兄を歓迎しながらケンカする妹達 その4
菫と椛は黙り込み、ジッと床に落ちたスマホの画面を見下ろしている。
いや、姉妹だけじゃなく遥さんや文彦さんも、同じように俺のスマホに釘付けだった。
一方で俺は、血の気が引きすぎて完全に硬直してしまっていた。
……や、ヤバい! ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバすぎる……!
今聞こえてきたのは、人気スマホゲーム『パンデミック・ハート』の起動時のムービー音声だった。プレイヤーは傭兵団の指揮官となり、さまざまな種族の美少女キャラとともに世界を駆け巡るというRPGだ。
ゲームとしても面白く、出てくるキャラクター達の可愛さが抜きん出ていて一躍有名になった話題作。俺もハマっていて、なによりいいのが、傭兵団の女の子達との絆が深まるにつれ、まるで家族みたいな感じになっていくところだ。
ちょいエロ要素も人気の秘密で、結構キワドイ格好の女の子達が大勢出てくる。そんなゲーム画面が、今こうやって月城家の面々の前に披露されたわけだからたまらない。
どうやら取り出す時に間違ってアイコンを触って起動してしまったらしいけど、よりにもよってあんなボイスがみんなに聞かれるとは……!
ちなみに起動時のムービーは自分の好きなキャラのを設定でき、俺はお気に入りの妹系ヒロインのものにしていた。ムービースキップの設定もちろんできるが、俺は好きなので毎回流すようにしていたんだが、それがモロに仇になった形だ。
「い、いや、違うんだ! これはその……!」
俺は慌てて誤魔化そうとするが、正直誤魔化しようがなかった。
こういった趣味はみんなの前では隠そうとしていただけに、このハプニングはもう焦るなんて次元じゃない。スマホを拾い上げるのさえ忘れているのをみればよくわかる。
そう、俺はいわゆるオタクってやつである。
ラノベ、マンガ、ゲーム、アニメは俺にとってなくてはならない心の栄養。
オタク文化がなければ、俺は冷え切った家庭の中で凍えてしまっていたかもしれない。
それくらい、俺にとってオタク分野の作品達は大切なものなんだ。
でも、そんなガチオタな俺でも、TPOはわきまえている。
理解が進んできているとはいえ、オタク分野にいい印象を持ってない人がまだまだ多いのも事実。だから俺は、人前ではそういった趣味は伏せるようにしている。お互い不愉快なことになったって何の得もないからだ。
そして、そういった考えはここ月城家でも徹底するつもりだった。
みんながオタクに対してどういう目を持っているかわからないけど、胸を張って主張するような類の趣味じゃないと思ってる以上、隠し通そうと考えてたんだ。
……けどまさか、こんな最悪な形でバレてしまうとは思ってなかった……!
「お、お兄さん……」
「お兄ちゃん、これ……」
今から居候生活を始める身で、そこの娘さん達にこんな反応をされて、しかも遥さんと文彦さんまで見ている前でこんなことになってしまっては、最早取り返しがつかない。
……うう、新しい生活が始まる前に終わってしまった……。
俺はリアルにガチ泣きしそうになっていたのだが、
「お、お兄さんはこういう服装が好きなんですか!?」
「そ、そうなのお兄ちゃん!?」
いきなりそんなことを言いながら二人が迫ってきたので、俺は驚愕する。
……え? え? な、なに言ってんだ二人とも? な、なんかキモーい的な反応じゃなくて、目が血走ってるんだけど!?
「み、見てお姉ちゃん! 他にもこれとかこれとか……!」
「あわわ、な、なんて破廉恥な……! で、ですがこれがお兄さんの好みなら……!」
「ちょ、ちょっと!?」
椛がスマホを拾い上げ、ものすごい勢いで操作していく。
……ああ、俺の傭兵団のメンバー(性癖)が次々と見られて――って、そんなこと言ってる場合じゃねーよ! なんなんだこの想定外の反応!?
「お、お兄さんの好みはこういう格好なのですか!?」
スリットがまぶしい美脚女魔法使いを指さしながら言う菫に、
「こ、こういうのが可愛いって思うのお兄ちゃんは!?」
ミニスカネコミミ獣人戦士を食い入るように見つめる椛。
居候先の姉妹に萌えキャラを晒し者にされるという史上最悪の罰を受けてテンパっている俺には、何が行われているのかまるで理解が追い付かない。
「お、お兄さん、もし私がこのような格好をしたらどうですか? 似合うと思いますか?そ、想像してください」
真っ赤な顔の菫にそう言われて、俺は意味がわからないながらも反射的に想像する。
菫の美脚魔法使い姿…………、ヤバい、可愛い、美しい……。
「あ、あたしも! お兄ちゃん、この格好のあたしはどうかな!?」
続いて椛にも言われ、俺はネコミミ戦士な椛を想像。
……いや、ちょっと可愛すぎるだろ。しかも胸の部分がかなりケシカランことに……。
「お兄さんのこの反応、これはやるしかありません……! ですが、このようなお洋服は一体どこに売っているのでしょうか?」
「あたし知ってるよ。こういうのってコスプレって言うんだって。で、でも、やっぱちょっと恥ずかしいかも……。お兄ちゃんのためだからがんばるけど……」
と、俺がなんだかイケナイ想像をしている間にも、二人の会話が進んでいく。
話の流れが全然つかめてないせいか、二人が何を言ってるのかまるで理解できない。
「お兄さん、この中でお兄さんが一番好きな服装を教えてください」
「あたしに一番似合いそうなやつってどれかな?」
「あ、ズルイですよ椛! 私が控えめな質問をしているのに堂々と!」
「お姉ちゃんのどこが控えめ!? 出し抜こうとする気満々でしょ!?」
だがゆっくり考える暇もなく、再び言い争いが勃発。
二人はまたどれがどっちがと迫ってくるが、俺はめまぐるしく変化していく状況にもはやいっぱいいっぱいだった。
「…………うむ」
そこで思わず助けを求めて辺りを見回すと、ちょうど文彦さんと目が合った。
スマホゲームの件で怒られるかもしれないと思いつつも、俺は思わずすがるような視線を投げかける。……だが、
「…………隼人は、そういうのが好きなのか……?」
「えええええ!?!?!?!?」
想定外すぎる人物から想定外すぎる場面で想定外すぎる質問が返ってきて、既に限界だった俺の脳のキャパがさらにオーバーする。
そんな間にも姉妹は詰め寄ってきて、俺の腕を左右に引っ張り始めたところで、
「……あなた達、いい加減にしなさい?」
背後から、そんな底冷えした遥さんの声が聞こえてきた。
その瞬間、菫と椛の身体がビクッと震える。俺が振り向くと、そこにはやっぱり頬に手をあてた笑顔の遥さんがいたが、なんか身体から黒いオーラが見えるような……。
「隼人くんが迷惑してるでしょ。それにその変な格好も着替えてくること」
「い、いえ、これはお兄さんのために」
「そ、そう、お兄ちゃんに喜んでもらおうと」
「……今すぐ。ね?」
その遥さんのおっとりしつつも有無を言わさぬ感じの言葉に、菫と椛は『は、はいいいいいいぃ……』と一目散に去っていった。
「……はぁ、ごめんなさいね隼人くん」
取り残された俺が呆然としていると、遥さんは少し困った笑顔で声をかけてきた。
「な、何がですか?」
「二人のあの言い争いのことよ。驚いたでしょう?」
「ええ、そりゃまあ……」
「ほんと、私達も困ってるの。あの二人、最近になって時々あんな感じでケンカになるのよ。今まではなかったのに」
「あ、そういえばそのことで気になってたんですけど」
そこで俺は、ずっとおかしいなと思ってたことを訊ねる。
なんで二人があんな風に言い争ってるのかよくわからなかったってのもあるが、実はもっと根本的な疑問があったんだ。遥さんの言葉で思い出した。
「あの二人って、仲が良かったはずですよね? ケンカなんて、そんなの昔は全然なかったと思うし。……もしかして、ここ数年で二人の仲が悪化したりしたんですか?」
「ううん、全然そんなことないわ。あの子たちは昔からずっと仲良し姉妹って評判で、ちょっと仲がよすぎるほどだもの。学校でもいつも一緒だって聞くし、家でもそうだし」
「え? じゃあ、さっきまでのは一体……?」
俺がそう訊ねると、遥さんはまた少し困った顔を見せながら、
「実は、隼人くんが家に来てまた一緒に暮らすってわかったくらいから、時々あんな感じになり始めたのよね。まあ、さっきみたいな激しいのは初めて見たけれど」
「え?」
「あ、でも勘違いしないでね? 隼人くんのせいとかじゃなくて、二人が隼人くんのことをす――ううん、今のなしね? ……こほん、さっき二人も言ってたように、家族の一員として隼人くんを迎え入れようって気持ちが強すぎて、自分の方が自分の方がってなっちゃってケンカになってるだけだから」
「……それって、つまり俺のためにってことですか?」
「そういうことね。でも隼人くんは全然気にしなくていいから。……とはいえ、あそこまで激しいことになるとは思ってなかったわ……。後でもう一度、ちゃんと叱っておかないといけないわね……」
遥さんはため息を吐きながら「でも、きっと私が言っても聞かないんでしょうけど」と呟いていたが、俺はそれどころじゃなかった。
遥さんは気にするなって言ってるけど、そんなの気にするに決まってる。
……だって、二人は俺のためにケンカしてるんだぞ? しかもその理由が、居候の俺をなんとか家族として迎え入れようっていう100%の善意からだぞ?
そんなの、気にしないでいられるはずがない。俺のためにあそこまで必死になってくれてるなんて知ったら、うれしすぎてどうにかなりそうだ。
……くっ、やっぱりあの二人は天使だ……。いや、女神かもしれない……。
なんでもいいけど尊すぎてヤバい。そういう優しさは昔とまったく変わってなくて、俺はあの二人に出会えたことを改めて神様に感謝したい気分だった。
けど――
俺は感謝と感動で泣きそうになるのをグッと堪え、頭を切り替える。
そう、二人の善意はとてもありがたいけど、喜んでばかりもいられない。
なぜなら、いくら理由が尊くても、二人がケンカしてるというのは事実だからだ。
記憶の中でも仲睦まじくて、しかも評判になるくらいの仲良し姉妹がケンカをしているなんて、そんなことはあっちゃいけない。しかも、その原因が俺となると、そんなの絶対に許されない。なんとかしないと。
「あ……! そ、そうだ、遥さん!」
とその時、俺はある考えを思いついて、慌てて遥さんに声をかける。
「? どうしたの隼人くん?」
「俺が……! 俺があの二人を仲裁してみせます!」
そして、グッと拳を握りしめながら、決意を込めてそう宣言した。
……そう、それだ。それしかない!
俺は月城家に居候になると決まった時から、ずっと家族の一員として認められるにはどうすればいいか考えてきた。でも、具体的に何をすればいいかはわからなかったんだ。
けど今は、俺にできること――いや、俺こそがすべきことが一つだけある。
それはもちろん、菫と椛のケンカを仲裁して止めることだ。
もともとの原因が俺なんだから、俺が二人の間に入るのが当然だ。
家庭の中に争いなんてあっちゃいけない。そんなのは、俺はもう二度と見たくない。
だからこそ、二人のケンカを止めて月城家を元のように笑顔溢れる理想の家庭に戻すことこそが、俺に与えられた使命なんだ。きっと、多分、というか俺が今そう決めた!
「遥さん、俺、ずっとこの家で自分に何ができるかって考えてたんです。その、居候ではありますけど、家族――同じ家に住む者として。俺、家の中でケンカとか、そういうのはもう絶対嫌なんです。だから、その、二人の争いは、俺がきっと止めて見せますから!」
俺は、改めて今の自分の気持ちをストレートに口にする。
青臭い理想論かもしれないけど、さしでがましいかもしれないけど、でも遥さんならきっとわかって――
「え?」
「あれ!?」
な、なんか、遥さんがキョトンとした顔してる。思ってた反応と違うぞ?
別に期待してたわけじゃないが「隼人くんがそこまで言うなら!」みたいな熱い展開になると思ってたら、なんか「なに言ってんだこいつ」的な感じになってるのはなぜだ?
「隼人くんが仲裁って、でもあの二人はまさにその隼人くんを巡って争ってるんだから、そこで間に入ったらますます……。いえ、でも、もしかしたらその方が……」
「あ、あの……」
遥さんがなにやら呟きながら考え込んでいるが、小声なのでよく聞こえない。
……ど、どうしたんだ? と俺が訝しんでいると、
ニマ~。
「んん!?」
なぜか遥さんの顔が急にニヤケ出した!?
「うんうん、そうね。そういうことなら隼人くんにもう全面的にお願いしようかしら。そうした方があの子達にもいいでしょうし。……うふふ、みんなの可愛い姿がたくさん見られるかもしれないわね。なんだかきゅんきゅんしてきちゃった」
「は、遥さん?」
「そういうわけだから、あの二人の仲裁、よろしくね隼人くん」
「どういうわけなんですか!?」
「え? 隼人くんが仲裁するって言ったじゃない。期待しているわ」
「い、いえ、言いましたし期待されるのも望むところですけど、なんか間によくわからない意図が混じりませんでした?」
「ううん、混じってない混じってない。一時はどうしようかと思ったけど、隼人くんがそう言ってくれて助かるわ。楽しみもできたし。うふふ」
「今確かに楽しみって言いましたよね!?」
俺のツッコミに、遥さんは「何でもない何でもない」と笑う。
……な、なんだろう。結果的に俺の申し出が受け入れられたのはよかったけど、なんかものすごく釈然としない。
「まあまあ、深く考えずに隼人くんは自分の心に正直に過ごせばいいのよ。それが結局一番いい結果になるんだから」
やっぱりなんだかよくわからないこと言う遥さん。
……でもまあ、いいか。とりあえず、ここでの目標ができたことは確かだ。
月城家の素晴らしい人達のために、俺にできることがある。そう思うだけで、うれしさで身体の芯が熱くなってくるような気がした。
「なにはともあれ、改めてようこそ隼人くん。これからよろしくね」
「あ、は、はい。よろしくお願いします。みんなから家族だって認めてもらえるように、俺、がんばります」
俺がもう一度、決意表明のつもりでそう返すと、
「だから、そんなに気負わなくても、みんなもう隼人くんは家族だって認めてるわよ」
もちろん私も、と笑って返してくれる遥さん。
……ありがとうございます。でもみんなに甘えるだけじゃなく、俺自身の力でがんばって家族になろうって決めてるんです。
「さあ、隼人くんのお部屋に案内するわね」
「あ、はい。お願いします」
俺は心の中で決意を改めながら、遥さんの後をついて行く。
これからきっと楽しい日々が始まる。いや、自分の手でそんな日々を作っていこうと期待に胸を膨らませながら――
「……も、椛、そのスカーフは私のじゃないですか……!」
「……お姉ちゃんこそ、使わないくせにあたしのリボン持ってかないで……!」
…………なんか上の階からそんな声が聞こえてきて、期待だけじゃなく少々不安も感じたけれど、それでも俺はこうして、新しい生活への第一歩を踏み出したのだった。
……ちなみに、
「…………隼人はああいうのが好きなのか……」
なぜか文彦さんはずっと一人でブツブツと呟きながら佇んだままで、遥さんも放っておいたので置いてきたけど、よかったんだろうか……?
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