第15話

――――そこは緑色を基調とした床が広がり、なんだかよくわからない大きな機械があった。それなのにそこは殺風景だった。

「ここが…?」

「ここが研究所……」

想像していたのとは違う感じでなんとなく拍子抜けしたが、やけにでかいな。

「来たのはいいがどうすればいい?」

考えてみれば相手は武装した集団でオレは何の考えもなしに飛び込んだのはいいがこのままだとただ死ににきたようなものだ。

 「白石、この場合どうすればいい?」

「異世界人たちに気がつかれないことが最優先事項…。彼らに見つかっては綾瀬川に接触できても貴方が捕まってしまう…」

「確かにそうだな。どうすればいいか?」

「まず、綾瀬川のいる階まで移動…。その後、彼女が一人になったとき、彼女に近づく…。それでどう……?」

「とにかくあいつらにばれなければいいんだろう。綾瀬川がいるところまで案内してくれ」

「わかった…」

白石はうなずくとそのまま、動かない。

オレは何も聞かずにそのまま見ている。白石はゆっくり目を開ける。

「彼女はこの研究所の反対にある建物の中にいる……」

「そうなのか」

「来て……」

白石はオレの手を掴み、引っ張る。

オレは白石に導かれるまま、ついていく。

研究所の出口へと向かい、ドアの前で身を潜めながら反対側の建物に目をやる。

建物は学校の体育館よりもさらに大きく、ドームといってもいいようなくらいの大きさ。

白石は入り口の方を見る。ここから別棟の入り口までの距離は役百メートルほど。

オフィスビルの入り口を連想させるような入り口には見張りらしき人物が二人。

「白石、オマエの能力であの中に入れないのか?」

「以前、入ったことがある…。けれど今は入れない…」

「なんでだ?」

「今、私の能力が無効化されつつある」

「もしかして綾瀬川の能力?」

「そう……」

「でもアイツの能力って範囲があるんじゃないのか?」

「わからない…。けれど彼女の能力であることは感覚でもわかる…」

「そうなのか…。ということはあの建物の中に異世界人が何人いるかということも、わからないってことか」

白石は無表情のまま、うなずく。

「正面から突破するしかないのか?」

白石にオレは聞くが何も答えない。

白石は左肩にかけていた黒いバックを地面に置き、あける。

そして中から狙撃用と思われる小さいライフルを取り出した。

そしていろいろと手早く、筒状のものを取り出し、銃口の先につけ、もう一つ、スコープを銃身につける。彼女はドアの影に身を伏せたまま、地面に片膝をつきライフルを構える。

 銃口を別棟の入り口に向け、スコープを覗き、彼女は引き金に指をかける。

狙いを澄まし、彼女は一回、引き金を引く。プシュッという炭酸が抜けるような音がし、オレは入り口の方を見ていた。片方の見張りが倒れる。もう一人は慌てつつ、周りを警戒するが白石はすばやく狙いを定めたのか、横でプシュッという音がもう一回聞こえた。

もう一人の見張りもすぐに倒れた。わずか三十秒ほどで白石は見張りを倒していた。

「完了した…」

唖然としていたオレはただうなづくだけ。

「中に侵入する…。私が合図するまでここから動かないで…」

彼女はライフルを構えつつ、あたりに注意しながら入り口へと近づく。

入り口へと近づくとその一歩手前で止まり、何かをしていた。

遠くから見ていて何をしているのかよくわからない。

ライフルを入り口の天井近くに向け、発砲する。

そして彼女はオレに手招きする。

オレは合図に従い、白石のいる入り口の近くへと向かう。

白石に近づき、オレも身をかがめる。

オレは声を潜め、白石に聞いてみる。

「今、何をやっていたんだ?」

白石は何も答えることなく、指を刺す。

「監視カメラに妨害装置を打ち込んだ…。だから以上に気づくのに少しだけ時間がかかる…」

「……」

もう何をしていたのかを予測はできたがここまできたらもう言葉が出ない。

オレと白石はそのまま入り口から研究所別棟に侵入する。正面突破にしてはいささか静かな感じだが。

「綾瀬川は何処にいるんだ」

「能力妨害される前に感じたのはここの四階」

オレは案内図を見てみる。

別棟は五階まであり一階一階のフロアが大きいらしい。

「とにかく四階まで行こう」

「わかった…」

オレと白石は階段を駆け上がる。

気がついたことに異世界人の見張りがいない。

どう考えても警戒が薄すぎやしないか?

オレの考えすぎなのか?

腕時計を見ると突入するまでの時間は後三十分。

急ぐ気持ちがあるがあせってはダメだ。

 四階に着き、白石が進行しつつオレはその後に続く。

研究所のオフィスを一つずつ確認していく。

しかし、異世界人、綾瀬川のぞみの姿が見られない。

最終的に二階から吹き抜けになった巨大なホールに近いところにたどり着く。

サッカーグラウンドほどありそうなホールで、そのホールのど真ん中にリング状の巨大な機械が存在していた。

リングの中心は怪物が口をあけたような真っ黒い穴。

オレは四階から見下ろす形だったがその光景に驚きつつあたりを警戒する。

綾瀬川、異世界人の姿を探すが見当たらない。

「いないぞ、白石」

「私にもわからない……」

とにかくオレと白石は走る。

ふとリング状の機械のそばに誰かが立っているのが確認できた。

「白石、あそこ!」

オレは小さい声で白石を呼ぶ。

彼女はすぐに反応しライフルのスコープで確認する。

「綾瀬川のぞみ……」

「本当か?」

彼女は頷く。

オレは白石が何かを言う前に走り出していた。

ホールの一番下に続く、階段までい一気に駆ける。

白石が追いかけていることに気がついているが今は綾瀬川の元までいくことに集中していた。どうしてもあのとき、泣いていた理由が知りたかった。

なんであんな嘘をついていたのかも聞きたかった。

だから危険だとわかっていてもここまで来たんだ。

階段を一段飛ばしで、駆け下り、ホールにたどり着く。

リング状の機械のところに立っていたのは紛れもない綾瀬川の姿だった。

こちらに後ろを向くようにし、上を見上げていた。

「綾瀬川!」

綾瀬川の名前を呼ぶ。彼女はその場で静止したまま、こちらを向こうともしない。

聞こえていないのか?

そんなはずはない。

オレは彼女に駆け寄り、彼女の肩を掴む。

「おい、綾瀬川!」

そのとき後ろからおおきな声が聞こえた。

「ダメ!」

その声が白石のものだと気がついたときにはオレは地面に這いつくばっていた。

「おやおや、これは珍しい方が紛れ込んでいましたね」

この腹の立つ口調だけは忘れたことはない。

「お久しぶりですね、末原さん」

「ダグラ!」

「おや、そんな顔しないでください。すべてが終わる前に親しい方に会えてうれしいのですから」

そうダグラはいうと不快感を感じる笑みを浮かべた。

後ろにいた白石は異世界人に囲まれていた。

「白石さん、あなたは動かないでくださいよ。ご友人が死ぬことになりますよ。あと人質もね。安心してください、人質は別の場所にいますから」

ダグラにいわれた白石は抵抗は意味ないと感じたのかライフルを床においた。

「ふざけんなよ。俺らはお前に会いに来たわけじゃない! さっさと帰れ」

「おや、そんな言葉をこの方にも言えますか?」

「綾瀬川!」

ダグラの横から目の前にいたはずの綾瀬川が現れた。

綾瀬川は無表情で目は暗く伏せがちになっていた。

くそっ、なんでこんなことになった。なんでオレたちがここに忍び込んだことがばれた?

それに綾瀬川はさっきまで目の前にいたのに。

「なんで自分たちが忍びこんだのがばれたのが不思議ですか?」

ダグラはお得意の思考を読む能力を使う。

「まぁ、仕方がないですよ。彼女の力で私たちの力が使えないとでも思ったのでしょう。しかし我々はある程度なら彼女の力をガードできる能力者がいるんですよ。それに彼女の力を防ぎつつ彼女の力を増幅させ、外界の能力者だけを使えなくさせていたんです」

だから白石の力が使えなかったのか。

「それに事前に綾瀬川さんから組織が突入してくることを聞いていたのでわかっていましたから。ただあなたたちがくることは予定外でしたが人質が増えて嬉しいですよ。それに末原さんが見た綾瀬川さんはただの幻影です。つまり彼女の姿をした偽者です」

ダグラはオレを見下すようにいい、笑った。

「それにしても貴方も馬鹿な人だ。せっかく彼女が貴方を助けようと嘘をついたのに。貴方はわざわざ死ににきた。ほんとう笑うしかないほど馬鹿ですよ」

「うるせぇ! お前は綾瀬川を脅していただけだろう! それにこの町、この世界を破壊するためにここを占拠した! 綾瀬川の考えを踏みにじったんだろう!」

「彼女は自分の意思で来たんですよ。私のせいではありません」

くそ、一発殴りたい! オレはほかの異世界人に押さえつけられ身動きが取れない。

ただ呻くことしかできない。

「綾瀬川! お前はどうなんだよ!」

オレはダグラから綾瀬川に視線を移す。

綾瀬川は無表情でこちらを見ようとはせず、黙っているだけだった。

「綾瀬川!オマエはこの場所にいたいと思ったんだろう! でもそれを親は許さない。ただ黙っていることしかできなかったんだろ! だから全て壊すことを考えた! 違うか?」

オレは押さえつけられながらも必死に叫んだ。

喉が焼けるように熱くなり、声と共に出る息は肺の空気の半分以上を持っていく。

「オマエはここで過ごしたいと思ったんじゃないのかよ! だからあのとき泣いてたんだろ!」

綾瀬川に向かって叫び続ける。しかし、彼女は何も答えない。

「何をそんなに熱くなっているんです?」

ダグラはオレをあざ笑うようにクスクスと笑う。

「まるで犬みたいですね。キャンキャンと吠えて、可愛らしい」

ダグラの言葉を無視し、綾瀬川に顔を向ける。

「こんなくだらないことして何かが変わるとでも? ふざけんなよ。オマエは良かれと思ってオレに嘘をついた。それはただのおせっかいなんだよ!」

その瞬間、綾瀬川は突然、こちらに向かい、突っ込んでくる。

オレを押さえていた異世界人を払いのけ、オレの服を掴み仰向けに押さえつけられる。

周りの異世界人たちは警戒するように動いたが、ただ黙って見ているだけ。

持っていたナイフをオレのは口に入れる。

「静かにしないとその下を二枚にするわよ」

綾瀬川は無表情で言い、ナイフを口の中から抜く。

最初の頃にあったときのような鬼気迫る雰囲気、冷たい視線。

彼女が本気で言っていることがわかる。

でもここでハイと言ったらただの馬鹿だ。

「やりたきゃやれよ!」

オレは少し、震えつつも叫ぶ。

「そう、わかったわ」

綾瀬川は短く口にするとナイフを振り上げた。

それと同時に、耳を劈くような爆発音が響いた。

「何事です?」

ダグラは顔から笑みを消すと叫ぶ。

あたりの異世界人は騒ぎ出す。

「四階からですか!」

異世界人たちの何人かはそのまま上に上がる。

このときを見逃さず、オレは思いっきり体をブリッヂするように跳ね上げた。

武器を持っているといっても馬乗りになっている綾瀬川も女の子の体重で軽い。

それに綾瀬川は爆発に気を取られ油断していた。

そのまま綾瀬川は勢いよく体勢を崩しナイフを手から離す。オレはそのまま体を起こし綾瀬川を押さえつける格好になる。

「本当にやる奴がいるか馬鹿!」

「…………」

綾瀬川は顔を横に向け、目を合わせようとしない。

あたりがざわついているのはわかっていたがただ今は綾瀬川と話すことにだけ意識をしていた。

「綾瀬川、オマエは一体どうしたいんだ! このままあいつらの仲間になって全ておじゃんにしたいのかよ! 答えろよ!」

「…………」

「オマエがここで過ごして少しでも楽しいと感じたことはないのかよ? だからあんな嘘ついたんだろ? オマエは少しでも守ろうとか考えたんだろ! 確かに嬉しいよ、でも何で異世界人側につく必要がある? 何でだ、綾瀬川!」

叫ぶ必要なんてないのに思いっきり叫ぶ

オレの声は残響するが周りの喧騒に紛れて消える。

なんで目の前にいるのに届かない。

何でこんなにも距離がある?

どうして?

「…………」

綾瀬川の腕が震えていた。

「答えろ!」

オレはもう一度叫ぶ。

「―――じゃない」

綾瀬川の声は小さく、周りの音に消される。

「仕方ないじゃない!」

綾瀬川は顔をこちらに向ける。

彼女は泣いていた。下唇を噛みながら何かを我慢するように。

「何がだよ! 仕方ない? ふざけんなよ。オレは一言でも助けて欲しいなんていってない! オレを狙うっていうんだったら話てくれればよかったんだ! なのに―――」

「好きになっちゃったんだからしょうがないじゃない!」

彼女は誰の耳でも聞こえるように叫んだ!

「最初は、この場所も同じだって思った! またいつもと変わらないんだって思ってた。でもキミに会って、いつもの日々が楽しく感じられた。いつの間にかそばにいてくれてリーダーや白石より長く一緒にいた。気がつけば好きになってた! でももう巻き込みたくなかったいつもの日常を壊すのが怖かったの! キミがそばにいてくれなくなるのも! 私だってこの感情がよくわからない」

綾瀬川は泣きじゃくっていた。ただ涙を流しながら、叫んでいた。

オレは彼女を押さえつけたまま、そのまま黙る。

「脅されてわからなくなったの! わからなくなって怖くて…。 私はどうしたらいいの? 私はわからない!」

「じゃあ、戻ればいい!」

「…………」

「もう一度、戻ればいい。確かに何かを壊したかもしれない。でももう一度、普段の生活になれば全て解決なんだろう! だったら―――」

そのときオレは横から顔に何かが当たる衝撃で吹き飛んだ。

一瞬、何が起きたのか理解できなかったが蹴られたと気がついた。

「何を言っているのかわかっているんですかね?」

ダグラはニヤニヤした嫌な表情ではなく、ただ冷たく全てを空虚に受け止めてしまう何もない眼をしていた。

「さっきから聞いてれば勝手なことばかり言いますね。貴方は用済みなんですよ、末原さん。綾瀬川のぞみ。貴方は私たちの仲間のなんですよね?」

「…………」

どうやら綾瀬川の心、思考だけは読むことができないらしい。

「私は・・・」

綾瀬川は一度黙り、オレの顔を見る。

ただ一瞬、綾瀬川はうなずいた。

「私は……。私は貴方たちの仲間じゃない!」

綾瀬川は叫んだ。

ダグラは一瞬、驚いた顔をし、そのまま表情が笑顔に変わった。

「いいでしょう、貴方も末原さんも殺してあげましょう!」

ダグラの雰囲気が変わり、オレと綾瀬川は身構える。どうする? 白石も動けない状態だぞ。このまま、何かされたらみんな危ない。

しかし、そんな考えは途中で強制的に終了させられた。

フロア全体に悲鳴が聞こえ、気がついたときにはドシャと何かが叩きつぶれる音がした。

音がした場所には異世界人の死体が倒れていた。

「よく言った、のぞみちゃん!」

そして上から聞き覚えのある、気の抜けた声が聞こえた。

全員が一斉に上を見る。

中でもダグラは憎悪を隠しきれない、ものすごい顔をしていた。

「持田健人!」

「やぁ、ダグラ! ウチの部下がお世話になったね!」

持田は四階の階段のそば手すりの上から見下ろしていた。

そして彼はジャンプした。

異世界人は各能力で攻撃をしかけるが彼に当たらない。

彼は上に細いワイヤーを投げる。

ワイヤーはどこかに引っかかる。そして彼は右手に炎をまとわせるとそれを異世界人に向かい投げる。

炎は勢いよく当たり、異世界人たちは燃える。

そのまま彼はワイヤーにぶら下がるように降りてきた。

「よっと」

「なるほどさっきの爆発は貴方の仕業だったってことですね。しかし、遅いですよ。人質は――」

「人質なんていないさ、初めからね!」

「貴方は何を言って―――」

ダグラは何かに気がつき、あわてた表情をする。

「まさか―――」

「そのまさかだよ。彼らの意識をだましたんだ。そうすることで彼らは人質がいないにも関わらず、いると勘違いしてたんだ」

「貴方たちの方が一枚上手ということですか」

「そういうことかな」

「つまり貴方たちはこの装置を餌にしてここに呼び出した。それが真の狙いですか」

「どうだろうね、後数分ってとこかな」

「何が言いたいのです?」

「ん、組織の部隊が突入するまでの時間。でもここまで全滅になっていたら意味がないか」

持田はからからと笑った。

「つまりはチェックメイトってことですか」

「そういうことになる」

ダグラはその場でただ突っ立っていた。

「優ちゃん、動けるかい?」

「私は大丈夫…」

「そうかい。ならダグラを見張っていてくれないかな?」

「わかった…」

白石はそのままライフルを拾う。

「大丈夫かな、太一君」

「その感じ、本当に胡散臭いな」

「そうかい? まぁ、僕の性格だからしょうがない」

持田はオレに手を差し伸べる。オレはその手を掴み立ち上がる。

「のぞみちゃん」

持田は綾瀬川のほうに向く。

綾瀬川はばつが悪そうに顔を伏せる。

「私は……」

「何も言わなくていいよ」

持田はポツリと言った。

「ただこれから戻ったら、組織の裁判にでてもらうことになるけど。確実に罰せられることになるだろうけど、今回は被害も事前に防げたから大丈夫だと思う。結果はどうあれのぞみちゃん、いつもの日々にはもどるよ」

「リーダー……」

良かった…。

まぁ、戻るのには支障がなさそうだ。

これからちゃんとした日々に戻れるのかもしれな―――

「ふははははははははははははははははははははははははは!」

ダグラは突然、笑い出す。

「何がおかしいんだい?」

持田は怪訝な顔をしていう。

オレと綾瀬川は黙って見ている。

ここまで来てダグラは気持ちの悪い笑みを浮かべているのにさらに不快感を抱いた。

「ふはははははははははははははははははははははははは! 終わり? 寝言をいうには早すぎますよ!」

ダグラは叫ぶと彼を警戒していた白石の方に右手をかざす。

「私もなめられたものですよ!」

するとライフルを構えていた白石はライフルから手を離し、頭を抱え、苦しそうな顔をした後、その場に倒れこんだ。

「これも私の能力でしてね。能力者だけに使える超音波攻撃とでも言いましょうかね」

「白石!」

「本当にしつこい奴だね」

持田はやれやれといわんばかりに首を横に振る。

「貴方達も同じようなものでしょう?」

「たぶん、一緒じゃあないかもね」

ダグラの顔はひきつった笑顔で、逆に怖く感じてしまう。

彼はポケットからなにかを取り出す。

そしてその何かを掲げるような形で上に上げる。

彼を止めようにも白石が側に倒れているからうかつに手を出せない。

「これは終わりではない! さぁ、すべてを始めましょう!」

ダグラはそう叫び、手元の何かを親指で押した。

「まずいね」

持田は微笑しつつ冷や汗をかいていた。

「何がまずいんだ?」

俺が質問し終わった瞬間だった。

扇風機の羽が回る音のような巨大な機械が動く音があたりに響く。かなり大きい音で声がかき消されるくらいだ。

「なんの音だ!?」

「ダグラがゲートを開いた」

「ということは・・・」

オレは後ろをみる。ということはリング状の機械はあの装置だったのか。

装置は危険を示す赤いランプやら黄色いランプが点灯し始め、ブザーも鳴り出す。

「チェックメイトではなくチェックでしたね。持田建人!」ダグラはただ壊れたように叫んだ。

オレと綾瀬川、持田はただその場に立ち尽くすのみ。

「あなた方はいつも詰めが甘い。だから逆転される」

ダグラは装置の近くにたち、大きく手を広げ天を仰ぐ。

ブザーが鳴り止み、室内なのに風が起こる。

「太一君、のぞみちゃん! 危険だ! 早く避難しないとまずい!」持田は突然、叫んだ。

「何で?」

「ワームホールは開くとブラックホールのように飲み込む性質がある! このままだとみんな吸い込まれて次元の狭間にとばされる!」

「吸い込まれたら助からないのか?」

「このワームホールは行き先がわからない! だから次元の狭間でグチャグチャになるだけだよ!」

「てっことはみんなで仲良く挽き肉になるってことだ」

「そういうこと! 奴は組織の部隊も道連れにする気だね!」

「リーダー、太一君!」

綾瀬川が横から叫ぶ。

「どうしたの、のぞみちゃん!」

「白石はどうするの!?」

オレと持田はダグラの方をみる。

「そしたら、僕がダグラをひきつける。その間に二人で優ちゃんを救出するんだ。部隊は外で待機してるからこの異変にも気がついているはずだよ」

「リーダーは?」

「僕なら大丈夫だよ」

持田はそういうと右手からライターを出し、火をつける。

彼の腕に炎が纏う。

「さぁ、急ごうか!」

あたりは風が吹き荒れ、まるで台風のような状態になっていた。

持田は駆け出すとダグラに向かう。

ダグラは予想していたのか、身構える。

「貴方も馬鹿な人だ!」

「馬鹿で結構!」

持田はダグラに向かい炎を投げる。

ダグラは交わし、そのまま持田へ突進をかける。

持田はそれを迎撃するような形で炎を楯のようにする。

持田とダグラはすばやく動き、ハイスピードな戦いをする。

まるで人間とは思えない肉弾戦になっていた。

オレと綾瀬川は白石を助けに行こうとするが二人の動きに邪魔され、タイミングが見つからない。

どうする、もうちょっとしたらワームホールは完全に開く。

そのときは飲み込まれる可能性があると持田は言う。

「末原君!」

「綾瀬川!」

「私が、リーダーの炎を消すから白石のところまで一緒に走って!」

綾瀬川は叫ぶ。一度、白石の方を見る。

オレに迷っている暇はない。

「行こう!」

綾瀬川に返事をし、二人で駆け出す。

オレと綾瀬川は二人の激戦の間を縫って、白石のところへ走る。

途中、持田の能力の炎に当たりそうになるが、綾瀬川のおかげで何とかたどり着く。

「白石!」

オレと綾瀬川は白石に駆け寄る。

白石を抱きかかえると彼女の細い体はぐったりしていた。

「末原君、ここから離れましょう!」

「わかってる!」

ワームホール発生装置の方に風が流れていてまともに体勢が取れなくなるくらい強くなっている。持田の方を見る。どうやら上手くダグラをひきつけてくれたらしい。

出口は四階。そこまで白石を運ばなければ。けどもうワームホールは完全に開きつつある。

四階に上がるまで間に合うのか?

とにかく白石を背負い、階段へと走る。

横目でみると持田とダグラは戦闘を続けている。

彼はどうするつもりなのだろうか?

今は上に上がることだけを考える。階段まで走りそのまま駆け上ろうとする。

そのとき、オレは自分の真後ろから声がした。

「逃がしませんよ!」

「太一君!」

その声にオレの前を走っていた綾瀬川は振り返り、声を荒げた。

「末原君!」

オレは後ろを振り返る前に空中に浮かんでいた。背負っていた白石を離し、落としてしまう。

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

何事かと思う。

一体、何が起きたのか理解できない。

気がつくとワームホール発生装置のゲートの近くに立っていた。

もうこのままだとそのまま吸い込まれそうな勢い。リング状の機械の中心は水が張ってあるようにキラキラと辺りの光を反射していた。

しかし、風はこれに吸い込まれ勢いを増し、あたりのものまでを吸い込んでいた。

「あなただけは逃がしませんよ、末原太一!」

そしてオレはダグラに首元を押さえられていた。ダグラはフックか何かでオレを引き寄せたのかもしれない。

なんという失態をしたのかと気がつく。しかし後悔している場合じゃない!

このままだとオレ、死ぬ!

「ダグラ!」

持田は叫び、こちらへと走る。

「皆さん、これで私と道ずれですよ!」

「ふざけんな、オマエ一人で死ね!」

オレは声を荒げダグラに叫ぶ。

このまま吸い込まれて、死ぬのだろうか?

それはさすがに嫌だ。

オレはダグラを必死で振りほどこうともがく。

「末原君!」

暴風が吹き荒れ、風のゴウゴウという音の中、オレは綾瀬川の声を聞いた。

「綾瀬川のぞみ!」

「ダグラ! これで終わりよ!」

綾瀬川はすばやい動きで何かを取り出す。

オレが目で捉えたのは綾瀬川はハンドガンを構えるとこだった。

そして次のときにはオレを押さえていたダグラの腕から力が抜けた。

ダグラからオレは離れる。

彼の顔を見ると額には銃創のあとがあった。

そしてそのまま彼は倒れるようにしてワームホールへと吸い込まれる。

次の瞬間、タイミングがいいのかワームホールが完全に開いた。

あたりのものが次々と吸い込まれていく。

「太一君!」

「持田!」

「つかまれ!」

持田は手すりにつかまり、片手をオレに手を伸ばす。

オレは彼の手を掴む。

体が宙に浮き、吸い込まれそうになる。

飛ばされぬようにしっかりと持田の腕を掴む。

突然、ぴたりと風がやむ。

宙に浮いていた体は地面につく。

持田の手を離しあたりを見回す。

「風がやんだ……」

「ワームホールが閉じたんだ」

「てっことは…」

オレはあたりを見渡す。

「助かった…」

「そうみたいだね。ダグラは次元のかなたに飛ばされたし」

「終わったってことか」

オレはワームホール発生装置から離れ綾瀬川と白石を捜す。

二人はすぐに見つかり、階段の近くでうずくまるような形で座り込んでいた。

「綾瀬川!」

「末原君」

「大丈夫か?」

「私は大丈夫。白石は眠っているみたいだけど」

「そうか…」

白石を見ると彼女は寝息をたてていた。

「綾瀬川」

「末原君…」

思わず、綾瀬川に抱く。

「ま、ま、末原君!? ちょっと・・・なに?」

「もう二度とあんなこと言うな」

「えっ?」 

「わからないとか壊すとか。お前が楽しいと思ったのは事実なんだ。だからその事実を全てなかったことにするようなことは言うな」

「……。わかった……」

オレは綾瀬川から離れる。

「だから普段に戻れても絶対、次は裏切るとかするなよ」

「うん…」

綾瀬川は困ったような嬉しいような顔をして笑った。

このときオレはやっぱり、綾瀬川は笑ったほうが可愛いなと思った―――

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