序章 2 せいとん
ユーフォリア・ペン・エニグランド。3歳。
この世界での私の名前。
エニグランドは公爵家。ここ、コードニア王国の貴族の中で一番偉い家の一つ。
私の父親であるエニグランド公爵は、王国の財務大臣として日々激務に追われ、その妻エルフィリア公爵夫人も夫と同じ財務局筆頭秘書として働く女性の第一線を突っ走っていながら社交界でも大活躍…らしい。
そんな二人の娘である私も、もちろん才女としての才能を期待されているらしく、既に数学を中心とした英才教育が始まっていた。
現在3歳のはずのユーフォリアの記憶からは二次方程式だの貸借対照表だのおよそ3歳の記憶とは思えない公式や用語の記憶まで流れ込んできた。なんだこれ。
ユーフォリアの記憶から推察するに、文化レベルは中世ヨーロッパぐらい。石油とか蒸気機関とかなさげ。それもそのはず、この世界には魔法があった。しかしどうやらユーフォリアは魔法のことをほとんど勉強していないようで、全然情報がない。
記憶していることといえば「いきものはみんな魔力をもっていて、それを使うと魔法が使える!」というアバウト3歳知識だった。いつか魔法について教えてもらえる日が来るらしい。いつなのか、の記憶はなかった。多分忘れたんだろう。一番大事なことなのに。
まあ、そんな魔法のおかげでお母様のネックレスのような精巧な金属加工やこの家の柱の装飾みたいな大胆な建築などなどなどができるらしい。へえ。
そんなこんなで頭の中に一気になだれ込んできた3歳女児の記憶にしては多すぎる記憶を分析・整理すると、頭の痛みや身体の熱もいくらか収まったような気がした。
目を開く。身体の感覚を取り戻す。
ああ、小さい。私、本当に3歳児の体だ。
周りを見渡す。
記憶の通りの私の部屋。上品なカーテンと天蓋付きのベッド。隣には家庭教師兼世話役のアーミアと、その奥に侍女のシアン。
額からアーミアが乗せてくれていたであろう濡れ布巾が落ちる。
ふわふわで、ちょっと重たいくらいの掛け布団が、少し湿る。
深呼吸。
香水の、匂い。記憶にあった、匂い。
ああ、ここは現実なんだ、と思った。
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