第5話 マト
「きゃあっ!」
鎖骨をガリッと噛まれて、思わず声を上げた。
目を開いて自分の周りを見たが、暗闇だということを差し引いても、そこに誰かがいるようには見えなかった。
いるのは服の中だけ、ということになる。
捕まえようとシーツを剥がして、寝間着の盛り上がった部分を狙うも、相手はすばしっこく更に小鳥の肌を摩って息を荒くさせた。
「あんっ。もう」
その時、部屋の扉をドンドンと叩く音がした。
「小鳥、どうした!?何かあったのか?」
隣の部屋にいた3年生達が、先ほどの小鳥の悲鳴を聞いて駆けつけたのだ。
「高橋、さん?」
小鳥ははぁはぁと息を乱しながら、何とか言葉を繋げた。
「何か…、何かがいるん、です」
「何かだと!?大丈夫か?開けるぞ!」
そう言って高橋が鍵の掛かっていない扉を力任せに開けると、そこには太腿を剥き出しにして身体をくねらせている小鳥の姿があった。
「小鳥?」
状況が理解できず、ゴクリと唾を飲み込んで名を呼ぶと、頬を紅潮させた小鳥が、目を潤ませ上擦った声で高橋を呼んだ。
「高橋さ…ん」
固まってしまった高橋の後ろから、佐田が指を差して声を上げた。
「服の中だ!ほら。何か動いてる」
言われて見ると、確かに小鳥の服の中を何かが動き回り、その度に小鳥が身を
「春日野さん!!――どうしたんですか?何かあったんですか!?」
同じく異変に気付いた2年生組が駆け寄ってきて、先にいた3年生達に尋ねた。
「馬鹿野郎!!来るんじゃねえ!部屋へ戻れ!!」
いつになく厳しい主将の声に、逼迫した事態であることを感じ取って中へ入ろうとしたが、それは敵わなかった。
部屋の入口の内側に、3年の
「武晴さん、通してください!」
押して動かそうとするが、びくともしない。
身長196cmで体重も100kg以上ある武晴は、肩幅は広く胸板は厚く、首や二の腕は太腿かと思うほどの太さで、前を塞がれると中の様子を伺うことも出来なかった。
高橋としては、今の小鳥の状態を他の奴らに見せるわけにはいかなかった。
今ここにいる者で何とかしなくてはいけない。
それは佐田と武晴も同じ気持ちだった。
武晴が扉を閉めて背中で押さえ、完全に入口を封鎖した。
小鳥が、もじもじと足を擦り合わせながらこちらを見ている。
「俺達が何とかするから、大丈夫だ。小鳥」
そうは言っても、すばしっこく動く何かを、小鳥に触らずに捕まえられる自信はなかった。
高橋には、自分がラッキースケベに乗じられない真面目な性分であるという自覚がある。
佐田が傍にあった燭台の蝋燭に火を点け、腹部の盛り上がりにその灯りを近づけると、「キューッ」という音がしてそれは脇へと移動した。
「鳴き声?」
「動物か?」
確かめようと今度は脇腹辺りを照らすと、また「キューッ」と聞こえた。
「光とか火に弱いとか?」
「いや、ずっと暗い中にいたから驚いているだけかもしれん」
今その何かは、小鳥の左胸に乗っている。
「やあん」
胸の上をふさふさした毛のようなものが這っていく感触に、小鳥が思わず声を上げた。
高橋はその声で硬直してしまったが、佐田はそれを照らして追いかけ、小鳥の寝間着の裾からはみ出た白い毛を、すかさず捕まえ引き摺り出した。
佐田が掴んでいるのは、初めて目にする生き物の尻尾だった。
手の平に乗るほどの大きさのそいつは、佐田に尻尾を掴まれた状態で四肢をバタバタさせてキューキューと抵抗してくる。
それは純白のもこもことした毛並みをしており、フェレットやカワウソのような長めの胴体と短い四肢で、背中に小さな羽のようなものが付いていた。
「何?」
小鳥は乱れた髪のまま起き上がり、少しでも隠すようにと寝間着の裾を引っ張りながら、佐田の手元の生き物を見た。
コンコンと扉をノックする音が聞こえ、先ほど部屋まで案内してくれた神官の声がした。
「小鳥様!どうされました!?何かございましたか!?」
高橋が床に落ちていたシーツを拾って小鳥に渡すと、小鳥はそれで下半身を隠した。
「もっ、もっとちゃんと、肩まで被れっ」
「はいっ」
言われて小鳥は、身体全体が隠れるようにシーツに包まった。
さっきまで暴れていたから、思ったより寝間着が乱れているかもしれないとその時小鳥は思っていた。
しかし高橋は、何かが動き回っていた時はそちらに気を取られてそれどころではなかったが、改めて見ると、小鳥がノーブラで薄い布1枚を身に着けているだけだということに気が付いたのである。
外から見られないよう気を付けて扉を開けたが、万が一のことがある。
頬を染めて瞳を潤ませたままの小鳥に外に出ないよう釘を刺した後、高橋・佐田・武晴の3人が廊下に出ると、そこには他にも数人の神官達が集まっていた。
2年生達はまだ居残っていたが、1年生の2人はいないようで、少しほっとした。
「部屋の中にいたようです。窓は開いていませんでしたから、元々屋根裏にでも住み着いていたか、この部屋の主のペットなのかもしれません」
言いながら佐田が神官達の前にその生き物を
それをよく見るために神官の1人が灯りを近づけると、生き物は眩しそうに鳴き声を上げて暴れた。
「これはもしかして…。グレオ様!!」
中堅と見られる神官が、慌てて後ろの最高神祇官を呼んだ。
グレオは近づいてその生き物を見るなり、驚きの声を上げた。
「これは…、マト」
「マト?」
「神の御使とも言われる神獣です。滅多に姿を現すことはありません。私も実際に目にするのは、これが初めてです」
その神獣と言われた生き物は、漸く眩しさに慣れた様子で、つぶらな瞳で自分を取り囲む人間達の顔を見ていた。
「神の使いということは、悪さはしないんですか?」
「悪戯好きとは聞きますが、悪意の類いは持ち得ません。――この大きさで翼も小さいことから…、おそらくまだほんの子どもでしょうな」
グレオに先ほどの出来事についてかなり大まかに話すと、おそらく小鳥の寝床に入り込んだマトが出口を見つけられず、パニックを起こしてしまったのだろうと結論づけられた。
それで間違いないだろうとは思うが、また同じことが起こってはならないので、その夜はマトを3年生の部屋へ連れていくことにした。
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