第9話:風使いの騎士ソラノ

「面白い!是非やってみたまえ」


 アマーリアが愉快そうに笑った。


 いやいや、アマーリアさん、何を仰っているんですか?


「この子は根は良い子ではあるんだけど、一度言い出したら聞かないところがあってね。申し訳ないけど付き合ってあげてくれないかな?それに……」


 そう言ってアマーリアが楽しそうに俺にウインクした。


「私としても山賊一行をあっという間に倒したというテツヤ殿の実力をこの目で見てみたいしね」


 くそう、美人にそう言われたら断ることなんかできっこないじゃないか。


「……わかったよ。この騎士さんと模擬戦をしたらいいんだな」


「馴れ馴れしく呼ぶな!不愉快だ!」


 ソラノは相変わらず怒っている。


「では屋外演武場へ行こう。ついてきたまえ」


 ソラノが俺たち二人を促した。




    ◆




 演武場は城の裏手の兵舎の中にあった。


 周りの兵たちも稽古の手を止めて俺たちを見守っている。


「武器は木剣を使用し、相手が参ったと言うか戦意を喪失するまで。怪我をしないように寸止めすること、眼突きと金的は禁止、ルールはこれでいいかな?」


「構いません」


「問題ないよ」


 俺とソラノはアマーリアの言葉に同意した。


「ところで鎧は着なくても良いのかね?寸止めルールとは言えはずみで当たってしまうと打撲では済まないことになるかもしれないぞ?」


「ああ、鎧は着慣れていないしこっちの方が動きやすいからね」


 アマーリアの提案を断り、俺は渡された木剣を軽く振り回した。


 悪くない。


 重さと言い長さと言い俺にぴったりだ。


「ほう」


 そんな俺を見て何故かアマーリアが感心したような声をあげている。


「それではこれより王立騎士団所属ソラノ・エルリッチ騎士とテツヤ殿の模擬戦を開始する!」


 アマーリアが高らかに宣言した。



「いくぞ!」


 始まるなりソラノが右手に木剣を持ち突っ込んでくる。


 ソラノの木剣はレイピアタイプだ。


 対する俺は両手持ちのロングソード。


 重量はこっちの方に分があるけどスピードにおいてはあっちの方が圧倒的に有利だ。


 半身の構えで連撃するソラノに対して俺は正眼に構えてその攻撃をいなす。


 このソラノという騎士、王立騎士隊に選ばれるだけあってかなりの手練れだ。


 師匠たちに鍛えられてきた俺だったが、それでも凌ぐのが精いっぱいだ。


「アマーリアさん!」


 ソラノの攻撃をさばきながら俺は叫んだ。


「相手の武器を使用不能にしたらその時点で試合終了でいいのか!?」


「それで構わない!」


 アマーリアが返した。


 だったら話は早い。



 俺が念じた瞬間にソラノの木剣が砕け散った。


「は?」


 ソラノがきょとんとしている。


 やはり木と言えども土から生じたものである以上、俺に操作可能らしい。


「はいこれで試合終了ね」


「ふ、ふ、ふ、ふざけるな!」


 俺の一方的な試合終了宣言にソラノが激高した。


 そりゃそうだろうな。


「でも武器を破壊したら試合終了って」


「そんなものは無効だ!試合再開だ!」


 アマーリアを見ると肩をすくめている。


 言い出したら聞かないというのは確からしい。



「再開するのは良いけど、武器を持ってこなくていいのか?」


「ふん、姑息な貴様に武器など必要ない。貴様は土属性だったな。だったら私も使わせてもらうぞ」


 言うなりソラノは五メートルほど上空に舞い上がった。


「あんたは風属性だったのか」


「地を這う貴様はここまで届くまい。私の力を思い知れ!」


 ソラノの言葉と共に突風が俺に襲い掛かってきた。


 その風をすんでのところでかわす。


 巻き添えを食らって数人の兵士が吹っ飛んでいく。


 この人、実は結構大雑把な性格なんじゃ。


「ちょこまかといつまで逃げ回っていられるかな!」


 ソラノが更に突風を投げつけてくる。


 何度かその風をかわしたけど最終的に演武場の壁まで追い詰められた。


「壁を背にしたからと言って耐えられると思うな!貼り付けにしてくれっ!」


 得意げなソラノだったが、その言葉を最後まで発することはなかった。


 俺が土属性の力で密かにソラノの背後に投げ上げていた木剣が風に乗って彼女の後頭部を直撃したからだ。


「あ、落ちた」


 アマーリアの言葉通りソラノはふらふらと地面に落下した。


「な、何故木剣が……」


 頭を押さえよろよろと立ち上がるソラノ。


「いや、風って気圧の高い方から低い方へ流れるものだからさ。自分の方から相手に向かって風を吹かせたら当然後ろにあるものはそっちに飛んでくるだろ?」


「こ、小癪な真似を……」


 足下がおぼついていないがソラノはまだ戦意を喪失していないらしい。


「もう容赦はせんぞ!貴様には私の本気を見せてやる!」


 叫ぶなり再び中に舞い上がった。


 気圧が急激に下がるのを肌で感じる。



「やばいぞ、ソラノ殿があれをやる気だ!」


「みんな避難しろ!鎧を着てるものは今すぐ脱げ!」



 周りの兵たちが急に慌てだした。


 ソラノの詠唱と共に空気が乾いた音をたて始め、髪の毛が逆立ってきた。


 大気が帯電していくのが肌で感じられる。


 これは……あれをする気なのか!?



「我が風属性最大の秘技を食らうがいい!雷撃放射ライトニング!」


 その言葉と同時に稲妻が俺から一メートルほど先の地面に落ちた。


 轟音が大気を引き裂く。



「早く参ったと言え!この技を食らえば黒焦げではすまんぞ!」


 ソラノの叫びと共に次々と稲妻が現れ、俺の周囲に落ちていく。


 兵たちはみな兵舎に避難して中から俺たちの戦いを観戦している。


 外に残っているのは平然と見守り続けているアマーリアだけだ。



「な、何故だ?何故私の雷撃が貴様に当たらないっ?」


 ソラノが焦ったように叫んだ。


 確かにソラノの放つ電撃は全て俺の周囲には落ちているが俺自身には直撃していない。




 これは俺が足下に滑石や沸石など粘土鉱物を集めていたからだ。


 粘土鉱物は負の電荷を帯びているから雷が落ちる前のお迎え放電が起きず、したがって俺に雷が直撃することはないというわけだ。


 しかし思った以上に近くに落ちてくる。


 どうやら魔力を帯びた雷は通常とは違う挙動をするらしい。


 これは気を付ける必要がありそうだな。



「ば、馬鹿な……こんなことが……」


 焦ったソラノの意識が乱れた。


 空気中の電荷バランスが不意に崩れる。



 不味い!



 ソラノの制御を失った雷が空中で暴走し、あたりに放電を始めた。


 飛行機にだって雷が落ちることがあるのだ。


 空中に飛んでるとはいえ、ソラノに直撃したらただでは済まない。


 俺は地面に手を置いた。


 地中の電気伝導体をありったけ集めて空中に伸ばす。


「きゃあっ!」


 ソラノに向かおうとしていた雷撃は寸前で俺の作った簡易避雷針へと向かって落ちた。


 落雷の衝撃で意識を失い、落下していくソラノをなんとかキャッチする。



 鎧を着てるせいかかなり重い!


 足下をスポンジ状にして衝撃を和らげてなければ膝や腰がやばかったかもしれん。




「う……ん、ここは?」


 ソラノが意識を取り戻したのは俺の腕の中だった。


「き、貴様!何をしている!今すぐ降ろせ!」


 意識が戻るなり顔を真っ赤にして怒り出す。


 この位元気なら問題ないだろうな。


「貴様!早く降ろさんと殺っ」


 暴れるソラノの頭に拳骨が振り下ろされた。


 アマーリアだ。


「また暴走したな、ソラノ。その技は制御が難しいし非効率的だからまだ早いと何度も言っているのに」


 アマーリアが呆れたようにため息をついている。


「テツヤ殿の助けがなかったらお前は治療棟のベッドに直行だったのだぞ。ちゃんと礼を言うように」


 その言葉にソラノが驚いて俺を見た。


 ソラノを抱える俺の手には先ほどの雷撃で受けた火傷が残っている。


「気にするなよ。模擬戦だったらこういうこともあるって」


「ふ、ふん!当然だ!わ、私が本気を出さなかったからこの程度で済んだのだ!」


 負け惜しみのように強がりを言ってくる。


「だ、だが、私を助けてくれた事には…礼を…言う。あと、貴様の実力も…認めてやる」


 顔を背けながらそう言っているが、耳まで真っ赤になっているのがバレバレだ。


「言っておくがまだ貴様が騎士隊に相応しいと認めたわけじゃないからな!そこは履き違えるなよ!それよりも早く降ろせ!自分で歩ける!」


 ソラノは顔を真っ赤にしながら俺の腕の中でじたばたしている。


 面白いからしばらくこのままにしておこう。



「ともあれ、これで一件落着だな」


 アマーリアがにっこりと笑った。

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