第10話:気に入らねえ

 その日の夜はヨーデンさん主催で俺たちの歓迎会が開かれた。


 ヨーデン亭に町の有力者が集まって会食をしながら俺たちへ挨拶と紹介をする場となったけど今朝のこともあって非常にぎこちない宴会となってしまった。


 そんな中でもなんとか今朝の事件の情報を集めてみたのだけど、やはりこの地方にはどうにも芳しくない事情があるみたいだ。


 かいつまんでいうと領主がいないのをいいことにカドモイン、かつてはランメルス、ついでに周辺の領主が口実を付けてはトロブ地方の住民から税金として金品をむしり取っていくのが常態化していたらしい。


 そしてそれを水際で防いでいたのがオニ族のグランなのだとか。


 おかげでグランは治安を乱す犯罪者として各領地で追われる身となっているらしく、今ではトロブの山奥に仲間と共に隠れるように住んでいるそうだ。



「カドモインの手下たちはさておきグランはどうする?テツヤがこの地を治める時に間違いなくぶつかることになると思うが」


 アマーリアの問いに俺は首を横に振った。


「グランと対立はできない。アマーリアも見たろ?この町の人たちは明らかに俺よりもグランを信頼している。そんな状態でグランとやりあっても溝を深めるだけだ」


「それはそうだが…」


「まあそれはおいおい考えることにしようよ。まずはこの地に慣れないと」






 歓迎会もお開きとなり、俺たちは帰路へと着いた。


「みんな先に帰ってくれないか。ちょっと一人で歩きたい気分なんだ」


「キリも一緒に行く!」


「まあまあ、テツヤにも一人になりたい時があるのだろう」


 一緒に来ようとするキリをアマーリアが押しとどめる。


「一人で大丈夫なのか?」


「心配ないよ。ちょっと散歩したいだけだから」


 心配そうな顔をするソラノに笑いかけ、俺は三人と別れて一人夜の町に足を進めた。


 町を通り過ぎ、小高い丘を上がっていく。


 月影がくっきりと足元に落ちている素晴らしい月夜だ。


 町を見下ろす丘の上には先客がいた。


 俺に背を向け、眼下の町を見ながら酒の瓶を口元に運んでいる。


「よくここがわかったな」


 それはグランだった。


「別に、歩いてたらあんたがいただけさ」


 これは嘘だ。


 俺は事前に辺りの様子をスキャンしてここにグランがいるのを分かっていたからここに来たのだ。



「さっきは悪かったな」


 俺の方を向かずにぶっきらぼうにグランが謝罪した。


「別にいいさ。気にしないでくれ」


 俺は静かに答えた。


「言っておくが俺はお前を認めたわけじゃねえ。さっきも見た通りこの辺は色々物騒でいつ爆発してもおかしくねえんだ。手前の身が惜しいんならあの奇麗な姉ちゃんたちを連れてさっさと帰るんだな」


「それは良かった」


 俺の言葉にグランが意外そうに振り返った。




 その顔面に俺の拳がめり込んだ。



「さっきのお返しだ。お前みたいな奴は謝罪よりもこっちの方が性に合っているだろ」



 グランは首を少しこきこきとさせると何事もなかったかのように立ち上がった。



「話が早くて助かるぜ。俺もどうやってお前にケンカを売ろうか考えていたところだ」



 結構全力でぶん殴ったというのにダメージゼロかよ。こいつ、顔面が鉄でできてるのか?


 正直殴った俺の方がダメージあるかもしれない。



「この土地の事情も知らねえ、ぽっとやってきた坊やが治めるだあ?しかもオニ族の娘を側女にしやがって。ケンカ売ってんのか?ああっ!?」


 グランが持っていた酒瓶を握りつぶし、ゆったりと近寄ってきた。


 ライオンやトラ、ヒグマとケンカした方がまだマシだと思えるくらいの迫力だ。



「そっちこそいきなり人のことをぶん殴りやがって。手前みてえな脳みそ筋肉野郎に話し合いなんて時間の無駄ってのはわかってるんだよ」


 俺は着ていた上着を脱ぎ捨てた。



「さっき見せた技は土属性か?使いたきゃ使いな。ちょうどいいハンデだ」


 グランが手のひらを上に向けて手招きした。


「素手でかかってくる奴に使えるかよ!」


 俺は拳を固めて飛び掛かった。




    ◆




 トロブの町外れにあるグランの拠点の一つとして使われている民家のドアが開いた。


 中にいたメンバーが一斉に振り返る



「お頭、今までどこにいたんですか?もう夜明けですぜ!って、どうしたんですか?その成りは?」


 中にいたバグベアが不思議そうに尋ねた。


 そこに立っていたのはグランだった。


 顔や全身に痣を作っている。



「…なんでもねえよ」


 グランはそう言って中に入ると肩に担いでいたものを乱暴に降ろした。


 それはボコボコにされたテツヤだった。


 本人と見てわからないくらい顔面を腫らし、完全に気絶している。



「こ、こいつは?お頭がやったんですかい?勝ったんで?」


「馬鹿野郎、俺が負けるかよ!」



 グランはテーブルの側にある椅子に座り込むと置いてあった酒瓶を掴んだ。



「見ての通りだ。おい、カエル、フラム、こいつの手当てをしてやれ!」


「へ、へい!」


「……」


 グランの声にカエル頭の男と赤髪褐色肌の少女がテツヤの元にやってきた。


「こいつはひでえ。でもお頭とやりあってこれで済んでるんだから幸運だなあ」


 カエルがぶつぶつ言いながらテツヤの全身に膏薬を塗りたくる。


 フラムと呼ばれた少女が呪文を唱えるとテツヤの体から腫れが引いていった。


 苦しそうだった呼吸も穏やかになっていく。



「俺とやりあって夜明けまでもった奴は初めてだ。全く、無駄に疲れさせやがって」


 グランは呆れたような感心したような口調でそう言うと酒瓶を傾けた。

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