第37話 辿る軌跡

 嘗てないほどの絶望が俺を襲う。暗澹たる思いがこの場を支配して包み込む。


「ま、魔王さまに……」

「不可能じゃ……お前さま。以前妾が話したことをもう忘れたかや?」


 フィーネに救援要請を打診しようとした俺に、フォクシーが虚ろな瞳で首を振る。


 魔王軍は遥か東の地において帝国と北地で戦っている。

 それはきっと我が国よりも壮絶な戦闘であることは想像に容易い。相手は世界最強の大帝国なのだから。


「では……我が国はこのまま見捨てられてしまうのか? ここは人間界に置いての魔王軍第一支部なのだぞ!」

「魔王さまにとって、ここはまだそれほど重要な拠点にはなっておらん。失ったところで……」


 そこまで言ってフォクシーは口を噤んだ。

 俺が歯をガタガタとみっともなく鳴らしていたからだろう。


「お前さま……」


 もう……終わりだ。

 魔王フィーネの助力なくして、この圧倒的な兵力差を覆すことなど不可能なのだから。


「ボク……一度グリティアに帰るよ」


 ああ、そうなるよな。

 偉大なる王と啖呵を切り、かっこつけてみたものの。自国すらまともに守ることのできない俺に、愛想を尽かして安全なグリティアに帰ることは正しい判断だ。

 いまのユニを誰が責められよう。


 だけど……そんな浅はかな俺の考えを、彼女は一掃する。


「グリティアに帰って、偉大なる王の窮地だってみんなに伝えてくるよ!」


 まだ……こんなにも情けない俺を偉大なる王だと言ってくれるのか。

 純粋無垢な瞳が俺を見据える。


「大丈夫だよ、ご主人さま。グリティアは恩には恩で返すんだ。森の民はみんなドライアドを救ってくれた恩を忘れはしないよ!」


 俺を……勇気づけてくれるのか?

 こんな無様な俺を……。


「失礼致しますわ」

「リリスたちのことも忘れちゃダメだよ、ミラスタールさま!」

「レネア……! リリス……!?」


 夜の町のすべてを任せていた二人が颯爽と俺の前に現れた。


「話はフォクシー軍から聞きましたわ! 夜の仕事ばかりでちょうど退屈していたところですわ」

「そろそろ暴れないとリリス欲求不満で爆発しちゃうわよ」


 死ぬかも知れぬというのに……俺のために命を懸けてくれるのか。


「俺たちも忘れるなよ、王さま!」

「『ウルフボーイ』のみんなっ!?」


 皆、見事なチャラ男になっている。軍人(?)とは思えん見た目だ。


「俺っちは何も心配なんてしてねぇぜ」

「スリリン……?」


 すると今度は羽織ローブスタイルからスライムスタイルに戻ったスリリンが御膳にピョンッと降り立つ。


「お前はこれまでだって不可能を可能にしてきたじゃねぇか。一体誰に予想できた? 最弱と罵られた虫穴の洞窟を鍛え直し、何の力も持たない人間が魔王軍傘下入りを果たし、魔王さまでも不可能と諦めていたグリティアの連中を味方につけることを……一体お前以外の誰にそんなことができたんだよ!」


 小さな黒いぷにぷにが真っ直ぐ俺を見つめる。表情はスライムだからいまいちわからないが、笑っていたと思う。


「偉大なる王――ミラスタール・ペンデュラムに楯突いたことを後悔させてやろうじゃねぇか、相棒!」


 そうだ……俺には仲間がいる。

 とても頼もしい仲間たちが……。

 彼らが諦めていないのに王である俺が早々に諦めてどうする?

 やってやるんだ。

 信頼してくれる仲間のためにも、すべての美少女たちの安全を守るためにも……最後まで足掻いてやるぞ!


「当然だ! ここで諦めるミラスタール・ペンデュラムではない! 我が国に攻め入ったことを心の底から後悔させてくれるわ!」


 立ち上がった俺の堂々たる宣言に、雲っていた皆の表情が晴れていく。

 王がうつむいていては誰もついてこない。

 そんな当たり前のことさえも、俺は忘れかけていたのかもしれない。


「して、お前さまよ。策はあるのかや?」

「うん。何も大軍勢と正面切って戦う必要なんてないんだよ」

「どういうことじゃ?」

「頭を……指揮を執っている王を葬ってしまえば彼らに戦う理由はなくなる」


 それをここにいる彼らが教えてくれた。


「それはそうじゃが、三万の兵を乗り越えて城を攻め落とすのは至難の技じゃぞ?」

「いや、それこそが盲点なんだ」

「詳しく説明せぬか?」


 俺たちが相手取るのは人間。人間には当然ながら翼がない。

 しかしこちらには翼を有する魔の軍勢がついている。

 最小限の部隊を空から城へと下降させ、一気に敵の大将の首を取る。


 その際、重要になってくるのは如何に敵の軍勢を国境沿い付近に留まらせるかにある。

 王の首を取るまでに敵兵が大移動を行えばリスクは高まる。


 それを阻止するために各地に散らばった魔物たちに伝令を走らせ、各三万の軍勢を取り囲む。


 戦場においてもっとも重要となってくるのが位置取りだ。

 この位置取りだけで敵の士気が低下することもあるのだから。


 その上、敵は我が国がまさか魔族と共闘しているなど知る由もないだろう。相手は人間が相手だと完全に油断している。そこにわずかながら付け入る隙が生じる。


 手始めにグリティアから来る援軍――ドライアドちゃんたちに国境沿いに木々の防壁を作ってもらう。これによって敵国の侵入をできるだけ遅らせる。


 王を取るまでに近くの村や町に住む美少女ちゃんたちを守るためには欠かせない要素だ。


「なるほどの、理にかなった戦術じゃの。して、王の首を取る選抜部隊はどうする?」

「もっとも危険と思われる南……ユーゲニウム国には魔王軍幹部――女衒のフォクシーに行ってもらう!」

「ほぉ~、お前さまも妾の使い方を十分理解し始めたようじゃな。小国なぞ妾だけで十分じゃ……血沸く、血沸く♪ 久々に疼きよるわ」


 フォクシーは魔王フィーネが認めた程の魔族。その実力は未だ計り知れない。お姉たまなら間違っても殺られることはないだろう。


「北の地にはレネアにリリス……それに腕に覚えのあるホスト……じゃなくて、『ウルフボーイ』に行ってもらう!」

「うふふ。わたくし巣穴に迷い込む愚かな蝶を狩るのは得意ですわよ」

「リリスだって男を手駒に取って攻め入るのは得意なんだからねっ」

「俺たちの嗅覚と足を持ってすれば、王を捉えることなど造作もない」


 レネアとリリスのチームプレイが、その実力が虫穴の洞窟でNo.2とNo.3だったことは云うまでもない。

 No.1のあいつは桁違いの化物だったからな。あれは規格外……論外だ。


 そこに『ウルフボーイ』が加われば最強の暗部となり得る。


「それで相棒……最後の東はどうする? 王都の守りを抜けて、或いはどこに潜んでいるかもわからねぇ王を見つけ出し、尚且つ首を取れる程のやつはもういねぇんじゃねぇのか?」

「……俺とスリリンの二人で攻め込む!」


 王である俺自らが斬り込むと聞いた大臣の顔色が変わる。


「陛下っ、それは危険過ぎますぞ!」

「危険は十分承知の上だ。しかし、確実に王の首を取らねばならぬ以上。俺が行くしかあるまい」


 ユーゲニウム国が二手に分かれたとなれば、おそらく東にいるのはキース・ユーゲニウム。

 あのいけ好かない褐色王子だと予想できる。

 積年の恨みをここでぶつけてやる。


 それに、キース・ユーゲニウムは武闘大会で優勝した程の剣の腕前と聞いたことがある。

 やつに難なく勝つことができるのは『斬擊』無効の鎧をまとう俺だけだ。


「陛下……どうかご武運を……」

「ああ……では各自速やかに行動を開始せよ!」



 高らかな宣言とともに、国の命運を懸けた戦いが始まりを告げる。

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