第76話 共同浴場のはなし。

 これは三年前に書いたやつの転載。



 今日のお題は「共同浴場」。「銭湯」と微妙に違う。

 ワシの育った及び現在住んでる町のはなし。


 ウチの町は糸へん的に栄えた時期ってのが昭和30年代~40年代にあった。

 で、たぶんその時期にきっちりできたのが、「共同浴場」。

 本当に、ただ大風呂に入りに行く場所。

 自治会で管理していて、北地区・西地区・中地区(仮名)に一つずつあった。少なくともワタシは三つ知っていた。


 ところでワタシは家を出るまで、住居に風呂があるという状態を経験していない。

 そのあとの大学寮も掃除当番は半年に一度回ってくるだけだった。

 風呂掃除の習慣がいい加減なのもその辺りが(おっと)。天井にカビがあっても(おい)。

 とにかくまあ、「行けば入れる」風呂を、一人暮らしをするまでずっと使っていた。


 そこは夕方6時~夜10時くらいまで開いていた。季節によって微妙に30分くらいずれはあったけど、だいたいそのくらいだった。

 ということで、風呂に毎日入りたいと思えば、10時までには必ず帰っていなくてはならない。もしくは夜遊びする連中はその後にする。そういうことだったと思う。

ワタシは基本「はやくおうちに帰りたい」人だったので、高校卒業までは夜遊びの記憶は無い。


 中学に入るくらいまで、北地区の風呂に通っていた。

 だけどその辺りから、町内で自宅風呂を作るところが増えてきた。

 本当にガキの頃は、もの凄く混んでいたときも記憶にあるのに、最後の頃は早めに行ったら独り占めということもよくあった。


 今でもビジュアル的に思い出せる。名前は「朝日湯」だった。

 男が右、女が左。

 建物の前に、でかいソテツが男女それぞれに植わっていた。

 すりガラスの入った両開きの戸。これが本当に重かった。開けるのにコツが要った。

 夏になるとのれんがついて開きっぱなしだった。冷房なんて入っていない。扇風機のみだった。

 ほんの小さな頃、男湯に行ったこともあるけど、そこには小さな飲み物の入った冷蔵庫があったかもしれんが…… これは胡乱だ。

 冬は寒いのですぐに閉めた。

 戸の前には目隠しの衝立? が立っていた。開けても中の人々が見えないようにするものだろう。時々何かポスターが貼られたりしていた。


 なのだが、基本的には見える見えないなんてことには大らかだったと思う。


 女湯側からだと、入るとすぐに番台があるんだが、そこに入浴券を刺すものがあった。20枚綴りくらいでまとめ買いする。最終的な値段としては、一回120円くらいだったろうか。当時東京の銭湯に行ったとき、その三倍くらいで、何って高いんだろうと思ったくらいだ。

 ただしその分、サーヴィスもへったくれもない。自治会管理なのだからしかたがない。

 番台のおばーさんの背後には手書きの洋品店の広告が貼られていたり、カオスだった。

 上がってすぐのところに体重計があった。ヘルスメーターではない。あのひどく重い鋼鉄製の奴だ。人から目盛が丸見えの。

 竹製の、茣蓙が敷かれたベッドが鏡の前に置いてあった。赤ちゃんを寝かすものだった。

 鏡は何処かからの寄付だろう文字が書かれてた。

 その上に首振り扇風機があって、夏活躍する。……冬、ストープだったかな……これは記憶にない。

 で、夏に外で涼む、というとこがあって……

 ええ、まあ出たまんま首の辺り程度までのトタンで囲われた「だけ」のとこに、皆平気で出てました。まー見られたとこで大したことはなかったんでしょう。


 実際、この屋上に自治会館の一つがあったんだけど、ところどころ下の鉄でできた屋根? 的な部分のやぶれから、浴室をのぞけるようなとこはあちこちあった。ガキはまー、一緒に来た両親がなかなか出てこないと、外遊びするものだったし。


 ちなみに鏡は右側。中心に向かってか。

 その奥、出入りの足ふきの右側に水道があって、ここでよく出た後ののどをうるおした。

 中に入ると、中央に浴槽。段差があって、座ることができる。

 基本的に湯は熱かった。入れないくらいだった。最初に入ったらまず水を出しまくって少しでもぬるくするという役目があったww

 ぐるりと蛇口。と言っても「押す」タイプだった。しかも力が要った。

 これはある程度使うのに適した温度のものが出た。それで熱いと思ったら、わざわざ水の出る蛇口から汲んでこなくてはならなかった。

 床は四角の小さなタイル。浴槽もタイルだった。

 余裕がある時は皆蛇口を使ったが、ないときには浴槽の湯で洗った。というか面倒だったらそうした。

 入ってすぐそこに一つだけシャワーがあったけど、まず誰も使わなかった。

 ちなみに椅子はなかった。皆床に直に座っていた。これは三つとも共通だ。

ぺたん、と。

 今考えてみればまあ、抵抗力はそういうとこからついたんかい、という感じだ。


 そもそも当時、一日二日風呂に入らなくとも別に何も言われなかった。

 生理のときなど、はじめの頃はその期間は行かなくてもいい、とも言われたものだ。


 まあこれには、今考えると二つ理由が考えられる。

 一つは自分のもので周囲が気分悪くする、もう一つは感染だろう。

 それこそ直座りなんだから。

 なので、小学生の時は何日経つと内巻きだった髪が外はねになるか、なんて暢気にやっていたものだ。

 まあさすがにチャリ漕ぎまくる中学高校になったり、そもそも人が減った時期になったら、その辺りは構わず行くようになったが。


 浴槽には何故か、目を洗うときの? 水が出るところがついていた。我々は基本的に水のみ場と理解していた。大人の入浴時間は長い。子供は暇になるのだ。


 ちなみに。

 当初はワタシは母親と通っていた。ミニサイクルの後部に乗せてもらっていた状態だ。

 一番近い朝日湯でも、自転車が必要な程度な距離だった。今現在のゴミ捨て場にも思うんだが、ともかく多少の距離がある。多少だが。

 なのでともかく小学一年の時には自転車に補助輪をつけて乗り、二年の時には取って乗れるようにはなっていた。少なくともワタシの生活には必需品だった。


 で、出ると着替えて外に出ると涼しい。心地よい。

 これは冬でも相当温まっているので、ちゃーっと帰るくらいは充分熱が保った。


 ところで風呂上りに何か買う、という行動はなかなかしなかった。

 というか、できなかった。

 当初は親と一緒だったし、自転車で一人で行くようになっても、金など持っていない。入浴券だけだった。

 まあ駄菓子屋はあることはあった。駄菓子オンリーのところと、駄菓子も扱っているところと。

 当初はすぐ横にある小さなところで買ったものだった。そこの老夫婦が閉めてしまうと、もう一軒に行くようになった。

 どちらの店でも、今で言う「遠州お好みやき」があって、結構憧れだったりした。兄貴は文房具やの方で食ったこともあったらしいが、定かではない。


 この北地区の湯がとても好きだったのだが、最初に閉めたのはここだった。

 利用者が居なくなり、ああ、湯を沸かしなおししているよな、とわかるときもあった。

 あと、ある日唐突に恐ろしい異臭がして、それが数日続いた。皆それは知っていたが、だからと言ってなかなか行動は起さなかった。

 しばらくして床下を探ったら、猫の死骸が出てきて、消毒のために数日休みになった。

 正直、今思うとどうしてこの臭いが死骸のものだと大人達が気付かなかったのかと思う。彼らは少なくともワタシよりずっとそういうものは知っていたはずなのだ。時代的に。

 ワタシが自転車をとっとと覚えた理由の中に、当時はまだ野犬が多かったから、というのがある。

 当時から重たく、運動神経が鈍く足が遅いワタシの逃げるための必需品だった。ともかく当時の野犬というのは、ひたすら追ってきて非常に怖かった。

 まだそんな名残があったのだ。大人達は、当時の両親世代でも充分死骸の臭いを知っていておかしくはなかった。ただすぐに動かなかったのは、それが彼らには大したことではなかったのではないかと、今になっては思う。


 やがて朝日湯は閉まり、次に中地区の「東湯」に行きだした。

 ここはやや小ぶりで、そろばん塾の近くだった。

 だがそこもやがて閉鎖して、西地区の「浪速湯」へ行きだした。で、何とか高校時代まではそれで通した。


 ワタシが大学に行ってのち、二年から四年の間で、とうとう我が家も風呂を作らざるを得なくなったらしい。

 らしいというのは、その間の経緯がわからないからだ。

 ワタシは大学四年間のうち、耐震工事のせいで夏休みが二ヶ月まるまるあった一年時以外、何か妙に意地になって実家に泊まることをしなくなった。正月当日にやってきて、日帰りするのを三年間続けた。


 そして最初の職場で思いっきりあかんくて半年で辞めたのち、実家に戻ったときには既に風呂があったという次第だった。

 そしてこの時、うちの母親は某Aム*ェイにはまっていたので、掃除はワタシにはさせなかった。……し、余裕もなかった。

 というか、家事は彼女のテリトリーだったので、手出しができなかったと言っていい。洗濯と自室の掃除以外はやるのを躊躇われた。それがたとえこれでもかとばかりに埃がたまった一角であろうと!


 今でもでかい共同風呂はいいなあと思う。

 ただし実用的に一番良かったのは、学生寮のステンレス浴槽になったときのものだ。

 所詮あとはノスタルジイに過ぎない。

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