第40話:ワンドの野望
「フィルド王国を…手に入れる…だと?」
「いかにも」
ワンドが満足そうに頷いた。
「ワールフィアを追放されて気付いたのじゃよ。自分の国を作れば追放されることもなく自由に研究ができる、とな。運よくその頃にカドモイン卿と知り合って世話になったいうわけじゃ」
「それでカドモインを操っていたという訳か」
「然り然り。カドモインを操り、ランメルスに内乱を起こさせれば楽にこの国を手に入れられると思ったんじゃがのう。人生なかなか上手くいかぬものよ」
ワンドは腕組みをしてため息をついている。
「次にランメルスを倒したとかいう貴様を篭絡して操ろうとしたのじゃがこの様よ」
そう言ってワンドは憎々し気に傍らにいるリュースを睨みつけた。
リュースは先ほどから石のように固まったままだ。
「まったく、言われたこともできんとは、せっかく作ってやったのにとんだ失敗作、出来損ないの人形じゃわい。じゃがまあこうしてリンネ姫を捕らえて儂の人形にしてしまえば目的は果たせるからよいのだがのう」
「リュースが…手前の人形だと?」
「その通り!こやつは儂が作った魔導人形じゃ!魔力で動く不死の肉体を持った人の形をしたモノ、それがこいつよ」
ワンドが叫んで手を振り上げた。
その動きに導かれるようにリュースがワンドの足下に引き寄せられ、跪くと頭を地面にこすりつけた。
ワンドがその頭を踏みつける。
「じゃがこいつは失敗作じゃ。儂の言うことを碌に聞かん。そこの男を殺して来いと命じたのに連れてくるとは、犬にも劣るわ」
「てめえ!何してやがる!」
「もう一度命じる、二度は言わんぞ。あの男を今度こそ殺すのだ」
ワンドは俺の声を無視してリュースに命じた。
その言葉にリュースの身体がびくりと跳ねる。
しかしリュースは動こうとしなかった。
「どうした?儂の命令が聞けんのか?貴様の魂は儂の意思と結びついておるのじゃぞ。命令に背くのがどれほどの苦痛かわかっているはずじゃがのう?」
「あは、確かに苦しいよ。今にも身体が引き裂けそうだよ」
頭を踏みつけられながらリュースが言った。
全身が細かく震え、耳と耳、鼻から血が流れているが顔には笑みを浮かべている。
「でもさ、あんたの命令に従うのはもうまっぴら。あたしは自由に生きるんだ」
リュースはそう言うとぶるぶると震えながら右腕を持ち上げ、ワンドに中指を突き立てた。
「やはり失敗作は失敗作か」
ワンドがため息をついた。
「新しい人形も手に入ったことだし、壊れた人形は処分せんとな」
ワンドが手を振るとリュースが真横にすっ飛んで壁に激突した。
全身を砕かれ、糸の切れた人形のように地面に倒れて動かなくなる。
「てめえええええええっ!!!」
俺はリンネ姫が拘束されていた石壁をワンドに向かって放った。
「無駄じゃというのに」
ワンドが手を前に出すと石壁がそのままこちらに返ってきた。
しかもさっきよりも遥かに高速で。
「うおっ!」
寸前でなんとかそれをかわす。
「クソッ!」
「待つのだ」
歯噛みして体制を立て直そうとした俺をリンネ姫が制した。
「あのままでは奴には勝てぬ」
「それでも!」
「黙って聞くのだ」
リンネ姫はそう言うと髪に刺さっていたかんざしを抜いた。
俺が作り、カーリンが抗魔術式を施したかんざしだ。
「これがあればしばらくは奴の魔力を相殺できるはずだ。私も援護しよう。接近戦になるがやってくれるか?」
俺は一切の躊躇もなくそのかんざしを掴んだ。
「当たり前だ!あの野郎をぶっ飛ばしてやる!」
かんざしをバッジへと変えてシャツに留め、俺はワンドに向かって突進した。
「魔導完全封殺術式!」
後ろでリンネ姫が詠唱を唱えている。
俺たちの作戦が上手くいってるのかワンドからの魔術はまだ来ない。
拳さえ届けば、あいつの顔面に一撃さえ入れられれば。
「やれやれ、若人というのは本当に学ぶことを知らぬのう」
ワンドが首を振り、その瞬間俺の顔面を衝撃が襲った。
「がはっ!」
俺は数メートル吹っ飛んで床を転がっていった。
「ば、馬鹿な……」
まるでグランにぶん殴られた時みたいだ。
視界が二重三重に揺れている。
ぼやけた視界の奥のワンドは体が数倍に膨らんでいた。
「儂が肉体強化をしていないとでも思っていたのかえ?」
今やワンドの身体は筋骨隆々の巨体となっていた。
その肩の上に今まで通りしわくちゃな老人の頭が乗っているから違和感を通り越して不気味ですらある。
「ク、クソ爺が……」
血反吐を吐きながらなんとか立ち上がったけど膝が震えている。
さっきの一撃であばらが何本か折れたみたいだ。
辛うじて周りの鉄分を集めて剣を作り上げる。
「ほほっ!拳では届かぬから次は剣か!よくよく学習せぬ奴じゃな」
ワンドが呆れたように笑った。
「うるせえっ!」
半ばやけくそで剣を構えて突っ込んでいく。
しかし、その剣はワンドへは届かなかった。
ワンドが鋼鉄の鎧を作り出して全身を覆っていたからだ。
「貴様にできることは儂にもできると何故わからんのじゃ」
諭すように言うと手甲をつけたワンドの拳が俺の腹にめり込んだ。
「ぐぶっ!」
体の中から聞こえる骨の折れる音と共に再び俺の身体が吹き飛ぶ。
「テツヤ!」
床に転がる俺の元にリンネ姫が駆け寄り、再度治癒魔法をかけてくれた。
しかし明らかに効果が薄れてきている。
リンネ姫の魔力も限界に来ているのだ。
「性懲りもない真似を…んん?」
こちらへ向かって来ようとしたワンドの動きが止まった。
その全身が淡い光に包まれている。
「聖不動縛術式か、小癪な真似を」
忌々しそうに呟き、リンネ姫の術を強引に破りながらゆっくりとこちらへと向かってきた。
「全く無茶な真似をして、これではいくら治癒魔法をかけても追いつかぬぞ……ん?」
俺は治癒魔法をかけるリンネ姫の腕を掴んだ。
「一分、いや三十秒でいい、時間を稼いでくれ」
「何を言っておる!その体で何が…」
抗議の声を上げたリンネ姫は俺の顔を見てその口を止めた。
「……わかった、やってみよう」
リンネ姫の言葉に俺は再び立ち上がった。
「ああ、これが最後の勝負だ」
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