メリーさんと都市伝説
「今日こそはこの部屋のドアを開けさせてみせますから!」
いつもの週末いつもの時間。もう何度目になるかわからないセリフを、ウチに来るメリーさんはいつものように高らかに宣言した。
「おー、そうか。頑張れよー」
俺はやる気のない返事でそう切り返すと、台所でメリーさんに振る舞うための紅茶の準備をしていた。
「ぐぬぬ……、このメリーさんを前にしてその余裕。わたしもナメられたものです。しかーし、今日のわたしは一味どころか七味ぐらい違いますよ!」
メリーさんが相変わらずの調子でドアの前で騒いでいた。最初の頃は煩わしいと思っていたその行動も回を増すごとに微笑ましく思えるから不思議だ。にしても、七味って唐辛子かお前はと言ってやりたい。まぁ着ている服は唐辛子みたいな色してるけど。
「ふっふっふっ、そうやって余裕こいていられるのも今のうち! さぁ見てごらんなさいこのメリーさんの最終兵器、メリー・チェーンカッターの威力を!」
おい、今なんつった!? さすがにそれはやめてくれ。あとで管理人さんに怒られるのは俺なんだぞ!
「そいやー!」
メリーさんが盛大な掛け声と共にチェーンを断ち切ろうとする。が、
「やめておきなさい」
不意に現れたアンジェリカがメリーさんの脳天にチョップをかましてくれたおかげで、どうにかチェーンが断ち切られるという危機は回避することが出来た。
「な、なにすんですか! せっかくのチャンス、いえChance! が台無しじゃないですか!」
「ネイティブな発音で言ってもダメなものはダメ。そんなことしたらあとでペナルティを受けるのは貴女でしょうメリーさん?」
メリーさんがアンジェリカに諭されてシュン、と項垂れる。こうやって見てると姉妹のように見える。もちろんどちらが姉かは言うまでもない。しぶしぶ取り出したチェーンカッターを仕舞うと(どこにとは言わない)今度はお菓子を取り出して(どこからとは言わない)目一杯口一杯に頬張っていた。プックリと膨らんだ頬がリスのようだった。
「ほれ、そんな一気に食べたら喉つまらせるぞ」
いれたての紅茶を渡す。メリーさんは「ありがとう」と言ったつもりだったが、リスのようになってるため、「アフィリエイト」に聞こえた。横にいたアンジェリカにも渡すと、こっちは丁寧にお辞儀で応えた。
「お前が止めてくれて助かったよありがとう」
「お礼を言われることのことではないわ。わたしが止めなかったら酷い目に遭うのは貴方ではなくてメリーさんの方なのだから」
「そんなこと言ってたな。ペナルティがどうとか。それってなんなんだ?」
「そのまんまの意味よ。わたしたちメリーさんはその身分に相応しくない振る舞いを行うと罰が下されるの。例えばわたしたちメリーさんは人の家に押し入ることは禁じられているの。貴方たち人間にドアを開けてもらわないと部屋に入ることは出来ない。それを破ってしまうと罰が下るというわけ。他にも色々と制約はあるけれど、一番の禁忌はこれね」
アンジェリカが淡々とした調子で教えてくれた。
「へー、お前らも大変なんだな」
都市伝説といってもそれほど自由ではないらしい。その点は人間とあまり差はないようだ。
俺はふと思うことがあった。
メリーさんってのはもともと捨てられた人形が意思を持って動きだしたものといわれている。このメリーさんがそのメリーさんなのかどうかは知らないが、少なくとも都市伝説で囁かれてるメリーさんには間違いない。
そこで俺は思った。もしかしたらメリーさん以外の都市伝説もあるのだろうかと。
俺の知ってる都市伝説なんて口裂け女とか人面犬とかツチノコぐらいしか知らない。けど、メリーさんがいるなら他の都市伝説もいるのかもしれない。
そこで聞いてみた。
「なぁ、お前ら以外にも都市伝説って呼ばれる存在っているのか?」
「ほひへんへふへふはー?」
「うん、とりあえずお前は口の中のもの全部食べてから喋ろうな」
赤い方のメリーさんは放っておいて、黒い方のメリーさんに聞くことにした。
「ほら、メリーさん自分で自分のこと都市伝説だって言ってたでしょ。だから他にも存在してる都市伝説ってあるのかなーってさ」
「そうね。いるかもしれないし、いないかもしれないわね」
「どっちだよ」
「うぷ、げふー。そんなのいるわけないじゃないですかー。いないからこそ都市伝説なんですよ。木内さんもおかしなこと言われますね」
よっぽどおかしかったのか、メリーさんがゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。正直イラッとした。
「何がおかしいんだよ。だってメリーさんはこうやって動きまわってんだろ」
「まぁわたしたちはメリーさんですからそれはそれは動きまわりますよ」
「じゃあ都市伝説ってのは本当は実在しないのか?」
「あー、厳密にはいるっちゃいますが、世の中には公にして欲しくない方々も大勢いらっしゃるんですよ。基本皆さん恥ずかしがり屋さんなので滅多に姿は現しません。運良く見れたとしても一瞬見れればいい方ですね」
なにその都市伝説。
「じゃあお前らはどうなんだ? 人前にこうやって出てきてる限り恥ずかしがり屋には見えないけど」
「わたしたちは別ですよ。メリーさんは人前に出てこそメリーさんですから。人前に出ないメリーさんはただの人形と同じです」
フンスと紅のメリーさんはそれほど大きくもない胸を張っていた。理屈はともかく、都市伝説ってのも色々なんだと感じた。
「ちなみにだけど、メリーさんってのはどんなやつでもなれるのか?」
「といいますと?」
「俺の知ってるメリーさんってお前らしかいないけど、お前らってフランス人形みたいな見た目してるから、そういった人形がメリーさんに化けるのかと思ってさ」
「化けるって人をまるでその辺の妖怪みたいに言わないでください!」
メリーさんがプンスカ怒っていたが、俺にとって都市伝説と妖怪の違いがよくわからない。が、それは言わないでおこう。きっとやぶ蛇になるに違いない。
「わたしたちメリーさんは誰でもなれるけど、誰でもなれるわけじゃないの」
「またややこしい言い回しだな。つまりどっちなんだよ」
「貴方も知ってると思うけど、わたしたちメリーさんは元々は一体の人形だった。それが意思を持ちこうやって動くことが出来るようになった。それはどうしてだと思う?」
「どうして……か」
確か俺が知ってるメリーさんの話だと捨てられた人形が人間に恨みを持って、自分を捨てた人間の元に現れる、そんな話だったはずだ。
「そう。貴方たちにはそう伝わっているのね。でもそれは理由の一つに過ぎないわ」
「じゃあ他にも理由があるのか?」
「もちろん」
アンジェリカが静かにうなずく。
「わたしたちメリーさんの原動力は人から受けた『心』かしら」
「つまり?」
「つまりは、その人形がどれだけその人から大事にしてもらったかどうかでわたしたちのようなメリーさんになるかどうか決まるというわけですよ」
「なるほど」
わかりやすく言えば心、すなわち愛情をどれだけ注いでもらったかによって変わるということか。
となるとこの二人は元の持ち主にとても大事にされていたということになるが、じゃあどうしてその持ち主は彼女たちを手放してしまったんだろう。
「なのでわたしたちのようなフランス人形じゃなくてもメリーさんになる可能性は大いにあるということです。って聞いてますか?」
「あ、うん。ごめん、ちゃんと聞いてるよ」
「本当ですかー? まーたLINEでも見てたのかと思いました」
ぶすくれるメリーさん。俺は彼女の揺れる金髪を見ていると、気づいたらその頭を撫でていた。
「ひゃう! な、なんでひょう……」
あまりに咄嗟の出来事に俺だけじゃなく、メリーさんや側にいたアンジェリカでさえ目を丸くしていた。
「あ、いや、なんか無性に撫でたくなって」
きっと俺の知らない誰かもこうやってメリーさんの頭を撫でていたんだろう。しばらくそうしていると、
「わたしは犬や猫じゃないんですよー!」
我にかえったらしいメリーさんがようやく俺の手から逃れた。ちょっとその感触が失われるのを寂しく思った。
「ま、ままま、まったく乙女の頭を気安く撫でるなです! き、今日のところは帰ります! 行きますよアンジェ!」
そう言ってメリーさんはいつものようにダーっと猫のように走っていった。
「貴方もなかなか罪な人ね」
アンジェリカがそっとほくそ笑みながらそんな言葉を残していった。残された俺はやっぱり乙女心はわからん、そう思いながらそっと扉を閉めたのだった。
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