おっさんは異世界に飛ばされても海で遊ぶ!

タハノア

深海の秘宝と、新たな航路

第1話 起床、海、潜水

 二言三言会話を交わしただけの美女に惚れられて、口では嫌がりながらも彼女が同行することを許す。そんな夢を見ていた。悪くない夢だ。自然に微笑んでいたことに気がついた。そうか、むしろ女気がない俺にとっていい夢なのかもしれない。

 目を開けると、ガタが来た窓の隙間から潮風と供に朝日が入ってくる。その光が宿屋の床を照らし夜で隠れていたボロを暴き出す。

 体に掛かっていた布切れを乱暴に跳ね除けると、ベッドが軋む。上半身を起こす。硬い寝床でこわばった背筋を伸ばすと自然と大きなあくびがでる。眠気を振り切り立ち上がると、全財産が入った茶色いズタ袋を担ぎ上げ、半歩も歩かずにドアノブに手をかけた。


 廊下に出るともう一度、大あくび。涙がでた目をこすり前を見ると、宿屋の女将さんが立っていた。

「おはようさん、相変わらず朝だけは早いねぇ」そう言って俺と入れ替わるように俺がいた部屋へと入っていく。

「おはよう、余計なお世話です」そう返すと階段を降りはじめる。階段の中腹で「布団ぐらいたたみな!」と文句が飛んできたが、何事もなかったかのように階段を降りていく。

 俺が階段を降りきる前に「おはよう」と宿の親父さんが声をかけてきた。「朝飯できてるぞ」と彼は、食堂のカウンターにスープが入った器を置いた。

 俺は朝一番で水を飲む習慣があったが、この世界では清潔な水というのは貴重なものだ。故に水分は安酒かスープで取ることになる。贅沢を言うならジュースという手もある。最終手段として定住して街に税金を払えば井戸が使える……。


 蛇口をひねれば清潔な水が出る世界に戻りたい……いや戻りたくはないな。水道がこちらに来い。


 何にせよ朝から酒を飲む訳にもいかず、親父さんが出したスープをありがたくいただく事にする。

「おはよう、親父さん。いただくよ」俺は椅子の横にズタ袋を置くとスープを受け取り腰掛ける。

 木の器を見るたびこの世界に来た日の事を思い出す。初めに降り立った超ド田舎で、机の窪みにガチガチのパンを置いてそれが食器だと言われた。最後に机に直置きされていた食器代わりのパンを食べたときは女神を恨んだものだ。

 そんな事を思いながらスープを流し込んでいく。港町特有の具材から十分な出汁が出ていて素朴だがとてもうまい。しかし山間部ではこうは行かない、この世界では山の代表的な出汁であるキノコが揃いも揃って毒ばかりだからだ。美味いスープにありつけたのはイノシシが取れたときぐらいだった。

 目の前の恵まれたスープに感謝していると親父さんに「今日も潜るのかい?」と声を掛けられる。「もちろんだ」と答えると空になった食器をカウンターに乗せる。

「うまかったよ」

「へへへ、あんたに言われると自信がつくな」

 俺の味覚を信頼しているのか、親父さんは嬉しそうに食器を洗い場に移す。

「応援してるぜ! 良い物を引き上げろよ!」席を立ち宿を出ようとする俺に声援が投げかけられた。俺は振り返り短く「任せとけ」とだけ言って宿を出た。


 宿の扉を開くと目の前には、目が痛くなるほど鮮やかな海が広がっている。そうだ、俺は今日もあの大海原に挑む……。海底に沈んだ様々な宝が俺を待っているのだと思うと心が躍る。伝説の勇者の剣、ドラゴンの牙を使った大魔道士の杖、金銀財宝が詰まった宝箱……。


 宝たちよ待っていろ! 必ず俺が引き上げてやる!


 ズタ袋の紐を肩にかけて背負い俺は焼けるような砂の上を歩いていく。波打ち際までいくと足を波に濡らしながら砂浜と平行に歩いていく。打ち寄せる波の音が荒くなり始めると目的地の岩場へ付いた合図だ。ここは、岩の下が急に深くなっているので、海へ飛び込むにはもってこいの場所だ。


 岩の先端に立つと海へ入る準備を行う。ズタ袋の中に手を突っ込むと装備を変えるために、呪文を唱える。「海王鎧かいおうがい装着」その瞬間今まで来ていた服が消え、代わりに呼び出した海王鎧かいおうがいが装着される。鎧とは名ばかりで腹はガラ空きで手甲、肩、腰の部分しか無い。腰鎧には前掛けが付いていて、まるでふんどしのようだ。ケツがTバックじゃないのがせめてもの救いだ。表面は黒い鱗模様が付いており魚っぽいデザインになっている。


 この鎧は神から下賜かしされた壊れることのない装備である。こう言うと凄い物に聞こえるかもしれないが、ある程度努力して神の加護を受ければ、祭壇で祈ることで誰でも授かれる装備だ。以前いた世界と違いこちらの世界の神は加護をポンポンくれるほど身近な存在だ。この鎧以外にも様々な神の道具が存在していて、それらは神下賜品かみかしひんと呼ばれている。

 しかし、壊れないという特徴以外は、人が作った装備のほうが断然性能が高い。理由は簡単だ、神下賜品かみかしひんを解析しそれを発展させたてきたからだ。

 だが金が無い俺のような人間には、まさに神アイテムだ。いや、この鎧は例外か……。この鎧には水中で息を止めていられる時間を長くするという効果があるが、他の装備と違ってこの能力の装備は発展していない。なぜなら単純に需要がないのである……。そういった悲しい理由もあり俺はこの半裸の黒ふんどしの装備を身に着けている。


「よし、いくか」


 着替え終わった俺はズタ袋を持ったまま・・・・・・・・・、勢いよく岩を蹴ると指先から海へ吸い込まれるように音もなく潜水していく。今まで仲良くしていた空気たちが、海に嫌われたのか俺の体から離れ気泡となって海面へ登っていく。キラキラ光るそれはまるで別れを惜しんでいるかのようだ。鎧のおかげで、俺は海に導かれるように沈んでいく。


 しばらく潜ると海底へとたどり着いた。海の底はきれいな白の世界だ。サンゴ砂で作られたその景色は、光と水の芸術のようで、見ているだけで心から汚いものが消えていく気がする。

 俺の横でふわふわと漂っているのは、俺の全財産が入ったズタ袋だ。こいつも神下賜品かみかしひん豪商鞄ごうしょうかばんって名前だ。完全防水に重量軽減、内部拡張まで付いた優れものだ。それに一つ一つが個別の空間に収納されるので魚を入れても他のものが魚臭くなったりはしない。例えるなら常温の真空保存という表現が一番近い。


 なんといっても壊れないので海に沈めるなんて無茶な使い方ができる。だから海中での作業に最適だ。


 ズタ袋の紐をしっかりと握り直すと、お目当てのお宝を探し海底をよく観察する。暫く進むと岩が多い地帯にたどり着いた。岩の上には美しい珊瑚が生えていて、その間を様々な魚が泳ぎ抜ける。岩陰には獲物を狙うウツボも見える。大型魚が小魚を追い回すが、小魚は間一髪でイソギンチャクの森へと逃げ延びた。その横では、小魚と共生関係のイソギンチャクに擬態したタコが朝食にありついていた。


 輝かしい海の営みに見とれている場合ではなかった。宝を探さなければ。


 白い砂地の海底をよく観察する。地形を読み海流で物が流れ着く場所に検討をつけていく。大きな岩の影、窪んだ土地、砂が溜まっている場所……。

 よし、やった。ゴツゴツした茶色い物体が砂の中から少しだけ頭を出している。手で水流を起こし砂を払う、散った砂が収まるとついに目的の物が現れた。


 この茶色い物体は、カバーコーラルと呼ばれる魔サンゴの一種だ。この珊瑚は魔力を持った物に反応し、張り付き育つという習性がある。なので、人間が作った魔力を持った装備品や宝飾品などに付着しその周囲を覆い尽くす。そして、胞子を飛ばすと役目を終えた珊瑚は、茶色く硬化する。その状態になると波に揺られ長期に渡り海底を転がることになる。


 すなわち、この茶色い塊の中にはお宝が入っている!その塊を掴み力を込めると砂が舞い上がり視界を遮る。大きさは? 形は? 重さはどうだろうか?

 まずまずだな。引き抜いた塊の大きさは、棒状で二の腕ほどの長さがある。この大きさと形状からきっと短杖だろうと予想がつく。

 正体不明のお宝をズタ袋に入れると、次の獲物を求めて海底を泳ぎ回る。しばらく泳いでいると、海藻でも魚でもない物がゆらゆらと波に揺られているのを見つけた。


 また投網か……。それは珊瑚に引っかかり、波の動き似合わせて揺れる漁業用の投網だった。所々ちぎれて網としての機能を失っている。


 このまま置いておくと珊瑚が枯れてしまう。ナイフを取り出すと、引っかかった部分を切り、取り除いていく。引っかかって日が経っていたのか、珊瑚が成長し網を内部に取り込んでいた。残念ながらすべてを外すことができなかった。網の繊維が枝の途中からはみ出た珊瑚は、お世辞にも綺麗とは呼べない状態だ。しかし枯れるまでには至らず、無事だったのは幸いだった。剥ぎ取ったボロ網をズタ袋に入れると次の場所へと移動する。


 グッ! 限界か。


 潜水時間が30分を超え、鎧の効果が切れた。それと同時に息苦しくなってきたので、一度浮上することにする。

 仰向けになると日が差しを反射して海面がキラキラと瞬いている。そのまま鎧に浮力与え、それに身を任せゆっくりと浮上していく。まるで天使に連れられて天へ登るような気分だ。


 海はどこでも美しいな。投網が引っかかった珊瑚以外は……。


 浮力に任せて海面にたどり着くと一生の友である酸素が俺を迎えに来てくれた。存分に肺に送り込んでやると危険信号を出していた体は落ち着きを取り戻す。体力が多少回復したのを感じたら立ち泳ぎをはじめる。すると近くに海面から突き出た岩が見えた。

 あそこで休むか。体を休めるために岩へと泳ぐ。岩は、まるでここで休めと言っているかのような登りやすいような形をしてた。俺はありがたくその岩を使わせてもらうことにした。


 海から上がり岩の頂上に腰掛ける。尻は鎧がしっかり守っているのでフジツボの生えた岩に腰掛けても問題ないだろう。

 岩に腰掛けゆっくりと体を休める。いい天気で海も機嫌が良いらしく、とても穏やかだ。波をボーッと眺めていると波間を大きな魚が跳ねた。大きな魚がいるということは、あの辺りに小魚がいるはずだ。小魚がいればそこに隠れ場所がある。つまりは、岩などの障害物があり、お宝が引っかかっているかもしれない。


 体力も戻ったのでまたゆっくりと海へと沈んでいく。昼近くなり日差しが強くなってきたので、海底の光の網目模様もくっきりとして、より癒やされる景色となっていた。先程検討をつけた場所を見るとやはり、窪地に木片や岩が積み重なり漁礁となっていた。海藻が揺れ小魚が舞い泳ぎ、まるで海中のオアシスのようだ。

 やはりあったな。岩と木片の隙間に茶色い塊があるのを見つけた。怖がって逃げた小魚たちに詫びを入れながらその塊を拾い上げる。それは、子供の拳ほどの大きさで中身はかなり小さそうなものだ。金貨?いや宝飾品?もしかしたら魔石かもしれない。真実がわかるまではその中身はどんな高級品にだってなるのだ。機嫌よくその塊を袋に収めると、貪欲に次を求めて泳ぎ始めた。

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