第7話:調査隊長アマーリア
目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。
そして心配そうに見下ろすステラの顔も。
「テツヤさん!」
叫ぶなりステラが抱きついてきた。
「良かった!倒れて全然目を覚まさないから心配したんだから!」
そう言って俺の胸に顔をうずめ、おいおい泣きだした。
俺はぼんやりした頭で何が起こったのかを思い出そうとした。
そう言えば村の土中からヒ素を取り除いたと思ったら気絶したんだっけ。
ステラがいるということはここはステラの家なのか。
大きな梁がかかっていて、壁には干した農作物がぶら下がっている。
「おお、目を覚まされましたか!」
村長が入ってきた。
「突然倒られましたので心配しましたぞ!幸いにもちょうど王国より調査隊の方が来られましてな。テツヤ様の体を調べていただいたところ、なんでも一時的に魔力を喪失したことで気絶されたのだとか」
そうだったのか。
確かに村人のヒ素を取り除いた時に軽い目まいはしていたけど。
どうやら体内や土中の鉱物を操作するのは思いのほか魔力を使うみたいだな。
「ところで俺は何日くらい寝てたんだ?」
「三日だよ!テツヤさん、三日間ずっと目を覚まさなかったんだから!もう二度と目を覚まさないんじゃないかって、もしそうなったら私どうしたらいいのか……」
俺の問いにステラが目に涙を浮かべながら答えた。
三日もか!
これからは気を付けないと。
軽く手を握ったり開いたりしてみたが特に変わった様子はない。
魔力も寝ている間に回復したみたいだ。
「そう言えばその調査隊というのは?」
ベッドから体を起こして村長に尋ねた。
「なんでも山賊被害を調べるために王都から来られたようです。今もこのあたりを調べておりますよ。そろそろ戻ってくるころかと思います。テツヤ様が目を覚ましたら話がしたいとも仰っていました」
調査隊が俺に何の用なんだ?
山賊を倒したのは俺だからその時の様子を聞きたいということだろうか。
その時、腹が猛烈な音を立てた。
三日間何も食べてないような音だ。
「待ってて、私が何か持ってくるから!」
ステラがそう言ってキッチンへ駆けて行き、すぐに湯気の立った深皿を持ってきた。
中には野菜や肉がたっぷり入った美味しそうなスープが入っている。
塩で味付けしただけのシンプルなスープだったけど、一匙飲んだだけで体中に染みわたっていくようだった。
俺は夢中でスープを流し込み、頬張った。
パンは全粒粉を酵母発酵させた酸味の効いた堅パンで、しょっぱめのスープによく合っている。
同時に六年前まで過ごしていたミネラシアでの日々が脳裏に浮かんできた。
日本の食べ物も美味かったけど、俺はやっぱりこの世界の人間なんだ。
涙が溢れそうになるのを堪えながらしばらく無言で食事をむさぼり、ようやく人心地着いたところで不意に気付いた。
ひょっとして俺がいつ目が覚めてもいいように三日間ずっと食べ物を用意していてくれたのだろうか。
「ステラ、ありがとう。最高に美味しかったよ」
俺はステラに礼を言った。
「えへへ~、私の家のご飯を食べてもらうって約束だったしね!」
ステラが嬉しそうに笑っている。
その時、再びドアが開く音がした。
頭を振り向けるとドアの前に人影が立っている。
逆光で表情は見えないけど、かなりの長身で背筋がピンと伸びている。
こっちに近づくにつれその人物がとんでもない美人だと分かった。
煌めくような藍色の髪に龍の角が生えているということは龍人族なんだろうか。
龍人族特有の大きな尻尾が生えてないということはハーフなのかな?
「これはこれはアマーリア殿」
村長がその美人を迎え入れた。
この美人はアマーリアという名前なのか。
アマーリアは俺の前まで近づくと片膝を床につけた。
「私はフィルド王国の調査隊長をしている。名はアマーリア・ハウエル。わが国の村の危機を救っていただき、感謝する」
「あ、ああ。俺はテツヤ、アラカワ・テツヤだ。これはそちらにいるステラに頼まれて受けた仕事だから気にしないでくれ」
突然の謝礼に戸惑いながら俺は自己紹介を返した。
このアマーリアという人はかなり誠実な人なのかもしれない。
でなければ見知らぬ人間に会うなりいきなりお礼などはしないだろうし。
「テツヤ殿、体の方はもう大丈夫か?」
「ああ、おかげですっかり回復したよ」
「では、もしテツヤ殿がよければ少し話を聞きたいのだが、どうだろうか?無理強いする気はないので気が進まなければ気兼ねなくそう言ってほしいのだが」
俺はしばらく逡巡した後に承諾することにした。
村の人たちには出てもらい、アマーリアと二人きりになった。
こんな美人と二人だけになるのは少し緊張するけど役得にも感じるな。
「話すと長くなるんだけど……」
俺は話を始めた。
◆
「そうだったのか……まさかテツヤ殿が
アマーリアが驚いたように嘆息した。
俺は自分が
俺が転移した地球がどんな所だったか、そこでどんな暮らしをしてきたかは濁す程度に留めておいたけど。
詳しく説明しだしたら一月以上かかることになりそうだ。
話すことにした理由はいくつかあるけど、一番の理由は国の有力者との
地球に飛ばされる前の俺は孤児院育ちで、帰ってきた今は当然ながら身分を証明するものなど何も持っていないし所属する組織もない。
ここでアマーリアとコネを作るのは絶対に有利だし、そうなったら俺が
だったら今のうちに話しておいた方が良い、というわけだ。
それに話しているうちにアマーリアが信頼を置ける人物だと確信したということもある。
いや、決してアマーリアが美人だからという理由じゃないぞ、うん。
その確信の通り、アマーリアは自分が
「ひょっとしてテツヤ殿は数日前にラングの教会でレベルチェックをしなかっただろうか?」
アマーリアが尋ねてきた。
「ああ、教会の前でレベルチェックを受け付けてたからやってみたけど、それがなにか?」
「いや、なんでもないんだ。やはりテツヤ殿があの土属性使いだったのか……ならば
不思議そうな俺に構わずアマーリアは考え事をしながら何やらぶつぶつ呟いている。
「テツヤ殿」
不意にアマーリアがこっちに向き直った。
「私と一緒に王都に来てはもらえないだろうか?国王陛下に今回の件を報告するのだが、その時に一緒に立ち会ってもらいたいのだ。ついでと言っては何だが、私がテツヤ殿の身元引受人にもなろう」
俺が王都に?
突然のアマーリアの提案に俺は戸惑った。
「聞くところによるとテツヤ殿はわが国で身分を保証するものが何もないようだ。私がテツヤ殿の身元引受人となればこの国での行動もかなり自由になると思うのだが、どうだろう?」
確かにそれは俺にとっての第一の懸念事項だ。
俺が
正体がばれるのを恐れて裏稼業でこそこそ生きていくつもりもないし。
何より調査隊長アマーリアという後ろ盾ができるのはでかい。
しばらく考えた後に俺はその提案を承諾することにした。
断じてアマーリアとまだまだ一緒にいたいという気持ちからじゃないぞ。
ちょっと、いやかなりそういう理由もあるけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます