第19話 突然の死
イスルド国王はベッドから起き上がることが出来る状態ではないため、謁見は国王の寝室で行われることになっている。
寝室への入室を許されたのは、異世界から召喚された勇者とその仲間のみであった。
しかし小鳥だけは、旅に加わらないことが決まっているため、ここへ来ることもなくそのまま厩舎に残っている。
「あの魔法騎士団長、春日野さんに何もしねえだろうなあ。あー、やっぱ気になる!」
「まあ、厩長はいるし、馬達も厩長の言うことはよく聞くらしいから、もしもの時は馬が蹴るなりして止めてくれるんじゃないか」
落ち着かない小出に、高橋は自分も不安なのを隠して宥める言葉を口にした。
皆で決めたことだ。
こうするしかないのだと、自分の気持ちを誤魔化しつつ、扉を
さすがに国王の寝室、廊下を入ってすぐにあるわけではない。
ソファやテーブルなどのある前室の奥にあるため、側近達はその前室で控えている。
高橋達7人がそこへ入ると、時間を置かずして側近の1人に国王の寝室へと案内された。
国王イスルドは、129歳というだけあって、まるで枯木のように見えた。
ただ眼差しだけは強く、国王らしく威風凜然としたものを感じた。
自分の意思ではもう身体を起こすことも出来ないのだろう。上半身の下に柔らかい枕かクッションのような物を敷いて、話がしやすいようにされている。
そしてその枯木のような国王は、勇者と思しき者達が入ってきたのを確認すると、喉から乾いた声を出した。
「召喚、された、のは、8人、だと、聞いて、おった、が…。1人、足りぬ、の、では、ない、か?」
息の長く続かぬ声で、切れ切れに問いかけてきた。
目に膜が張っているように見えたため、もう視力も弱っているのだと思われたが、そうでもないらしい。
「もう1人は俺達に巻き込まれて召喚されただけの女の子なので、この城に置いていただくことにしました。世界救済への旅へ行くのはこの7人だけです」
「それ、でも…、召喚、された、者、すべて、に、語ら、ねば、なら、ぬ。もう、1人、を、これ、へ……」
それはまだ扉が閉じられる前だったため、部屋を出ていこうとしていた側近の男が陛下の言葉に頷き、小鳥を呼びにいくこととなった。
小鳥が到着するまでの間、部屋の中には国王と7人だけがいた。
相手は話をするのも辛そうな老体だ。
世間話でも――というわけにはいかないし、自分達だけで雑談をするような失礼な真似も出来ない。
なんとなく気まずい空気だけが流れていた。
「……あの、今の間に少し質問してもいいですか? 無理なら答えなくていいんで…」
沈黙に耐えかねた岸が口を開いた。
国王は視線だけをこちらへやり、瞬いた。
それで諾の返事を得られたのだというのは、その場にいた全員に察することが出来た。
「魔王の子が生まれたときに帝国? がそのこどもを殺して、それで今復讐されているような話を聞きました。――タイムラグがありますよね? どうしてその時すぐに復讐しなかったんすかね」
++++++++
その頃、国王の寝室へ続く前室では、先ほど入ってきた今は亡きヴァンディエール帝国の宰相ウルバがせわしなく扉の前を往復し続けていた。
他に人がいなければ聞き耳を立てんばかりである。
「ウルバ殿。何をそんなに焦っておられるのですか?」
「ふん。あの娘が来んと話が進まんのだろう? イスルド国王のお身体のことを思えば気に病むのも当然というものだ。今日を逃せばいつになるのか分からんからな!」
その時、扉の向こうから「帝国」という言葉が聞こえた気がした。
続いてイスルド国王の声が聞こえてくる。
ウルバは側近達の止める隙もないほどの勢いで寝室の扉を開けた。
「ウルバ殿!?」
「おい! 誰も部屋に入ってはならないという言い付けを忘れたか!!」
「全員揃っておらんのだ。まだ
後ろからから口々に怒鳴ってくる側近達に、ウルバは傲岸な顔を向けて笑った。
しかし、そのウルバに岸が問いかけた。
「――20年前、本当は何があったんすか? 国王様が、『帝国が過ちを犯した』って……」
それを聞くなりウルバは真顔となり、胸元に忍ばせてあった短剣を手に国王へと向かっていった。
「お前は――! イスルド国王ではない!! いつの間にすり替わっておったというのだ!!!」
向かってくるウルバに、国王は微動だにせず変わらぬ深い眼差しを向けていた。
「イスルド国王の偽物だ」という
だが、それと同時にウルバは魔法で騎士の体に痺れを与え、それによって騎士の力が一瞬緩んだ。
その時だった。
なんの前ぶれもなく、まるで蓋でも開けるかのように、ぽとりと、ウルバの体から頭が取れて床を転がった。
「うわあぁあ」
「何? 何?」
転がった頭の近くに立っていた岸ととらが混乱して声を上げた。
頭を無くした首の断面からは血こそは流れなかったが、かわりにニュルニュルと音を立てながらカラフルなトッケイヤモリのような頭が生えてきた。
「死んだ? 死んだ。死んだな。アハ。アハハハハ。実に愚かな小物だった。まっこと小さき心臓よ!」
そのトッケイヤモリの頭は大きな口を開けて笑いながら一人言を言った。
陽気なヤモリの頭とは裏腹に、床に落ちているウルバの頭は明らかに絶命している。
「勇者様方!! こちらへ!」
騎士に部屋の外へ出るよう促されたが、突然のことに思うように脚が動かなかった。
「何? 何が…?」
とらが他の言葉を思い付けないようにそれだけを口にする。
いち早くこの危機的な状況の中で自分を取り戻した佐田が、まずは1年生2人に部屋から出るよう促し、続いて東堂が周りを探りながら、我に返ると問題を大きくさせるに違いない小出を追い出した。
最後に高橋と武晴が自分の意思で部屋を出たが、その時目にしたのは、爛爛と目を光らせた国王の姿だった。
ウルバだったヤモリ頭が向かってきた騎士の頭にカプリと食らいつこうとしたとき、国王から大きな力が放たれたのが分かった。
「うわあああああああぁぁぁっ!!!」
ヤモリ頭がウルバの体ごとひとりでに捻じれている。
人間の体とはこうも変わるものかと思うほどにひねり曲がったかと思うと、それは力なく、呆気なく崩れ落ちた。
「死んだ…のか?」
高橋の言葉に東堂が頷いた。
そして東堂は続けて促すように国王の方に視線を移し、それに釣られて見た他の者達は、たった今、イスルド国王陛下が崩御されたことを知ったのだった。
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