葉にリュースは腕を組んで考え込んでいた。


「うーん…何をしたらいいのかはわからないけど、まずは色んな所を見て回りたいかな。まだまだ見たことのないところがたくさんあるからさ。魔界にも行ってみたいし」




「まあそういった話はおいおいするとして、まずは上に行かぬか。こんな所にいては息が詰まる」


 リンネ姫の提案に否があるわけもなく、俺たちは地上へと上がっていった。



「ああああっ!!!!」


「な、なんだっ!?いきなり驚かすでない!」




 地上に上がったところで突然気付いて叫び声をあげたせいでリンネ姫が驚いている。



「まだ外に屍人グールが残ってるじゃないか!」


 屋敷全体を塞いでいたから無事だったけど町の外には十万を超える屍人グールがひしめいているのだ。


 まずはそれをどうにかしないことには帰るに帰れないぞ。



「なんだ、そんなことか」


 リンネ姫が呆れたように息を吐いた。



「それならばもう片付いているわ。外に出てみよ」


「で、でも外には屍人グールが…」


「大丈夫だというのだ。さっさと開けぬか」


 正直不安だったけどリンネ姫にここまで言われては仕方がない、俺は恐る恐る屋敷を覆っていた石壁をどかして入り口を作った。






「…こ、これは?」


 外の風景を見て俺は絶句した。



 屋敷の周りに詰めかけていた屍人グールの大群が全て地に倒れ伏し、ただの死体へと変わっていたからだ。


 十万を超える屍人グールの大群は既に灰へと変わりかけている。



「一体誰が…?」


 予想外の光景に唖然としている俺にリンネ姫が空を指差した。



「みなさーん、ご無事でしたか~?」


 そこには箒に乗ったカーリンが空を舞っていた。



「万が一のことを考えて先生にも来てもらっていたのだ」


 マ、マジかよ……


 これだけの大群を一人で片づけるとかあの人は何者なんだ。



「言ったであろう、先生は大魔導士だと」


 リンネ姫は誇らしげだったけど同時に忌々しそうに眉をひそめてもいた。



「なんか嬉しくなさそうだな」


「当たり前だ!」


 俺の言葉にリンネ姫が吠えた。



「本当だったら先生に貸しを作って断れなくしたうえで国賓として王宮に招きたいところなのだぞ!それが借りを作ることになってはますますその道が遠のいてしまったではないか!」


 そ、そんなことを考えてたのかよ。


「当然だ!先生の力があれば我が国の魔導研究がどれほど進むことか!私だってまだまだご教授いただきたいのに!」


 珍しくリンネ姫が本気で悔しがっている。



「でもまあ、これで一段落だろ?」


「…ふん、まあその通りだな」



 リンネ姫が息を吐いてこちらを向いた。


「テツヤ、今回は本当に世話になった。この礼はのちほど正式にしよう」


「良いって、そんなこと。むしろ助けられたのはこっちの方だし。それより早く帰ろうぜ」



「全く、そう言うと思ったよ。だがその通りだな。まずは帰るとしよう」


 リンネ姫がおかしそうに笑った。


 屋敷から見下ろす静まりかえったボーハルトの町に明るい太陽の光が降り注いでいた。

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