第30話:地下に潜む者たち

 俺は扉に手を当てた。


 扉の向こうはちょっとした部屋になっていてその中に男が四人、いや五人いるみたいだ。


 何かを話しているようだが音が籠っていてよく聞こえない。


「私に任せろ」


 ソラノが扉の前に立って呪文を唱えた。


「エコーエンハンスド」


 途端に扉を飛び越えて話し声が聞こえ始めた。


「こんなことまでできるのか!騎士よりも隠密行動に向いてるんじゃないのか?」


「だろう?何度も調査隊にスカウトしてるんだけど、なかなかうんと言ってくれなくてね」


 感心する俺にアマーリアが耳打ちしてきた。


「それはいいですから、今は会話に集中してください!」


 顔を紅くして抗議するソラノに従い、俺たちは扉から漏れ出る会話に耳を傾けることにした。




    ◆




「おい、もっときれいに並べておけ。いざ持っていくって時に倒したりしたらかなわねえからな」


「しかし、これだけの武器と防具、本当に必要になるんすかねえ?」


「さあな、だが上からの話ぶりだと決行の日は近いみてえだぞ。最近急に運搬量が増えてきたからな」


「奴らが絶望の顔を浮かべるのが楽しみだぜ」


 俺たちは顔を見合わせた。


 何かの計画が進んでいるのは間違いない。


「決まりだな。我々でこの現場を押さえるぞ」


 小声でそう言うとアマーリアは小刀を取り出し、ロングスカートを縦に切り裂いた。


 真っ白な大腿が魔法石の明かりを反射して闇に浮かび上がる。


「ア、アマーリア様、何を!?」


 ソラノが顔を紅くして仰天している。


「何って、このままでは動きにくいだろう?ほら、ソラノも」


 そう言ってアマーリアがソラノに小刀を渡した。


 ソラノはしばらく逡巡していたが、やがて意を決したようにスカートを切り裂いた。


 アマーリアと同じくらい真っ白でほっそりとした脚がスカートの切れ目から覗いている。


「じろじろ見るな!切るぞ!」


 真っ赤な顔で俺を睨んでくる。


 いや、そう言われても目が勝手にそっちに向いちゃうんだよな。


「テツヤ、鍵を解除できるか?」


 アマーリアが聞いてきた。


「いや、そうするまでもないな」


 俺は石壁に手を当てた。


 部屋の構造、中にいる五人の位置、全てが手に取るようにわかる。


 これなら大丈夫だろう。


「飛べ」




「ぐわっ」「がっ」「ぐっ」「げえっ」「うごっ」


 扉の向こうから叫び声が聞こえ、それから沈黙が訪れた。


 中の男たちが完全に動かなくなったのを確認してから俺は鍵を解除し、扉を開いた。


 床には男達がのびていた。


 俺が壁や天井から石材を飛ばして男たちを昏倒させたのだ。


 探知した通り中は広めの部屋になっていた。


 部屋の中にも水路が走っているけど片側が大きく掘られていて六畳ワンルーム程度の広さになっている。


 そこで俺たちが見たのは部屋を埋めつくさんばかりの剣や槍、鎧兜だった。


「こ、これは……」


 あまりの光景にソラノとアマーリアも言葉を失っている。


 俺は剣を一振り針金に変えて男達を拘束した。


「こいつは、間違いなくクーデターか何かを目論んでいたな」


「おそらくそうだろう。この剣と鎧は衛兵たちの支給品に酷似している。こういう防具や武器は市販はおろか勝手に取引することすらゆるされていないはずだ」


 アマーリアもいつになく厳しい顔をしている。


 なにか、とんでもないことが進行しようとしている。


「しかし、扉を開けることなく行動不能にするとは大したものだな」


 アマーリアが感心したように俺に顔を向けた。


「さっきのソラノの技で閃いたんだ。上手くいって良かったよ。それに……」


 俺は言葉を続けた。


「こいつらにアマーリアとソラノのおみ足を見せるなんてもったいないからな」


「ふふん、上手いこと言えるようになったではないか」


 アマーリアが俺の首に腕を回してきた。


「見るのは自分だけで良いということか。だったらもっと見てもいいのだぞ?なんなら触ってみるか?」


「ば、馬鹿じゃないのか!もっと真面目にやれ!」


 ソラノが顔を真っ赤にして怒っている。


「とにかく、こいつらをどうにかしないとな」


 俺は天井を見上げた。


「この上はどこかの裏路地になってるみたいだ。ここから直接上まで穴を開けてしまおうか?」


「そうだな、そうしてくれると助かる」


 俺は部屋の天井から地上まで繋がる穴を開けた。


 ソラノが風の力で俺たちと縛り上げた男どもを運び上げる。


 全員が出たところで穴を完全にふさいだ。


「あとで調査に入ることになると思うが、その時にまた協力してもらえるかな?」


 アマーリアの要請に俺は首肯した。


 元よりそのつもりだ。





 ソラノが近くにいた衛兵に連絡を取り、男たちは拘束されたまま連行されていった。


「ここからが大変だが、とりあえずひと段落ついたな」


 アマーリアが軽く息をついた。


 気付けば日が傾こうとしている。


 今日はなんだか大変な一日だったな。


 その時、俺の鼻腔を異臭がかすめた。


 鼻をならしてみたが、どうやらこの異臭は俺の体から出ているっぽい。


 そういえばあの地下水路はすさまじい悪臭がしていたっけ。


 目をむけるとアマーリアとソラノ、キリもしきりに自分の腕の匂いを嗅いで顔をしかめている。


 服だってあちこち汚れている。



「報告に行く前にまず風呂に入った方が良さそうだな」


 アマーリアが何故か嬉しそうにそう宣言した。

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