3. アルテミス・ハイウェイ

 アルテミス・エンタープライズ社のサッポロ旗艦オフィスの一室。清潔なオフィス内部で上級社員タコナベは見事な酷薄な笑みで汎用的端末のディスプレイを見ていた。そのディスプレイ上に映し出されたデータには『アルテミス・エンタープライズセクター49情報漏洩事件報告書』と書かれたPDF文書だった。そのPDF文書を一通り読み終えるとこの件に関する後始末の指示をキーボードにタイピングした。タコナベのタイピング手つきは一種のアート系フッテージを連想させるような手つきだった。タコナベは相当なタイピング技術を持っているのは容易に推察されるだろう。

 タコナベはエスプレッソを飲み干すと送信キーを入力した。




「保安部の上役から指示が来た。セクター49の情報漏洩犯を今夜中にアルテミス・エンタープライズ社に移送しろとのことだ。ウィルバー、何か質問はあるか?」


 茶髪のアルテミス・エンタープライズ社の敏腕ドライバー、ウィルバーは神妙な顔で上司を見つめた。


「部長、例の身元不明車が襲撃してきたらどうするんですか? ハイウェイパトロールでも太刀打ちできないってウワサですし何かあったらどうなるんですか?」

「ハイウェイパトロールが厳重に警備してくれる手はずになっている。強力な火器支援でお前の車を守ってくれるはずだ。安心しろ。身元不明車は所詮ただのこけおどしだ……気にすることはない」

 ウィルバーは釈然としない顔で「わかりました」とだけ伝え、駐車場に向かった。


 企業連支配下の都市にしては小規模な都市だ、上司の命令にはお仕着せの思考停止が目立つ。万事がこの調子だから困ったものだ。だがしかし、ウィルバーの脳内には不吉な予感がひたすらに付きまとうのだ。振りほどこうとしてもどうにもならないのである。今回の仕事は何かが起こる。ただそれだけが脳内をメリーゴーランドめいて駆けまわるのであった。


 ……小規模簡易独房群の一角、非常灯のみが照らしている独房の中で異様な男が一人、ただ一人心静かに瞑想をしていた。上半身裸で背中には見る人すべてに威圧感を与えるイトマキエイのタトゥーが異様な雰囲気を加速させている。周りの咎人はイトマキエイのタトゥーの男を意図的に視線から外すように努めていた。


「フヒヒヒ……やはりオレはついてる……凶事のヴィジョンを天球の神々はオレに教えてくれた……天球の神々の意向に背かない限りオレを災いから守護してくれる……フヒヒ……」


 不気味なチャントめいた言葉が一層、独房内の咎人の視線を逸らされる。関わり合いになるなと本能が警告してくれるかのようだった。そんな不気味な雰囲気漂う小規模簡易独房群に足音が響いた。企業連の雇われ看守だ。


「囚人番号019号、今からアルテミス・エンタープライズ社に移送する……アルテミス・エンタープライズ社についたらもう二度日の目を見ることはないと思え!」

「フヒヒ……囚人番号だけだと味気ない……オレは周囲からデビルレイという通り名で通っている……それに最後のドライブとは限らないだろ……雇われ看守さんよ……」

 雇われ看守は、警棒で殴りたい感情を抑えながらデビルレイを睨みつけた。だが雇われ看守もデビルレイの言動から恐ろしい予兆を感じ取っていたのだ。今夜は確実に何かが起こるということを……。

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